
かなり昔の話だ。当時私はラリーに凝っていた。当時のラリーは計算主体のドライブ的な物が多かったが、私が凝っていたのは山岳スポーツラリー。一部の過激な大学自動車部やクラブが主催するナイトラリーだ。
車はべレット2Dr1500改、1700cc近くまでボアアップし、ハイカムを入れ、ポート研磨、各部バランス調整、蛸足、そしてソレックス2連装。足回りはラリー用ステージⅡキットで固めてある。フロントにディスクブレーキを奢り、リアはアルミフィン付大径ドラム、無論パットも変えてあった。タイヤはダンロップSP3、165SR13だ。発売されたばかりのラジアルタイアだった。
大阪をスタートし、一路車は南下、さすがに夕刻なので交通量が多い中、低めの指示速度で走る、ナビゲータの頭の冴えが要求される。
当時まだ電卓など無かった。パイロット社製の手回し計算機が唯一の近代的な装備だった。
一分に一度、分速を設定した計算機のハンドルを回し、オドメーターと照合する。ナビだけが忙しく、ドライバーはまったくつまらないツールド区間だ。
4チェックポイントを過ぎた、どうやらナビが頑張ってそこそこの成績で経過している。
「五条を過ぎた、いよいよ山や」ナビが言う。
車はまだ南下し続ける。どうやら今夜の主戦場は紀伊半島ど真ん中らしい。当時の紀伊半島の道路事情は非常に悪かった。国道ですら一車線の未舗装路で、路肩にガードレールすらない。
「指示速度58Km、この先左小屋から」ナビの声。
いよいよお出でなすった、事実上の公道スピードレース、ダートトライアルの開始だ。
フォグランプはボッシュ。ドライビングランプはルーカス。ヘッドランプよりも明るい。闇を切り裂いて路面を舐め、我々を導いてくれている。
雨が降れば、川となるような路面。道路の真ん中が深くえぐれ、角の立った石が浮いている。所々根石が突き上げてくる。前輪で跳ね上げた小石がフロアを容赦なく叩く。プロペラシャフトに絡まり、乾いた音を立てている。
ハイカムと強化バブルスプリング、軽量フライフォイルでチューンされたベレットは7000rpmまで快適に吹き上がる、セコンドで90km/hまで使える。
「前、ギャップ」「了解」
ギャップの手前で軽くブレーキング、フロントのコイルを縮め、乗り上げる寸前に開放しアクセルを踏む、加速することによって加重を後部に移動させるのだ。無論タイアはギャップに直角には乗せない。絶えず右に左に小刻みにステアリングを振っている。伸びきったフロントコイルは、ギャップ乗り越えのショックを低減してくれる。後輪が通過する時も軽くブレーキング、後輪加重を減らしてギャップを通過する。
この状態のベレットは一番安定が悪い、後輪にポジティブキャンパーが付、まったく接地性を失ってしまう。ここでパワーを駆ければ極端なオーバーステアになりテールスライドが発生する。それをカウンターステアで抑えながらの走行だ。
「マイナス1」1分遅れだ。
ナビの声にアクセルが反応する、しかし後輪の空回りを避けなくてはならない、距離計が狂うからだ。
「この先危険箇所、ジャンプ後右90度」地図を見ていたナビが叫ぶ。
「了解」路面は砂利が浮いているものの、硬く締まっている直線の登りだ。前車のテールライトが谷を隔てた辺りに見え隠れしている。車速は100km/hを越えている、サードでの走行だ。かなり急な上り坂、フォグもドライビングランプも無為に漆黒の闇を照らしている。
前輪の加重が無くなった、続いて後輪が地面を離れ、タコメーターが急上昇する。飛んでいるのだ、空を。ランプは漆黒の空を照らし、着地地面の状態は分からない。
「右90度スグ」ナビの声は悲鳴に近かった。
車の姿勢が変わりライトに照らされた先に道が無い。着地、おそらく1秒も滞空時間は無かっただろう、しかしスローモーション映像のようにゆっくりと時間が経過していた。 着地した瞬間右にステアリングを切り、フルパワー。砂利が厚く堆積した路肩を利用してどうにか切り抜けた。
「オンタイム」この状態でよく計算機を回す事が出来るものだ、私はナビの能力に感心しつつ、ドライビングに専念した。
路面は再び川底状の登りだ、先行車を2台追い越した。容赦なく石がフロアを打つ。ベレットは登りが得意だ、後輪に加重が掛かりネガティブキャンパーを保ってくれるからだ。
逆に下りは恐ろしい。コーナーリング途中で急ブレーキでもかけようものなら間違いなく転倒する。
道は幸い上りだ、指示速度も46km/hに落ちている。ここで稼がなければ何処で稼ぐのかとばかり、右足に力が入った。酷い路面だ、出来るだけ凸部を拾い飛んでいく。更に指示速度が下がり、38km/hになった。益々路面は荒れてきた、しかし登りが続いている。
「プラス5」5分先行だ。
「そろそろチェックポイントかも知れへんで」とナビが言ったのと同時だった。
わずかにスライドしたリアタイアが根石にヒット!ガガーゴトゴト。バーストだ。たまたま近くにすれ違い用の待避所があったので、ベレットを寄せて止めた。
リアシートを取り外し、スペアタイアを2本積んである。ジャッキも油圧とパンタグラフの2種類積んであった。タイヤ交換は練習の成果でスムースだ。後続車はまだ現れない。
「マイナス1」ナビの声、再スタートだ。
相変わらず道は登り、高度をどんどん上げていく。
「プラス1、そやけどおかしいと思えへんか?」「なんで」と私。
「チェックポイントないやん、道まちごうたかな?」
「さっきからおかしいとおもててんけど、ここ通るの二回目とちゃうか?」
道は相変わらず登っている。
「ちょっと待って、あれ、あのジャッキ」
なんとそこには、さっきタイヤ交換に使ったジャッキが転がっていた。あせって積み込み忘れた物だ。
「登ってばかりで下ってないのに、なんでやねん」
「停めて」
間違いなくベレットの油圧ジャッキだった。
「そんなことありえへん」
道は登っていた。しかしもとの所に戻ってきている。理解不能だ。
得体の知れない恐怖に苛まれながらも再スタートし、すぐチェックポイント、減点15を食らった。
ラリーはその後、順調に走行を重ね大幅な減点も無く夜明けを迎えた。果無山脈に朝日が昇りどうやら無事ゴールを迎えることが出来た。7位に入賞出来たことはおまけにしか過ぎない。不思議な体験を味あわせてくれたラリーだった。
20数年後、同じような体験を再びすることになるなんて、その時は考えもしなかった。
Posted at 2008/08/01 23:52:19 | |
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