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バスターリミットのブログ一覧

2015年07月20日 イイね!

第33話 アルコホリックワるきゅーレ


「なぜそんなに飲むのだ」

「忘れるためさ」

「何をそんなに忘れたいんだ」

「忘れたよそんなことは」

(古代エジプトの小話)






グビグビっ!ッツプハー!




今日も酒がんまい!!(゜∀゜)







連日連夜飲んでたら見事にアルコール依存症になった。
まあ何をもってアル中というかはさておき、酒渇症とでもいえばよいだろうか。


まあこいつは一人のアル中についてのことだ。



アルコールは毎日やってた。理由は特にない。
ただ仕事が終わり、一日の終わりに酒を飲むのが日常になっていただけだ。
いつからかアルコールのない夕食はありえなくなった。
そんなことをするくらいなら、空腹のまま帰宅して胃にアルコールを入れたかった。




休日は朝から飲むようになった。
一度飲むと潰れるまで飲むから、その日はもう何もできない。


この頃にはかなりマズイなと思うようになった。

このまま行くと引き返せないようなそんな気持ちになった。


仕事がある日は、流石に日中は飲めない。
これは確かにストッパーにはなるが、その分、四六時中アルコールのことばかり考えるようになる。








そして次の日は溜まっていた反動が来てもっとひどいことになった。




とにかく酔っ払いたいのだ!!
なぜそうするのか?わからない。
脳の中枢神経がそう命令するからとしかいえない。





アルコールに入り浸りつつもアル中の本ばかり読んでいた。
おかげで、アルコール依存症についての知識は沢山あった。

まあ、実際は何の役にも立たなかったのだが。


久里浜式チェックをやってみる。

足したり引いたりして求めた正の数は別に大したことはないだろうと思ったが、なんとそれはマイナスで正常だった。






アルコール依存症は進行性の病気で、医学的にそれを元に戻す方法はない。







アルコホーリクス・アノニマス(無名のアルコール依存症たち)通称AAというグループがある。

そういう自助グループがあるのは知っていたが、自分から「俺、アル中なんですけど」と見知らぬ集いを訪れるのは中々ハードルが高いものだ。


AAのミーティングは日曜にあることがわかった。
だが参加の仕方がわからない。
オープンミーティングでも初回の参加はちゃんと問い合わせをすべしみたいな記事を目にした。
じゃあ今日は行けないではないかと安堵し結局はその日も飲んだ。
アル中はあらゆることを理由にするものだ。


AAの冊子にはこうある。

ビールだけに限る、飲む杯数を決める、一人では決して飲まない、昼間は飲まない、家でだけ飲む、家に酒を置かない、
仕事の時間中は飲まない、パーティでだけ飲む、スコッチからブランディに切り替える、ナチュラルワインしか飲まない、
仕事中に酒に手を出したら首になることを承知する、旅行をしてみる、旅行は控える、(宣誓の儀式をするかしないかは別にして)
永遠に飲まないと誓う、運動の量を増やす、心に感動を呼ぶような本を読む、健康施設や療養所に行く、
精神病院に行くことを受け入れるーーーなどなど、例をあげればきりがない。


