「箱館奉行所址」-函館市
いち早く西洋文化を取り入れる
2006年06月16日
現在の元町公園に立つ碑です。奉行所が五稜郭に移る前の場所です。
1854(安政元)年、日米和親条約締結により箱館開港が決定し、幕府直轄地として再び箱館奉行が置かれることになりました。箱館奉行の役割は蝦夷地統治のほか、諸外国と交際し、海辺の防備にあたることでした。そのため、箱館奉行は弁天崎砲台や五稜郭の工事を始め、さらに溶鉱炉や造船所の建築に取り組みました。その裏付けとなるのは科学技術ですから、研究や教育も欠かせませんでした。
また、諸外国と交渉するには語学も必要で、そのため設置されたのが、箱館奉行諸術調所でした。ここに多くの外国人が訪れて教師となったほか、先進的な気風に憧れて全国から俊才が集まります。こうして箱館は、全国でもっとも早く西洋文明を受け入れた土地の一つとなりました。
画像上は現況。
画像下は古写真
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