
現在、いすゞ117CoupeとBMW M6 Coupeの2台を所有しており、充実したカーライフを送っています。
自分の経済力に鑑みれば、恵まれた環境といえますが、人間の欲とは恐ろしいもの。
もう十分といえるはずなのに、もう少し贅沢したいという思いもあります。
自動車免許を取得したときに親から譲り受けた117Coupeをずっと維持してきましたが、9年ほど前、この1台で過ごすのは実用性からみて厳しいとの境地に至り、新たなクルマを探すことにしました。
もちろん、子供の頃から慣れ親しんできた117Coupeを手離す覚悟だったので、入替えても惜しくないクルマにしなければならないと意気込みました。
条件は、デザインが良くて、十分な走行性能もあるけれど、トランクにゴルフバックが2本入ること。
オープンカーに乗りたい気持ちもありましたが、トランクの一部がルーフの収納スペースとして使われると十分な容量を確保できなくなり、条件に合致するクルマが見つからない可能性もあるので、サンルーフ付きならベストだと考えました。
候補を色々と考えているうちに、沢山の思い出が詰まった117Coupeに代わるクルマを探すのは不可能だと悟り、レストアしてセカンドカーにしようと方針転換します。
一方、増車となれば維持費もかさむので、メインカーはほどほどの価格で10年は楽しく乗れるクルマという目安を置くことにしました。
これにより、一番の憧れであったAston Martin DBS V12が選択肢から外れました。
DBS V12は、グランドツアラーの中核車両として美しさを追求したDB9をベースに、よりスポーツ走行が楽しめるよう性能アップが図られたフラグシップモデルです。
DBS V12とDB9の見た目はかなり似ていますが、DBS V12専用に設計されているパーツが多く、外装でいえばフロントスポイラーやボンネットのエアアウトレットにその違いを見て取ることができます。
最高出力は、先代のフラグシップモデルにあたるV12 Vanquish Sから10BHP抑えられて510BHPとなっていますが、180kgもの軽量化が図られたこともあり、0-100km/h加速は0.5秒短縮して4.3秒です。
実用面で考えれば、収納方法を工夫したとしてもトランクにゴルフバック1本が限界ですし、中古車ですら高嶺の花で実現は不可能だろうと薄々分かっていたのですが、117Coupeに代わりうる一生モノとの密かな思いが潰えることになりました。
映画「007」でダニエル・クレイグが扮するジェームズ・ボンドが操るボンドカーに『Casino Royale』、『Quantum of Solace』と2作続けて選ばれたクルマを運転できたらというのは夢で終わりました。
メインカーの条件として、信頼性があって日常で使いやすいという要素は重要なので、ドイツのプレミアムブランドから選ぶことに決めます。
さらに検討を重ねて対象を絞り込み、親しみのあるBMWグループの中から、第一候補にアルピナ、第二候補にMモデルとしました。
アルピナは流通量が少なく、辛抱強く探し続けたものの、私にとって最強の組み合わせであった外装がアルピナグリーンに内装がサンドベージュという個体は見つかりません。
そのうち、第二世代のiDriveであるCICが搭載されたインテルラゴスブルーのBMW M6がとても気になるようになりました。
内装は黒とベージュのツートン、フェイシアにウォールナットという設定も自分の好みに合致します。
売りであるカーボンパネルのルーフのおかげで、サンルーフを諦めざるを得ないのが何とももどかしい。
しかし、そんな悩みも実車を下見した際、初めて聞いたエンジンのスタート音の迫力に圧倒され、全てが吹き切れました。
クルマに興味がない方からすれば、BMW M6と聞いてもドイツのプレミアムブランドのクルマということでしかなく、6 Seriesは上位のモデルに位置付けられていると認識していればそれなりにご存知の方です。
それでも、M6と聞いたところで、どんなクルマなのかまでの知識はないと思います。
二代目M6の魅力といえば、何といってもV10エンジンとSMGとの組み合わせにあるといえます。
とはいえ、クラッチ保護のためシフトチェンジを遅めに設定してオートマモードで街中を走ると、舟漕ぎボートみたいなシフトアップが繰り返されてスムーズに走れません。
しかも、日常域でのスロットルに対するエンジンの反応は鈍く、周囲の流れに乗るのが精一杯という感じ。
ストップ&ゴーでは力が発揮できず、都心部の一般道であればピックアップの良いファミリーカーのほうが運転しやすいと思います。
少しでも快適にとなれば、パドルシフトとスロットルを上手く制御しながらマニュアルモードで走らせる必要があります。
それでも、シングルクラッチの無骨な繋ぎで、シフトアップするならエンジンをもっと回して欲しいと訴えかけてきます。
そして、エンジン回転数が3,000rpmを超えてくるとパワーが湧き出し、V10特有の波長を持った音が室内に充満し始めます。
穏やかに運動するつもりが、クルマに乗せられて気持ちが昂ります。
その結果、都心部の一般道を走り続けると、3.5km/ℓと6ℓ級のV12エンジンを凌ぐ燃費を記録することになります。
また、高級スポーツカーに近い性能を備えているとはいえ、目で追いかけるのは欧米人が中心で、日本人から注目されることはほとんどありません。
逆にいうと、BMW M6というクルマを気兼ねなく日常で使うことができるということになります。
自分だけが知っているという歓びがあるといっても過言ではありません。
さらに、BMW M6に乗るようになって、117Coupeの良さもより認識できるようになりました。
