
ハイパワー車の存在について、普段乗り用と趣味クルマ、それぞれの観点から考察しました。仕事中考えてたら日本の道路環境に対する合理性やヒトの心理について気付きがあったので。
>日本の道でそんなにパワーって必要?
普段乗りという観点では、日本の道路事情や環境、経済面を考えると1500kg以下ならば150PS程度あれば本当に必要十分と感じる。あっても200PS。中間加速も十分で合流も問題ないだろう。このくらいのクラスであれば必要以上に足を固めたりせず、街乗りをすいすいこなせるパッケージのクルマも多いはず。
趣味性の高い車、特にスポーツカーについてはどうか。
私は公道をいかに楽しむかという観点において、パワーはそれほど必要ないという考えを持っている。それはパワーを使い切って走ることに楽しさや気持ちよさを感じるからだ。上限の目安としてのパワーは300PS。もちろんトルクにも左右されるが、大概このあたりを超えてくると、下道ではほとんど全開にできない。日本の道路事情だと完全に持て余してしまう。高速を法律お構いなしに走るのであれば別だが、バンパーやガラスについた虫を見るだけでスピードを出すのが嫌になる、とまあ余談は置いておいて、過剰なパワーは邪魔であるというのが結論だ。普段乗りのクルマとは、違ってね。
>合理性から見たハイパワー車の懸念点
普段乗りをする上では、ハイパワー車特有のネガな部分がいくつか挙げられる。まず思いつくのは経済面の大きな無駄。燃費、税金、消耗品(タイヤ、オイル)と出費がかさむ。そして経済面とは別に、パワーのある車は足が硬いor車体が大きく取り回しが悪い、といった特徴を持つことが多い。前者はコンパクトホットハッチなど、後者は大排気量のセダンタイプに代表される車。このあたりの制約を超えるクルマがあれば財布の許す限りパワーを求めるもよしという結論になる。
可変ダンパーのついたドイツ御三家のプレミアムハッチバックなんてどうだろうと想像が働く。正直セダンも大変魅力的で、取り回しを犠牲にしても選択する価値はあるのだけど、生憎キャンプやスキー場に行くことを考えると、トランクの使い勝手が悪い。その点A5や4のグランクーペなんかはハッチなのでかなりGOOD。
>人間の心理からハイパワー車をみる
強大な力は人を歪ませる。時々ハイパワー車に対してある種の葛藤を抱くことがあった。クルマを純粋に愉しむといった観点とはずれたクルマ選びがなされているような気がしてならないのだ。
人間は大きなもの、力のあるものを手にすると、自分が強くなった、偉くなったといった感情を抱くことがある。周囲に対する優越感を得ようとする思考が、クルマに持て余すほどの大きさやパワーを求める衝動となっていると感じた。
きちんと自制できる人であればいい。ハイパワー車をゆったりと流す様はやはりかっこよくも見える。しかし周りに攻撃的で、横に並ぶと急加速を始めるような自意識過剰ともいえる運転をする人もいる。(完全に余談だが地元ではチェイサーツアラーVの変人オーナー率は異常)持っているものを見せつけたい、そういった感情は自分にも確かにあり、パワーのある車に乗っているとたまに無茶な運転をしてしまうこともあった。しかし第三者目線から冷静に考えてかなり気持ちの悪い運転であるし、何より気が休まらない上危険である...
結論、ハイパワー車に乗るにはオーナーとなる人間にもそれなりの器が必要だということに至った。宝くじで高額当選した人間が人生を台無しにするお話と同じで、お金にしても馬力にしても、扱えるだけのリテラシーを育てていかないとだめなんだなあというお話でした。いつかは12気筒のセダンを悠々と流す大人になりたいもんだ。
そういえば蚊帳の外でしたが、エコカーにも経済面は当然として、いいところ、おもしろいところはあります。街乗り用途としてはHVEVなど、まさに適材適所で合理的。無駄なエネルギー消費がないというのも乗っていて気持ちが良いものです。テスラなんかみてると、新しい価値観が芽生えてきてワクワクします♪
Posted at 2020/06/09 21:06:19 | |
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