「石川一禎寓居(石川啄木の父が住んでいた所)」-室蘭市
明治~昭和を偲ぶ-北海道胆振の史蹟
2006年04月24日
石川啄木は、室蘭に足跡を印していないが、啄木の父一禎が室蘭に住んでいたことがある。
明治45年(1912)3月、一禎の次女トラ(啄木の姉)の夫の山本千三郎が小樽手宮駅長から、室蘭運輸事務所長に栄転した。
山本の赴任に伴い、その同居人の一禎も一緒に、室蘭の港町にあった旧国鉄の所長官舎に移転したそうです。
一禎は、病気で貧困を極めた東京の息子啄木の許を、口減らしのため、山本を頼って家出していたのである。
室蘭に転居して間もない翌4月5日、「タクボクキトク」の電報に一禎は上京したが、4月12日、愛児啄木は亡くなりました。
葬儀を済ますと一禎は、再び娘の待つ室蘭に帰ってきました。
一禎の日常生活は、好きな短歌を作ることが、心の支えとなったそうです。時には、家の近くの港(トキカラモイ)で釣糸を垂れることもあり、家の前の札幌通りを、よく散歩していたようです。
一禎の毎日の楽しみは、孫・勝重のお守りで、孫が誰よりも傷心の祖父を癒してくれたのである。
大正2年(1913)10月、山本の東京移転に伴い、一禎も1年8ヶ月住んだ、思い出多い室蘭の地を去りました。
現在この地は、何処の町内にでもある普通の公園の「海岸町三丁目公園」となっています。
関連コンテンツ
地図
関連情報