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Z34-MIKOTOのブログ一覧

2016年04月03日 イイね!

エアクリーナーボックスを軽く

先日トランクルームの物を全て下ろしてから、走っててもすご〜く楽さを実感できるくらい変わった

代わりにフロントがキツく・・・
相対的に際立つようになったのか、とにかく重さを感じる

トランクの次は室内に手を付けようと思ってたけど、とりあえず先にフロント周りでお金使わずに出来る事だけやっておく事に

既にエキマニで推定5kgは軽くなっているけど、他は小さいカバー類を外しただけで後付けのキャッチタンクの重量で簡単に相殺されてしまうw

部品を買えば定番箇所で計6kgはすぐにでも出来るんだけど、そういうのは後回し(`_´)




とりあえず一番デカいエアクリーナーボックスからw
無限は軽そうだけど高過ぎるのでスルー
剥き出しエアクリも百害あって一利無しなのでスルー

既に隔壁を撤去した状態の重量



約3.4kg
隔壁がある状態なら3.5kgはあると思います

いきなり完成
蓋についてる内部ダクトも手で引きちぎった


プラスチックなだけにあまり重量が減らず、途中から意地になって削れるところは全て削り落としたつもりですw

機能させていないレゾネータは前面と上面だけ残して切り取りました


取り付け部も
見えない箇所なので雑でも問題無し


重量測定
2.5kg以下
マイナス1kgってとこですかね


取り付け
違和感無し!





何故レゾネータ前面と上面を残したのかというと
切り取ると一目でボックスを加工してあるのがわかるし、純正はボックス前面全体にラジエターを抜けて来たエアを当てて下へ押し流し抜く構造になってるので、その構造を尊重しました

とりあえず一番面倒であろう加工物が終わったので、あとはのんびり色々交換したり外したりしていきますw
Posted at 2016/04/03 18:58:07 | コメント(0) | トラックバック(0)
2016年03月24日 イイね!

作業報告

こないだのツーリングで前を行くエリーゼやスーパーセブン
加速で追い上げて来るエリーゼを見てて思ったこと

なんとまぁ軽そうに走るもんやなー・・・

軽量且つ高剛性を念頭に開発されたというハイXボーンフレームを持つS2000
軽量が武器のコーナリングではなく、車体剛性を武器としたコーナリングを狙ったという

オープンだからある程度は仕方ないけど、2LのNAに1250kgの車重は・・・
加速も結構速いし単独で走ってると重さなんてのは気にならないけど、やっぱり超軽量なスポーツカーと比べると羨ましくなるw

既にエキマニやマフラー、トランクルームの軽量化でだいぶ軽くなってる筈だけど
ちょっと変な虫が騒ぎだしたので軽量化にも着手してみようと思うw

簡単な所から、まずはトランクルームかな〜

現状はこんな感じですよ〜









合計で約17.84kgの軽量化ですか
パンク修理キット買お・・・

番外編



なんかやってますねーw
車買ったばかりの時にマフラーの篭り音対策として貼り付けたレジェとエアキャップ
殆ど効果ありませんでした(T ^ T)

レジェ


1kg(後付けなのでカウント無し)

エアキャップ


150g(後付けなので(ry)

このレジェ剝ぎは死闘でした
手ぇ切りまくり
たった1kgの為に11箇所も負傷してしまいました

片手間でこんな箇所も



IGNコイルカバー
340g

先は長いな・・・
Posted at 2016/03/24 23:00:25 | コメント(4) | トラックバック(0)
2016年03月20日 イイね!

活動報告(`_´)ゞ

最近すっかりオフ会などのブログを書かなくなってましたがシッカリ活動しております

先ず先週

ドーン!


















もうね、展示会なんだかオフ会なんだかわかりませんね
S2000も存在感全く無しwww

各車の発進加速動画はLINEにのみアップしてます

そして今日!


朝6:30に起きて3回目のガラスコーティングをしたのでキラキラです



到着してすぐにgoさん率いる県外組も到着



殆どオープンスポーツカーw

しかし、ボーッとしていたので写真が・・・

途中、四万十市内のGSで給油ストップしたんだけどやっぱり目立つみたいで(ry
車好きの人からもそうですが、普通の人から注目を浴びたり写真をお願いされたりするのが気分良いですね

輸入車パワー恐るべし

給油ストップ中、goさんの思い付きでお約束の下田公園へ

黄色率高いぜw








ケンブロックも来日



まったりし過ぎると動きたくなくなるので出発!

