2008年12月20日
3 闘志
家に戻り、男は勉強を始めた。
天気は快晴。テーブルに降り注ぐ木漏れ日が眩しい。
現在の学科試験は95問から成り立っている(仮免は50問)。
うち90問は○×の正誤問題、残り5問はイラスト問題である。
運転席から見た様々な状況のイラストが描かれており、ちょうど雑誌「JAFメイト」の危険予測のページのようなものである。
男が改めて大変だと思ったのは、合格ラインが90点と高いことである。
世に様々な資格試験があるが、正答率90%を求める試験も希であろう。
その日、男は問題集1冊半、9試験分の855問を解き、解説をじっくり読んだ。
81点、86点、89点、87点・・・。
最初はなかなか合格ラインに達しない。
20年以上も運転してて、こうも間違えるものか。
学科試験独特の言い回しに翻弄される。
試験を作る奴にはもっと日本語を勉強してもらいたいものだ。なんなら俺が教えてやろう。
車の免許は無いが、国語の教員免許ならあるぜ。
毒づく男。
だが文句を言ったところで始まらない。
「絶対満点で受かってやる。」
今の男にはそう思うよりほか無かった。
週明けの月曜日。
男の会社に取引先の人がやって来た。
茶飲み話に男が顛末を話すと、
「一度、警察へ行って相談してみたら?」
と言う。
「悪質ドライバーじゃないし、もしかしたら『講習行っといで。』くらいで済むかもよ。」
男は素直に最寄りの警察署を訪れた。
全ての事実を話し、どうしたらよいのか聞いた。
・・・・。
現実は甘くはなかった。
情状を酌量されるわけでもなく、「取り直し」の事実は何ら変わることはなかったのである。
おまけに、
「これ(男の免許証)、あんまり古いからこっちで破棄しとくわ。」
期限切れの免許は没収されてしまったのである。
来なければ良かった。
どうも人間というのは自分に都合の良いほうの話を信じたがるものだ。
例えば「手術を受けろ」という医者と「薬だけで治る」という医者なら、後者に従いたがる。
それが本当に正しいのかどうか考えもせずに。
「悪い癖だ。」
そんな事を思いながら、男は警察署をあとにした。
通勤電車に揺られ、仕事から帰った男に妻が住民票を用意していてくれた。
男は既に一発試験を選ぶことを決めていたが、それでもまだ考えるべきことがあった。
MTにするかAT限定にするかである。
男はもちろんMTの運転も出来る。
若い頃には限定免許など無かったし、兄のロードスターを拝借して乗り回していた時期もあった。
坂道発進くらい楽勝である。
だが、MT車はクラッチ癖を捉えるのにしばらく時間がかかる。
以前レンタカーを借りた時、男は選んだMT車のクラッチ癖がなかなか掴めず、結局辺りを一周しただけでAT車に交換してもらったことがあった。
一発試験は教習ではない。
乗った瞬間から採点は始まるのだ。
初めて乗る試験車のクラッチ癖を探る暇などあろうはずがない。男は試験車の車種さえ知らない。
クラッチさばきに気を取られて必ず足を引っ張られる。他に注意すべき点は山ほどあるというのに。
男は考えた。
限定であっても、営業車も自分の車も身の回りの車は全て運転できる。
仕事にもプライベートにも困ることはない。
限定解除なぞ、免許を手にしてから時間のある時にゆるゆるとやればよいのだ。
男は決断した。MTを捨てた。
大の男が限定だ。かっこわる。
だがそんなことはどうでもいい。
とにかく一日も早く免許が必要なのだ。
体裁など、もはやどうでもよかった。
男は静かに明日の準備を始めた。
・本籍地記載の住民票
・保険証
・筆記用具
・写真
・お金(3100円+1730円)
まずは仮免学科試験。
こんな所でつまづく訳にはいかない。
男は誓いも新たに布団に入り、灯りを消して静かに目を閉じた。
翌日、火曜日。
男は受付開始30分前、早朝のN運転免許センターにいた。
受験申請書を見つけて手早く記入を済ませようとしていたのだが、あいにくその用紙は受付時間を迎えてからでないと配布されないようだ。
ひと気のない建物内を歩く男。
まだ満足に蛍光灯も点いていない。
そのうち男は場内コースへ出る扉が施錠されていないことに気づき、外へ出た。
晴れ渡った空の下、大きなコースが広がっている。
最難関の仮免技能試験。
そこは男にとって、決戦の場となるべきステージだった。
******************
発覚から 4日後
ここまでの経費
前回まで 2800円
写真 700円
住民票 300円
合計 3800円
Posted at 2008/12/20 13:02:29 | |
シッコーマン。 | 日記
2008年12月19日
2 自責
その日男は車を置き、電車で帰宅した。
電車を待っている時も、乗っている時も、自責の思いは消えない。
足取りは重い。
思えば失効中に事故を起こさなかったことだけが幸いだったかもしれない。
男には友人がいた。
皆クルマを趣味とする人達だ。
仲間だと思っていた。
だが免許がない。その事実は、男に彼らを騙し続けてきたような罪悪感をもたらした。
その罪悪感から、男はしばらくその友人達との接触を控えようと思った。
会わせる顔がない。
そして迫り来る孤独感・・・。
その日男はなかなか寝付けなかった。
悔やんでも悔やみきれない。
しかしもう始まってしまったのだ。選択肢はない。
「明日朝一番で問題集を買いに行こう。」
男はそう決めて頭まで布団を被った。
翌日、土曜日。
