
ワーゲン、ワーゲンと言うが、やはりビートルと言った方が格好良い。
ビートルが復活して久しいが、どうも最近版ビートルはファット過ぎて馴染めない。
クルマとしての性能は語ること自体ナンセンスと思うが、ビートルがビートルである所以はデザインにとどめを刺す。
ビートルが何故世界的大衆車の象徴になったのか。確かにポルシェ博士の手になるクルマとしての基本性能は当時から図抜けていた。リア置きフラット4の空冷エンジンは、サイズもバランスも凡そクルマとして日常的に使用することに対して、利用者に高い満足感を与えてくれる性能を秘めていた。
されど、それだけでは世界制覇は出来なかったと思う。
何と言っても、あのデザインだ。流れるようなデザインだ。そして、マーケティングの神髄といえる戦略。特に広告戦略は見事だ。広告と芸術が同じ土俵で語られるようになったのも、ビートルの平面媒体の広告に因るところが大きい。広告デザインやコピーを学んだコトのある人間は必ずビートルの世界を通過しているはずだ。そうでなきゃモグリだ(笑)。
広告とアートの融合で有名なのは何と言ってもアンディウォーホールだが、広告=アートはビートルかも知れない。
ボクもご多分にもれず、ちょっとだけかじった口だが、それ以上に広告にタッチする前から純粋にビートルが好きだった。日本ではビートルは決して大衆車でなく、ちょっとコジャレタ高級車にカテゴライジングされていたと思う。ボクの周りでは持ってるヒトはみんなお金持ちだった。
ボクが一番憧れたビートルの乗り方、それは、リアにサーフボードを乗っけて走ること。70年代、ビーチでアメリカングラフィティの挿入曲をフルオープンのウィンドウから、でっかいヴォリュームで吐き出すこと。そんな乗り方がしたかった。
かたおかよしお、すずきえいじん、ながいひろし、ハワイ島、ノースショア、ビーチボーイズ、アロハ、ムスク、シルバージュエリー、レイバン、ラッキーストライク・・・みんな同じおもちゃ箱に詰まった想い出だ。
一度で良いから憧れのサーフィンに手を染めたかったが、結局ブギーボードくらいしか出来なかった。今でもサーフィンをやってるヒトは格好いいと思う。ましてやビートルに乗ってたりしたら、惚れちゃうねぇ(笑)。
Posted at 2007/03/27 08:10:46 | |
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