皆辿る道は同じということだ。


AAセントラルに問い合わせのメールを出してみた。
返事はすぐに来た。

「お酒をやめたい方、アルコール問題に関心のある方でしたら、どなたでも参加できます。
会費も参加料もいりません。御身ひとつでどうぞ。」


という内容だった。


おずおずと参加してみた。
といっても、他者の経験を聞くだけなのだが…

夜はもらったハンドブックを読んで過ごした。
その日はアルコールのない日曜を過ごした。

次の日はあまり覚えてない。ただ飲まなかった。
二日も飲まない日があるのは、いつ以来だろう。


火曜日は頭痛、発汗、振戦で朝から震えっぱなしだった。

その日も終えようかという頃になっても、ペンはおろかハンコがどうしても枠内に押せないのには笑った。

肉体的に一番苦しかったのがこの日だった。




飲酒要求はその後もしばらく続いたが、この日の恐怖がわずかに勝った。



次の週もミーティングに行った。
行ったところで何をするでもないが、ここに来ること自体たしかに飲んでいなければ、それも無理な話だ。

自分なりに理解した神とはそんなことかもしれない。




ある週は自分ひとりだった。
一人会議室でポツネンと過ごした。

それは不思議な時間だった。

誰もいない中、いつものように「アル中の○○です」と言った瞬間、笑いがこみ上げてきた。
それは何やらとても滑稽で、俺は笑いながら立ち尽くした。



この先、俺がアルコールと縁が切れるのか、それは分からない。

しかし、とにかく今日も一日飲まずにやっている。
Posted at 2015/07/21 00:22:01 | コメント(5) | トラックバック(0) | アルコール依存症 | 日記
2015年06月29日 イイね!

第32話 ワるちゃん『キャラクターカーフェスタver.6』行ってきたよ~


6月28日の日曜日に開催された『キャラクターカーフェスタver.6』は今年で6回目、地元秋田でやる唯一の痛車のイベントだよ!


しかし、お天気は大変怪しい・・・


えー男鹿半島の右側付け根にほとんど点のような風力発電の風車が見えますね?

会場の道の駅てんのうはここら辺でありますンゴ。




2台並べの展示が多くて面白かったですよ!








このトゥデイとミラは触れる寸前の芸術止めでしたぞ!




コペンは開閉部こうなってるんだなあと興味深かったです!



ビートも和みましたぞ!




内装もすんごいカッコイイ一台!







あずにゃんインプは素晴らしかったですぞ!


どーなってんだ!秋田県は!(ガルパン劇場



おおーハナヤマタ!だよー



跪けキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!


BLACK LAGOONは今年やっと観たんで、作品観たあとだとやっぱ迫るものがありましたね。


今年から、サウンドアピールが出来たようで各車20秒ずつアクセルミュージックのコーナーがあって楽しかったです!特にギャラリーの中を一台ずつやって来るのが、印象深かったです。






寸止めを披露していた2台はどっちも、おかーさんのクルマだそーです(゚ロ゚)





P.S.キャラクターカーフェスタがボクが萌えアルトたんと出会うキッカケとなってくれたことに、本当に感謝しております。
Posted at 2015/06/29 22:51:58 | コメント(3) | トラックバック(0) | 秋田県レポ | 日記
2015年05月18日 イイね!

第31話 ワるちゃんのりものまつり行ってきたよ~

第31話 ワるちゃんのりものまつり行ってきたよ~
5月16日(土)、北秋田市の阿仁合駅周辺で
『2015秋田内陸線のりものまつり』
という催しがあったので行ってきたよん。


内陸線保守用車両を始め、パトカー、白バイ、消防車に救急車というメジャーな?緊急車両から
プロセッシャー車、地震体験車、さらには木製自動車まで、とにかく北秋田市の車両を一堂に展示しようっていうね。


まずは最初、お昼に角館の伊藤へいきましたよ。


ここ、ぼくんちから50kmあるんですけどね。
でも広島ナンバーも来てて、どんだけなんだよと!?


んでまあいつもの105号線



道中は、新緑の山々が絶景でありましたぞ。



ところで、道の駅阿仁を過ぎたとこにあるこのトンネル




突撃!(オイ


トンネルを抜けると





そこはリカちゃんちだった!
この日は、なんかTVの撮影してたのでどっかで見る機会あったらボクも映ってるかもしれませんよ(滝汗





しっかし冬どうすんのかなー(゚ロ゚)


などと寄り道しつつ、阿仁町公民館に駐車しまして

阿仁合駅前の通りをば。


遠くには普段と逆側の太平山が見えます。


駅もイイ感じでしたよ(^q^)

内陸線どえす



んで車両関係は、隣の阿仁庁舎前に色々展示してたんで



日産リーフに試乗しましたよ!


乗り心地がよかったです!リチウム電池が床下に収納されているせいなのか、フロア周りがとっても強い印象を受けました。


あとパトカーにも乗った!


マタギの里のパトカーだけあってレガシィとな!
運転こそできませんでしたが、いつもの後席ではなく運転席に座りましたよ(^ω^)サイレンウーウー



帰りは、


日が沈む前に時間あったので、森吉ダムに寄ったデース









ではでは、(ノブさん風に)






ダムと俺っσ(゚∀゚)!!