竜串にてAyasatoさんと合流w


のんびりと休憩をとります


















まったりし過ぎると(ry

海岸線をオープンカーで、しかもご機嫌スピードなもんだからやりたい放題w

信号が青に変わった瞬間みんなでフル加速


トンネル内でも遊びまくり、なんとか本日の目的地に到着



大月町にある柏島
ダイビングスポットとして有名な場所です

大月町住みですが柏島に来たのはかなり久しぶりですw

お昼は鯛丼



食べる前に撮るか撮るまいか悩み、撮らずに食べていたら写真が欲しくなり
結局shellさんに送ってもらいましたw

タレの器にワサビをブチ込み、溶いた後で御飯に掛けて食べるのですが
どうもワサビがきちんと溶けてなかったらしく、塊が口の中に飛び込んできてマジ涙目になりました

いやしかし美味しかったですわ
海鮮丼の類は好きではないんですが、これはすぐ完食してしまいました
地元にこんな美味しい物があったなんて・・・

その後は大月町の道の駅で休憩し俺はそのまま帰宅
久しぶりに長距離を爆走できて楽しかったー♪

皆さん本日はお疲れ様でした
また次の機会も宜しくお願いします(`_´)ゞ

そういやgoさん仔犬貰ってたな
どうすんだろ・・・



Posted at 2016/03/20 20:18:33 | コメント(7) | トラックバック(0)
2016年02月28日 イイね!

2年振りのガラスコーティング

撥水し続けているのですっかり忘れてましたが前回施工は2013年の11月11日
2年以上経過してました・・・

やるなら新しいポリッシャーも買おうかな〜って事で
少し前からポリッシャーや新しいコンパウンドを買ってみたり、置いといたハズのコーティング薬液が無くなってるのに気付いて新しいの取り寄せたりw



これ、店頭だと新商品と入れ替えられてて置いてないんで
通販で取り寄せました



先ず洗車で汚れを落として磨き



磨き終わったらまた洗車でコンパウンドを洗い流して脱脂

脱脂重要ですよ〜




ガラスコーティングの作業はここまでがメッチャ大変
コーティング自体は拍子抜けするほど簡単ですが、この下地作りがあるから毎回やる前にかなり悩みますw

そしていよいよお出まし



施工に必要な物はビニール手袋に至るまで全て入っています
そして付属の説明書は昆虫でも分かるくらい簡単です
つまり誰にでも出来ます

基本、パネルごとに薄く塗り伸ばす
そして10〜15分ほど乾燥させて拭き取る
の繰り返しなんで本当に簡単で楽

すぐ終わります



仕上がって完全硬化まで約1週間くらいかな?
説明書にはそう書いてあるけど、経験上翌日には艶々で3日くらい経てば洗車もOK



来週もう一度重ね塗りして完了です




Posted at 2016/02/28 22:03:35 | コメント(0) | トラックバック(0)
2016年02月19日 イイね!

世界が称賛したこんなに勇敢で誇り高い日本人が居たという事実をもっと学んで欲しい。マルタ島の英霊たち。





我らの先人たちが眠るマルタ島。
なぜここに?

地中海にあるマルタ島。
そのカルカーラの丘の英海軍墓地の一隅に、「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」が建っています。

なぜこんな遠くの地に、しかも墓碑までもが建てられたのでしょうか。

3人の共産主義者のセルビア青年がオーストリア皇太子夫妻を暗殺したサラエボ事件に端を発した第一次欧州戦争。オーストリアの同盟国はドイツなど。 

これに対しセルビア側にはロシア、フランス、イギリス、イタリア、アメリカ、日本などの連合国が対峙しました。

この第一次欧州戦争でドイツはヨーロッパ戦線が膠着していたため、ドイツは地中海で潜水艦Uボートによる無差別攻撃を決行しました。そのため兵員などを輸送する連合国の船舶被害は激増しました。

これに音をあげたイギリスは同盟国でもある日本に派遣を要請します。

我が国には大戦当初、支那の青島やマリアナ諸島方面に展開するドイツ海軍に対する作戦もあり、艦艇を地中海に派遣する余裕はありませんでしたが、連合国の輸送船を護衛するために、巡洋艦「明石」と駆逐艦8隻からなる第二特務艦隊を地中海に派遣することにしました。

日本の艦隊が現地到着した頃には連合国の艦船被害は甚大であったため、我が帝国海軍は長期行動であるにもかかわらず休養もないまま直ちに護衛任務を要請されました。
船舶の護衛とともに被害を受けた艦船の救助活動も重要な任務でした。

戦闘中の救助作業は自らを危険にさらすことでもあり容易なことではありませんでした。

また救助活動で多数の救助者が艦内に収容され食料や水はたちまち底をついたにもかかわらず、日本兵たちは自分たちの食糧はおろか、衣類や寝場所まで彼らに与え、自分たちは空腹と不眠のまま任務を遂行しました。

大正6年5月、我が帝国海軍の「榊」、「松」の駆逐艦2隻は、魚雷攻撃を受け沈没していく兵員輸送船「トランシルバニア号」の救援に駆けつけて、敵の潜水艦の目前で、しかも敵と戦闘しながら、なんと乗員約1,800名を救助しました。

これは奇跡ともいわれるくらい常識破りの行為であり、帰港したイタリア・サボナでは帝国海軍の日本兵たちを英雄として大歓迎しました。

また、大正7年、駆逐艦「桃」「樫」は、魚雷を受け自力で航行出来なくなった英船「パングラス号」を不眠不休3日3晩、戦闘しながら、しかも潜水艦に襲撃される危険も恐れずに同船を曳航してマルタに無事届けました。

