
ある日の事でございます
御釈迦様は極楽の蓮池のふちを
独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました
池の中に咲いている蓮の花は みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊ずいからは、何とも云えない好い匂いが絶間なくあたりへ溢て居ります 極楽は丁度朝なのでございましょう
やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。この極楽の蓮池の下は 丁度峠道に当って居りますから 水晶のような水を透き徹して 混沌とした峠のバトルが丁度覗のぞき眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます
するととある峠に 男が他のライダーと共に膝を擦る姿が御目に止まりました
交差点のシグナルグランプリでは交差する信号が黄色になるや否やクラッチをミートし
負けた相手には次の信号にてポケットより取り出したボルトを「これが落ちましたよ・・・」と手渡す
大悪党でございます
それでもたった一つ 善い事を致した覚えがございます と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました そこで男はは早速足を挙げて 踏み殺そうと致しましたが「いや いや これも小さいながら 命のあるものに違いない その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ」と こう急に思い返して とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます
御釈迦様は峠での走りの容子を御覧になりながら この男には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました そうしてそれだけの善い事をした報いには 出来るならこの男を混沌とした峠バトルでの首位争いにおいて優位に立てるよう救い出してやろうと御考えになりました
幸い 側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に 極楽の蜘蛛が一匹 美しい銀色の糸をかけて居ります 御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって 玉のような白蓮しらはすの間から遥か下にある峠道へまっすぐにそれを御下おろしなさいました
こちらはとある峠道で ほかのライダーと一しょに抜いたり抜かれたりしていた男でございます
何しろどちらを見ても 最新の高性能マシンんばかりで セッティングにも抜かりのない猛者ばかりででございますからその心細さと云ったらございません
ところがある時の事でございます 何気なにげなく皆と流していた男が峠のラインを眺めますと
銀色の蜘蛛の糸がまるで人目にかかるのを恐れるように一すじ細く光りながら 今まで走っていたセオリー以上のレコードラインを示しているではございませんか
男はこれを見ると思わず手を拍うって喜びました この糸のラインをトレースして山頂へのぼって行けば きっと混沌とした順位争いからぬけ出せるのに相違ございません いや うまく行くと峠のチャンプを目指す事さえも出来ましょう
しかし麓より山頂の間は何里となくございますからいくら焦あせって見た所で容易に山頂へは出られません ややしばらくのぼる中にシビアなライン取り ハイペースな走行に疲労を感じ
ふとミラーに眼をやりますと 蜘蛛の糸のラインを辿った数限かずかぎりもないライダーたちが
自分ののぼった後をつけてまるで蟻の行列のように やはり山頂を目指し一心にのぼって来るではございませんか
何十というライダーたちがうようよと 細く光っている蜘蛛の糸を一列になりながらトレースしせっせとのぼって参ります
今の中にどうかしなければ せっかく掴んだ蜘蛛の糸 そして秘密のライン
その糸によって掴みかけた首位の座も危ういものとなるでしょう
男はさらに山頂へとペースをあげました
峠道も八合目 もう少し もう少しで己がトップだと一人喚く男はついに
美しい銀色のベストラインを引く蜘蛛へと追い付いてしまいました
男は「こら 蜘蛛 この峠は己のものだぞ 退けと」喚きました
その途端でございます 今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急にグリップを失い男は独楽のようにくるくるまわりながら 見る見る中に山の谷底へ まっさかさまに落ちてしまいました
しかし極楽の蓮池の蓮は 少しもそんな事には頓着致しません その玉のような白い花は御釈迦様の御足のまわりに ゆらゆら萼を動かして そのまん中にある金色の蕊からは 何とも云えない好匂が 絶間なくあたりへ溢て居ります
極楽ももう午に近くなったのでございましょう・・・
Posted at 2016/08/14 21:08:21 | |
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