追加フォトにゃー



Posted at 2015/05/18 14:16:32 | コメント(3) | トラックバック(0) | 秋田県レポ | 日記
2015年05月09日 イイね!

第30話 ワるちゃん単独市町村を訪ねて(羽後町編)

第30話 ワるちゃん単独市町村を訪ねて(羽後町編)秋田県内このシリーズ、2回目は羽後町である。



地図でもわかるように、羽後町は、左半分を由利本荘市に、右半分を横手市と湯沢市に囲まれた、県内でも屈指の豪雪地域である。



秋田市から、上記三市に行くにありては、羽後町を経由することを待たない。
けだし、羽後町に行くためには、羽後町を目指さなければならないのである。

けれどもここは、自身、県内10の単独市町村中、最も訪れる回数の多い町である。

今手元にあるダイアリーを見返しても、ここ最近だけで4月19日・26日、5月3日・6日と訪ねている。


羽後町は本当に良いところである。だからこのブログも半端な分量ではすまない。


秋田市からのドライブルート的には、国道13号線を南下するか、もしくは国道7号線より由利本荘市から進軍するかのどちらかだろう。ナビでの距離的にはどちらも約85キロ程度で変わらない。

13号線から横手より雄物川を超えれば、羽後である。


しかれども、午前の往路はやはり、由利本荘市からの経路が圧倒的に多い。
7号線から日本海道路を進むこのルートは、右手には日本海、正面には鳥海山のロケーションが待つ。
果たして岩城ICから、新緑の山々を目に走ると、唐突に目の前に、真っ白な鳥海山のパノラマが広がるのである。

本荘ICを降りてからの、由利高原鉄道沿い矢島108号線から見える車窓の眺めは、鳥海の美しい風景だ。


それは、その日を祝福してくれているかのようである。


早朝より出てて、時間的な余裕があるならば、鳥海町の麓より秋田県最奥の百宅集落~フォレスタ鳥海ラインのドライヴや鳥海荘での温泉も楽しめるだろう。

なんとなれば、羽後と鳥海町というのは本当にすぐ近くなのである。これについては後述する。



以下、羽後町の紹介である。



まずは町のデータである。

人口は約16,800人
平成27年度一般会計総額は約81億円。
その内訳は、市区町村税等の自主財源が26.3%、地方交付税交付金や国庫支出金等の依存財源が73.7%である。

この数字は、他と比べてどうなのだろうか。

例えば、先だっての大潟村と比較すると、(その後の調査によって、大潟村の自主財源が占める割合はかなり高かったことが判明した。)人口は約5倍であるのに対して、同一般会計総額は約2.3倍である。

また、同雄勝郡の市である湯沢市は、人口約50,000人で同会計は約288億円であるから、その他の自治体との人口予算比はけっして多いものではないだろうか。



一言で云うならば、羽後町というのは自然と文化財の町である。

地図

羽後町マップは、山内貴範氏の『町おこしin羽後町―美少女イラストを使ってやってみた』に詳しい。

この本は、美少女キャラといえば何かと誤解?を受けやすいイメージがあるようだけれど、
それらを払拭する丁寧な記述がなされているし、ガイドブックとしても白眉だと思う。


東由利からのルートでは田代地区、矢島からは仙道地区、湯沢からは西馬音内地区が玄関口となる。

地区の入口には、それぞれの看板があるから目印にどうだろう。


実際に、道路を走る町民の車のスピードは驚く!程ゆっくりである(笑)


是非、旧長谷山邸には足を運んで欲しい。




およそ10メートルの栗や楓を接木なしで組んだこの建築用法は、明治以降の木造技術の現れでもあるのだ。
蔵の扉は、増田にもない六重の意匠が施されたもので、これが個人宅であるというのは、にわかに信じられないスケールである。



1704年建立の地蔵院




町でも鐘のある寺院は、ここが唯一である。
なんとここで合コン!も開かれるようで、最近も二組のカップルが結婚したそうである。
禅寺とのことで、こちらは今度、座禅でもしに行こうか。



三輪神社は、正面より左に八幡神社を、右に須賀神社を並ぶ、建立を室町まで遡る古い神社だ。




えー説明は案内板をば(苦笑



350年前の古民家、鈴木家住宅も是非足を運んで欲しい。

歴代の当主が蒐集した古美術品もちゃんと残っていて、蔵の見学も可能だ。(本当にこの記事は、旧長谷山邸のことも含めて、現46代目当主の鈴木氏への取材なくして成り立たなかった。改めてお礼申し上げる次第である。)

鈴木さんちに行く看板はけっして見落とすことはないだろう!






