2017年09月17日

今年の夏は不思議な夏だった。
お天気も悪かったな・・・・・
今も台風の風雨が強まっていて
各地で被害がないことを祈るばかりだ。
さて
7月はまだ、炎天下の日があった。
アスファルトからカゲロウが揺らめくような日、
某所を歩いていたら
ネコカフェらしい看板があった。
入った事はないが、ネコは日常にいるので
どんな感じか、なんとなく想像ができる。
しかし、そこはよく見るとネコカフェではなかった。
どうやらフクロウ がたくさんいるらしい。
フクロウ カフェ・・・・・
冷やしフクロウっていったい何 ⁈・・・・・(汗)
後日
将来、欲しいクルマの一台を見学に行く。
走行数千キロのスーパーセブン
名機 コスワースBDR
ウチの納屋から、突然
こういうクルマが発見されないかしら(笑)
・・・・・・・・
後日、この日も炎天下
エスプリのボディカバーに
小さなカマキリがしがみついていた。
どうやってここまで来たのか?
ここは日が当たって暑いし、エサも水もない。
たぶん、このままでは干からびてしまうよ。
そこで、近くの草むらに連れて行って離してあげる。
野にあるものは野へ。
今のキミにふさわしい場所へ。
翌日、スマホに着信がある。
実家からだ。すぐに来れるか? えっ ⁈
実家の小さな倉庫から懐かしいモノが・・・・・と。
いやいや、スーパーセブンや
フェラーリディトナであるはずがない。
・・・・・・・・
それは祖父が大事にしていたモノだった。
40年ほど眠っていた、和竹の釣り竿たちだ。
当時の職人さんの銘が刻印されている。
詳しくはないが、おそらく手作りの逸品だ。
しかも、これはほんの一部。
確か、誰かにあげてしまったと聞いていたが・・・・
祖父は若くして、自分の作った家族と別れて
詩作と釣りの日々に没頭した。
まだ、子供だった父が中学生の頃だった。
詩集を読むと、正直 心の底から凄いと思う。
しかし、芸術や文化というものは
かくも壮絶に生きなければ、得られないものか。
ふと見ると
ハゼ釣り専用の竿を入れていた
ホコリだらけの袋に
墨のにじんだ手書きで
蟷螂(カマキリ)と書いてあって
鳥肌がたった。
蟷螂(カマキリ)は秋の季語である。
そして、江戸時代から秋の代表的な釣り魚ハゼ。
そのハゼの竿入れに、蟷螂(カマキリ)
なんて風流なひとり遊びをするのは
直感的に祖父なのだと思う。
発せられた言葉は
受け取るヒトがいなければ、
いつか空中に消えてしまう。
しかし、書かれた文字は時を超える。
祖父とこの世で会話する事は叶わないが
僕はその瞬間に、釣り竿以上の何かを
受け取ったような気がした。
キーワードは家族の大切さだ。
・・・・・・・・
そう言えば
あの小さなカマキリが現れたのは
このコトの予兆だったのかもしれない。
調べてみると
カマキリの学名はMontodea。
ギリシャ語のmantisが語源となっている。
なるほど・・・・・
それは『予言者』というイミだった。
あれから、近くの草むらに行ってみたが
秋の風にトンボが舞うばかりで
あの予言者の姿はどこにも見えない。
不思議な夏が終わり
また旧車に優しい季節が巡って来た(^^)
Posted at 2017/09/18 01:32:45 | |
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