今日は休みである。
晴れ渡った清々しい朝にもかかわらず、男の頭の中は昨日発覚した免許の事でいっぱいだった。
免許を取得する方法は大きくふたつある。
ひとつは、地域の公認自動車教習所に通う方法。
そしてもうひとつは運転免許センターで一発試験に臨む方法である。
教習所はやさしい。男が初めて免許を取ったのもこの方法だった。
何と言っても最大のメリットはセンターでの技能試験が免除されることだ。
ただ、時間とお金がかかる。
男が調べたところによると、普通免許の教習費用は31万円。
なんてことだ。
一方、一発試験の費用はそれに比べて格安である。
N県の場合、仮免の受験手数料が3100円、これに検定自動車使用料として1730円、
本免の手数料は2400円、車の使用料は1050円である。
ただしこれらは「1回あたり」の料金なので、不合格になればその都度改めて支払う必要がある。
しかしそれでも安い。圧倒的だ。
ただ。
「恐ろしく難度が高い。」と聞く。
特に場内コースを回る仮免許の技能試験は「まず受からない。」らしい。
平均6-7回は再試験となる最高のヤマ場で、10回以上不合格になる人もいる。
横に乗るのは警察官。しかも落ちた理由がわからないというから難儀な話である。
しかしそれもそうだ。これは教習ではなく、試験なのだから。
だが何と言っても、一発試験最大のデメリットは
「免許を取れる保証がまるでない」
ということである。
通らない仮免技能試験で疲れ果て、結局、教習所の門を叩く人も出るという。
一発試験の全体の流れはこうだ。ゴールまでに大きく6つの関門がある。
仮免学科
↓
仮免技能(場内)
↓
5日間の路上練習
↓
本免学科
↓
本免技能(路上)
↓
指定教習所での応急救護措置ならびに普通車講習
↓
免許発行
もちろん5日間の路上練習を除き、それぞれの段階で都度試験に合格しなければ次の段階には進めない。
どちらにしようか、男は考えがまとまらないまま家を出た。
天気のよい日は師走の寒さも心地いい。
15分ほど歩いて本屋へ行き、問題集2冊と運転に関する本1冊を購入した。
こんな類の本を手にするのは、思えば何年ぶりだろうか。
本屋を出た男は近くのスタバに寄り、マキアートのグランデを注文した。
席に着いて問題集に目を通し始める。
隣では3人の奥様方が井戸端ならぬテーブル端会議に花を咲かせていた。
「おたくの○○ちゃんはよくできるから羨ましいわぁ。」
日本中どこにでも転がっている不毛な会話。
「このオバサン達もみんな免許持ってんだろな。
だのになんで俺はこの歳でこんな問題集やってんだろう・・・。」
男の胸中に悔しさがこみ上げる。
でも悪いのは全て自分である。
情けない。
男は静かに問題集に視線を落とした。
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発覚から 1日後
ここまでの経費
書籍代 2800円
合計 2800円
Posted at 2008/12/19 14:30:06 | |
シッコーマン。 | 日記
2008年12月18日
1 発覚
寒さも日増しに厳しくなるある冬の日の夕方、男は出先を離れ、会社への帰途についていた。
今日は金曜日。明日は休みで久しぶりの連休である。
「子供が熱を出していたな。近所のお医者さんに連れて行くか。」
そんな事を考えながら、夕暮れの国道を走っていた。
会社に戻り、ひとしきり事務仕事を済ませた後、
男は自分の財布が小銭やレシートで膨れあがっていることを思い出した。
煙草に火を点けて財布を取り出し、足を組んで咥え煙草のまま不要なレシートをゴミ箱に捨て始めた。
ついでにカード類の整理もしておこうと、全てのカードを取り出し、無造作に机に置いた。
免許証、診察券、お守り札まである。
種類別に整理して、最後に何気なく免許証の写真に目をやった。
「若いな。平成15年の写真か。 ・・・ん? 15年?」
男は慌てて有効期限を見た。
「平成18年○月○日まで有効」
とある。
18年?
今、何年?
なんねん?
「えっ嘘やろ!」
・・・・。
なんということであろう。
彼の免許証は失効していたのである。しかも2年以上も前に。
呆然とした。
男はしばらく、その事実を受け入れることができなかった。
気を取り直してすぐさまパソコンに向かい、免許に関するいくつかのページを開いた。
いったいこの先どうなるのであろうか。
調べてみると、基本的に「うっかり」も一年を超えてしまった場合、
「最初から取り直し」
なのだということを知った。
愕然とする男。
初めて免許を取ろうとしていた若き日が記憶に蘇る。
マイクロバスに揺られて駅から教習所に通った毎日。
あれをもう一度やるのか・・・。
しかも当然クルマに乗れない生活が始まる。
移動は全て電車だ。
何よりあちこちの個人宅を訪問する彼は、車がなければ仕事にならない。
荷物も運べない。
途方に暮れる男・・・。
・・・・・。
考えるほど男は自責の念に押しつぶされそうになっていく。
「あほや、俺・・・。
こんなあほ、他にいるか・・・。」
外はもうすっかり暗くなり、行き交う車の音が響いていた。
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発覚から 0日後
ここまでの経費
0円
合計 0円
Posted at 2008/12/18 19:06:52 | |
シッコーマン。 | 日記