ちなみに(この、ちなみには鈴木さんの口ぐせでもある(笑))同じ茅葺き(厳密には異なるが)白川郷の合掌造りは、雪下ろしの回数を最小限で済ますためのあの斜面なのだそうで、ここもさぞかし雪下ろしは大変なことかと思われるが、しばらくもするとその意味はなくなるそうである。

田代地区の蒐(アザミ)沢集落では、そこかしこに茅葺きの民家があり、なんとなれば竜騎士07氏を思わせるそこはかとない雛見沢である。




集落の最奥は、そこで終わりではない。

ここを右に下れば、鳥海の川内に直接出るのだ。


それは羽後と鳥海の交易を今に残すものでもある。


通称、未毛位根林道は、ここを起点とする。



いざ突撃!


かなりの悪路だが我が愛機は素晴らしい走破性を誇る。





この道の終点から見える風景は一度、その目でご覧あれ!!





さて町は、盆踊りで有名な西馬音内の通りである。


休日の午後などは、まるでキリコの白昼夢のよう。





しかし、決して寂れたシャッター街ではない。

ちなみに、フォトにある北都銀行西馬音内支店は、秋田県出身の漫画家矢口高雄氏が、デビュー前の銀行員時代に初めて赴任した支店である。

西馬音内はお蕎麦も美味しい。
長谷山のせいろは、お昼最大の楽しみの一つである。


午後のひとときは、カフェOHZAN櫻山しかないだろう。


櫻山のカフェは旧対川荘であり、明治に建てられた羽後町の迎賓館である。
毎年、庭の桜が咲きはじめる四月下旬から、十月半ばの冬の訪れる土日祝のみ開かれる。


訪れる曜日が土日になるのは、やはり、ここで過ごしたいからである。



JAうご


西又葵氏イラストは、どこかで目にしたことも多いのではないだろうか。
LAうごの商品は、一度パッケージ含めて現物を手にとって味わってもらうことを願う。

あきたこまちだけでなく、羽後牛のシチューも絶品である。

お土産も可愛らしい。


遊んだ帰りは羽後の風景が見渡せる、としとらんどのお湯でほかるのが常である。



さて、羽後町は、平成の大合併の際、県内でも一番先に合併しないことを宣言した町である。
なかんずく県南雄勝郡では唯一の単独町である。

当時の佐藤正一郎町長(現県会議員)が国の一方的な推進に唱えた異に、町でも賛同する声が多かったこと、そして、合併特例債の活用にもすべからく「これ以上、借金を増やして何をつくるのか」という思いがあったからだという。



最後になりますが、羽後町は本当に良いところです。
もし、このブログが訪問等、何らのきっかけとなるならば、望外の喜びであります。

関連情報URL : http://www.town.ugo.lg.jp/
Posted at 2015/05/09 20:06:12 | コメント(1) | トラックバック(0) | 秋田県レポ | 日記
2015年04月28日 イイね!

第29話 ワるちゃん単独市町村を訪ねて(大潟村編)



現在、秋田県内には、25市町村(13市9町3村)が存するのだが


2005年から始まった、平成の大合併前は、実に69もの市町村を数えたのである。




筆者の秋田市も、2005年に川辺町と雄和町を編入し、現在の秋田市となった。
合併前と後では、県内の地図も大きく様変わりしたのである。


ところで、最後まで合併せず、単独行政を選択したのは、

(県北から)

