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３月も終わりに近づく３０日。桜の花のように一瞬に。





でこちゃんは9歳になった。床屋の父と母の間に生まれた少女。末っ子を負ぶってお守をしながら店で遊んでいても、泣き出す背中を外に出すように、父に足を蹴られる。
父はお客さんと会話をしながら笑って、でこちゃんの足を蹴る。

「外で遊べ」の合図だ。

でもそんな厳しい父が、でこちゃんは好きだし、店が終わるのが待ち遠しくてたまらない。



春休みのその日、友達といつものように城山に遊びに出かける。線路のわきの階段を上って行けば城山がある。

見上げると桜が満開になってゆらゆらと揺れている。

木登りが得意なでこちゃんは、友達の分も採ってあげる。ぷちと折った小枝を見せてはするりと降りてきた。



指でくるっと回して桜の花びらを眺めた。

可愛い。



階段を駆け上がってくるおじさん。向いのおじさんだ。

「でこちゃん、ここにおったんか」



おじさんは、駆けてきたせいか、苦しそうな顔で言った。



「でこちゃんの、とうちゃんがな。」


「トラックにはねられた。」




「おとうさんが？」



走って家まで帰ったけど、お父さんはいない。
病院に運ばれたと近所の人に聞いた。



トラックを運転していたのは、無免許運転の人。その日、朝から配達をする人が、体調を崩して休みだったため、免許を持っていない代わりの人がトラックを運転をした。



事故に遭う前、近所のお宅で、「お茶でもいかが？」と勧められたのを断った、お父さんは、足早にそのお宅を出たそうだ。玄関から出てすぐ、道路を渡ろうとしたときに、パンの配達トラックにはねられたそうだ。



病院に運ばれたが、息を引き取った。



お葬式の後、運転をしていた会社の人が、たくさんのパンを、でこちゃんの家に持ってきたが、お母さんは受け取らずに全部持って帰ってもらった。
ずっと食卓にパンが並ぶこともなくなった。


お母さんは、9歳のでこちゃん、まだ4歳の弟、3歳の妹、末っ子の1歳の弟を抱え働くことになる。もちろん夫婦二人で切り盛りしていた床屋は、暫くはやっていたが女一人ではとても経営はできない。

お母さんは店をたたむことになる。


お母さんが働きに出ている間、でこちゃんは兄妹のご飯の仕度をしなければならない。お金は限られているので、カレーにはイワシの切り身を入れる。
お米だけでは少ないので芋を入れる。



あの日、でこちゃんがポキンと折った桜の小枝を、大好きなお父さんが見ることは出来ませんでした。
葬儀の時、幼い兄妹は大好きな父の顔も見ることもできませんでした。





決して不注意では済まされない行動が、大切な家族の命を一瞬で奪ってしまったのです。大切な夫の命を。父の笑顔を。





運転をする身として、絶対に人を傷つけてはならない。大切な命を奪ってはならない。と気持ちを新たにします。








今年も満開を迎えた桜。


65年たった今も苦しみを背負っている母に、柔らかな気持ちになってもらいたくて、晴れた日に一緒にお花見をしようと思っています。