この快挙にマルタの町は感極まって日の丸で迎えてくれたのです。

同じ年、英船「カメロニアン号」にドイツ潜水艦が魚雷を発射します。帝国海軍は発見が一瞬遅れますが、日本の駆逐艦はそこに果敢に全力で突入して、自らが魚雷の犠牲となって輸送船を守ったのです。

これらのことにより帝国海軍は大きな信頼を得て、輸送船の船長の多くは帝国海軍の護衛を望み、日本艦隊の護衛でなければ出発しないという船長が出るほどでした。

この帝国海軍の奮戦振りにイギリスは「地中海の守護神」と称え、世界中からも称賛されました。

これら帝国海軍の活躍に対し、イギリス国王は日本の将兵に勲章を授与し、何と英国議会では議会始まって以来、日本語で「バンザイ三唱」までもが行われました。

これらの任務の中で尊い犠牲もありました。任務中の「榊」が潜水艦Uボートの雷撃を受け大破し、59名が帰らぬ人となりました
他の戦闘と併せて78名が命を落とされました。

しかし、この帝国海軍・第二次特務艦隊の栄誉と勇敢さが称えられ、大正7年にカルカーラの英海軍墓地内に大理石の墓碑が建立されました。
これが「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」です。

その後、第二次大戦で、このマルタ島はドイツ空軍の猛烈な攻撃にさらされ、この時の爆撃でこの墓碑の「大日」の文字が吹き飛ばされ破損してしまいました。

終戦後、マルタ島に訪れる日本人も少なく、この墓碑は30年間壊れたままでしたが、
昭和46年2月、当時の自衛隊・海上幕僚長が訪欧でマルタに立ち寄った時、あまりに破損がひどいので、外務省と協議して再建することにしました。

昭和48年11月18日に復元され、イタリア大使館主催で除幕式が盛大に行われました。

大正10年4月、皇太子であった昭和天皇が欧州ご訪問をなされましたが、まず真っ先に訪れたのがこのマルタの地でした。そしてこの墓碑にご参拝なされ、花輪を供えて英霊を慰められました。
この御心にきっと英霊たちも喜んだことでしょう。

この時、マルタの地では日章旗と皇室の菊の御紋であふれかえったといいます。
その墓碑が再建されたことをお聞きになられた昭和天皇は大変お喜びになられたそうです。 
 
『日本海軍地中海遠征記-若き主計中尉の見た第一次世界大戦-』の解説をしたC・W・ニコルさんはこう書いています。

「80余年の時を経て今、海上自衛隊がインド洋に派遣されているが、派遣の是非を論じる前に世界が称賛したこんなに勇敢で誇り高い日本人が居たという事実をもっと学んで欲しい」

彼はこの本の印税を全額マルタの碑の維持費に寄付しました。

この英国生まれのC・Wニコルさんは平成7年に日本国籍を取得しました。その理由をこう語っています。

「日本が私の家であり、もっとも愛する国だからだ。どの国にもまして私は日本でいちばん多くの時間を過ごしている。家族も友人も世界中にいるけど、私のいちばん親しい人たちはほとんどが日本人だ。
日本は私に衣食住を与え、移動を許し、私を守ってくれる。
こう言うと、よく『日本のどこがそんなにいいんですか』と尋ねられる。
そう聞くのはいつも決まって日本人だ。・・・
私はこれからも誇り高き日本人として、精いっぱい生きていきたい」

と語っています。

マルタの土となった英霊はいまも祖国日本には帰っていません。

英霊たちは、もはや今の日本人は自分たちのことをすっかり忘れ去られているのかもしれないと、そういう思いだろうか・・。

遠い地の英霊たちは遥かなる祖国日本を、今の日本人をどんな気持ちで眺めているのだろう。

引用元
http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/30806548.html

俺も偉そうな事を言えるほど立派な人間ではないけど
いや本当、先人達は今の日本を、日本人達をどういう気持ちで見ているだろうか?

有色人種の中でも準白人とされ、何不自由なく、毎日楽しく平和に暮らしているけど、それだけで良いんだろうか?
当時の日本の歴史や日本人を知る海外の人達に、今の日本人は失望感を与えてないだろうか?
と時々、寝る前に考える事もある

まあ具体的にどう在るべきかなんてわからんので、毎日楽しく平和に過ごしている訳ですがねw

あと、最後に紹介する形となりましたが、これは俺が日本の近現代史について興味を持つキッカケとなった話でもあります

学校での近現代史の授業というと、ちょうど三学期辺りで、どうしても駆け足気味になりサーッとやって終わるパターンですよね
年表を語呂合わせで覚えてテストに備える、みたいな

もっと早く知りたかった
その一言に尽きる

Posted at 2016/02/19 19:31:26 | コメント(0) | トラックバック(0)

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「@S4アンクル
お久しぶりです。まあまあ元気ですよw
そちらはお変わりありませんか?
世の中大変な騒ぎになってますが、流される事なく乗り切リましょう(^^)/」
何シテル?   04/23 13:04
S2000を売却後、4型レジアスエース(ハイエース)に乗り換えて別に路線に行こうとしましたが車だけ造って飽きてしまったので僅か1年4ヶ月で売却 またスポーツカー...

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