鹿角市
小坂町
上小阿仁村
藤里町
五城目町
八郎潟町
井川町
大潟村
羽後町
東成瀬村

以上10の自治体である。



中でも注目したいのが、最初から『合併しないこと』を宣言した、

鹿角市
小坂町
藤里町
羽後町
東成瀬村
上小阿仁村
大潟村

7つの市町村である。


これらの自治体は、何故近隣市町村との合併をしなかったのであろうか。

何らかの単独運営可能な財源等を持ち、なかんずく、勝算があってのことではないかと仮説を立ててみるのである。

実際は、果たしてどうなのだろうか。


当時から10年を経た今、改めて、訪ねてみようと思う。
ドライブ記だと思って、読んでいただけると幸いである。

ということで、単独市町村の初回は、秋田市にも程近い、大潟村である。
この村は、自宅から一時間もかからない程度だから、筆者もよく知人らと会話も兼ねて、ドライブに来る。
まさしく、本当にただドライブするだけなのだが。


まず、村のデータであるが

人口は、約3,300人
平成27年度一般会計総額は、約35億円
その内訳は、村税等の自主財源が28.4%、地方交付税交付金や、国庫支出金等の依存財源が71.6%である。

ちなみに、県庁所在地の秋田市だが、

人口は、約320,000人
同一般会計総額、約1,350億円(平成26年度よりも9.5%増加したが、これは主に秋田市役所新庁舎建設費のためである)
自主財源46.9%、依存財源53.1%である。

この数字だけ見ると、村の財政運営に余裕があるとは思えないデータではあるのだが…


さて、大潟村は、昭和39年遂に八郎湖の干拓を成して誕生した、県内69番目の市町村である。
つまり、合併前の区分では最後に誕生した自治体なのだ。




男鹿市の寒風山からは、眼下に広がる八郎潟が見渡せる。



他県の人にも、あきたこまちを食べてもらえると嬉しい。


村の歴史等は、干拓博物館に詳しい。
もし、訪れたなら是非一度足を運んで欲しい。





男鹿と大潟村一帯は、ジオパークでもある。興味深い資料も数多く展示されている。




さて4月下旬は、菜の花と桜が美しい頃である。
この時期、村の交通量が最も増えるのではないだろうか。

見慣れぬ県外ナンバーの車も多く見かける。





村内の道路は、どこまでも遮るものがない農地が続く。



オービス等は無いゆえ、ふわわキロも出せるのだろうが、トビやチュウヒの猛禽が優雅に飛び回る様を眺めながら、巡航するのが愉しい道路である。





サンルーラル大潟は、唯一といってもいいくらいの高層であるからドライブ中すぐに分かるだろう。

最上階の浴場は、真西と真北を展望できるから、正面には沈むゆく夕焼けと、条件さえ整えばではあるが、能代方面には、彼方の白神連峰を見ることができる。

この日は素晴らしい快晴ではあったのだが、白神は春霞の中であったから、まあ運がよければの話であるけれど、それでも駐車場の愛車を眺めることはできる。





さて、何故この村は、隣接する旧男鹿市や旧若美町と合併せず、単独自治の道を選んだのだろう。



大潟村役場で伺ったところによると、実際に当時、旧男鹿市と若美町との合併協議会が設けられたそうである。


そして、合併の是非を問う住民アンケートの結果、村民の実に6割が反対の意思を示したため、最終的には当時の村長の判断により
合併しない道を選択したとのことである。
(結果、男鹿市と若美町は合併し、現在の男鹿市となったのである。)


それは、この地を切り開いた人々のフロンティア精神がそうさせたのかもしれない。





ともあれ、昭和32年当時、800億円もの巨費と17年の歳月をかけた国営事業は、琵琶湖に次ぐ我が国第2の湖だった八郎潟の3分の2を干拓し、1万5千ヘクタールの農地を造成するのだった。


満々と水をたたえ、60種を超える魚介の宝庫だった湖に約三千人もの漁夫が、のどかに舟に帆を貼っていた八郎潟は、今や歴史の彼方へ消え去ったものの、もし訪れる機会があるのならば、車窓から見えるこれらの風景が、往時を思い出すよすがとなることを願ってやみません。
関連情報URL : http://www.ogata.or.jp/
Posted at 2015/04/28 21:41:15 | コメント(2) | トラックバック(0) | 秋田県レポ | 日記

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