「旧仙台藩領白石城主家・片倉景光屋敷跡」-登別市
戊辰戦争の敗戦で仙台藩が表高62万石から28万石に減封されたのに伴い、領内家臣団は窮乏に陥る事態となりました。そこで各家臣団は意を決し、未開の蝦夷地に新天地を求めることになりました。
そして明治新政府の許可を得て、荒波を乗り越え困難な開拓に乗り出したうちの一家が白石城主片倉主従でした。
明治2年北海道幌別郡の支配を命ぜられた旧白石城主片倉小十郎邦憲は老齢のため長子景範が旧臣と共に翌3年7月幌別に到着。字浜に居住しました。
同年、大水のため開拓した耕地が流され復興と開拓に努めましたが遂に明治11年秋、札幌郡上白石に転居しました。
その後、幌別残留旧臣の要請で明治20年その長子景光が来住し移住民の中心となって開拓にあたりました。
この地は明治40年冬、景光が晩年、宮城県白石市に転居するまで住んだ邸宅のあった所です。当時の建物や面影は何もないですが、画像の黄色い建物の地が当該地と思われます。
右画像が江戸最後の白石城主片倉小十郎邦憲の孫、景光です。
住所: 登別市片倉町
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