← 八方尾根、結婚前の私と妻 大学5年(?)頃
スキーは中三の時に那須岳スキー場で始めたのが最初でした。
東京生まれの東京育ち、高校時代はスキーをやる仲間がおらず、一人で妙高国際や八方尾根へ(それぞれ定宿は妙高山荘、山中荘)年3~4回行ってました。
大学時代は仲間と行くことが多くなりましたが、長期滞在する時は一人で行きました。
ペアリフトなんてものは当時は無く、妙高や八方、志賀高天原、横手の長いリフトは一人でタバコ吸ったり大きな声で唄を歌ったり、吹雪いた時は丸まって(やはり今のような風防はありません)。‥‥でも 楽しかった!!
ファミリーになってからは、設備の良い軽井沢、苗場、万座等のプリンス系に多く行くようになりました。この頃から私は、滑るよりもビールを飲みながら子供の滑る姿を見ていることが多くなりました(汗)。
最初に買った板はOGASAKAのヒッコリー205cm、靴はひも結び(笑)。次はK2(190cm)、表と滑走面のトリコロールがカッコ良くて買いました、靴は当時流行りのラングでした。これは大学時代に活躍(?)しました。その後 ロシニョールSTコンペ(190cm)、靴はノルディカ‥これはかなり気に入った組み合わせでした。
家族で行くようになってからは面倒なので靴だけ自前、板はレンタル専門です‥‥弘法筆を選ばず!!(爆)
↓ 下2枚 妙高
※ 大学3年頃からは面倒なので普段着で滑ることが多かったです。(下手だけど)
※ もう7~8年行ってないけど、もし今行くとしたら万座か燕!温泉付きでノンビリ滑りたい。
Posted at 2007/01/10 20:54:28 | |
トラックバック(0) |
想い出 | 日記