どちらもグランドツアラーで、後席は狭いものの前席はゆったりとしたドライブができるよう、快適な空間が広がっています。
長距離を優雅に駆け抜けるためのクルマであると同時に、スロットルを意識的に踏み込むと爽快な走りが楽しめます。
このように、BMW M6にはマイナス要素がありますが、私の満足度は極めて高く、次のクルマがイメージできないというジレンマがあります。
もう一つの誤算は、BMW M6の満足度は高いとはいえ普段使いするので、刺激が薄らいでしまうという点です。
もし、メインカーを別に用意してサブカーとして購入していたら、もっと満足感に浸れるのではと思う瞬間があります。
そう、この心の隙に、偶にはスペシャルなクルマを運転したいという思いが芽生えるのです。
この気持ちは第二世代のVanquishの登場により強くなります。
Aston Martinが2013年に創立100周年を迎えるにあたり、Vanquishを「これからの100年の形を象徴した車」と評してDBS V12の後継フラグシップモデルとして発表します。
そして、このクルマを後方から見たときに、ある種の衝撃を覚えました。
サイドを筋肉質な造形で絞り込み、ボディと一体化したリアスポイラーとヒップアップにより、リアに向かって流れるような美しいスタイルに仕立てられています。
このように感じるのは、チーフデザイナーであるMarek Reichmanが、DB9やVantageのリアデザインをOne-77に取り入れて進化させ、Vanquishでさらにスタイリッシュに仕上げたことにより、1つの完成形に到達したからではないかと想像しています。
というのも、Vanquishのリアやサイドのデザインは、One-77からインスピレーションを得たと紹介されていますが、DB9やVantageからOne-77に受け継がれていた愛らしい面影が消えているからです。
Vanquishは軽量化のためAston Martinの量産モデルとして初めて全てのボディパネルにカーボンが採用しており、これによりパネル形状の自由度が格段に向上して、従来のモデルとは異なるデザインが実現可能であるというメリットを生かした点も見逃せません。
2012年の発表から8年が経ちましたが、私にとって、これ以上に均整のとれたクルマは存在しません。
もちろん、購入を断念したDBS V12より新しいモデルのVanquishを手に入れるハードルは高く、新車をオーダーできる経済的な余裕などありません。
そんな中、走行距離は僅か780kmという極上のVanquishと出逢うことになります。
外装色はApple Tree Greenといいます。
この色は、Vanquishのイメージアップのために用意したスペシャルカラーなのか、デモカーとして何台か製造されているようで、本国で撮影されたYouTube動画でも度々見かけていました。
動画で見ると、綺麗なメタリックの黄緑色でかなり目を惹くはずなので、日本に入ってくることはないかな、と。
だから、極上の状態で手に入れられるチャンスが巡ってくるとは予想もしていません。
もう、押っ取り刀でお店に駆け込みました。
実車は予想を遥かに超越する美しさで、目の前にすると溜息すら出てしまいます。
観ているだけで満足感に包まれ、欲しいとか運転したいなどという邪念が湧かない不思議な感覚を味わいました。
傷ものにならないよう、走らせないで飾り物として保管しておくのが良いのではないか、と。
残念なのは、英国車なのに私にとって抵抗感のある左ハンドルという設定です。
また、Vanquishに搭載されているZFと共同開発したTouchtronicⅡの6速ATはシフトチェンジが早くないのか、シフトアップしたとき張りのないエキゾーストが響くというのも引っかかっていました。もし、7速SMGのBMW M6に乗っていなかったら、気にも留めなかったかもしれません。
この点に関し、2015年モデルからシフトスピードを向上させた8速ATであるTouchtronicⅢを搭載するとの発表を認識しており、オフィシャルビデオでも高くて官能的なエキゾーストを轟かせているのを確認していました。
暫く悩みましたが、一世一代の高価なクルマを購入するのに目は瞑れないと見送りを決断しました。
同じスペックのエンジンが搭載されたV12 Vantage Sにも目を向けました。
車両価格は、Vanquishに比べて1,000万円ほどお手頃に設定されています。
Aston Martinのピュアスポーツを担うクルマとして登場したVantageの愛称はベイビーアストン。
その顔はちょっと可愛らしい印象です。
しかし、ボンネットに空いた大きなエアダクトの下には565BHPを発するV12エンジンが搭載されているから伊達ではありません。
0-100km/h加速は、6速ATのVanquishより0.2秒速い3.9秒です。
トランスミッションは、SportshiftⅢという7速SMGが搭載されており、AT車のVanquishとは違ってシフトチェンジによるエキゾーストが締まっていて小気味好いです。
車重もVanquishより70kgほど軽量で、2速、3速での加速は低回転域からレブリミットまで長くて力強い。
V12サウンドの高まりとともに、程良い緊張感に包まれ、極上の瞬間を味わえます。
足回りはVanquishより明らかにタイトに設定されており、路面の凹凸が室内に強く伝わります。
運転するならそれも楽しさの一つといえますが、助手席に人を乗せるのであれば理解がある方でないと厳しいと思います。
実は、このVantageにはゴルフバックがトランクに2本入ります。
リアハッチに沿うように左右に1本ずつ。
後方視界は遮られるでしょうが、ゴルフ場に向かう足として使われる方もいらっしゃるそうです。
そんな中、突如として私の目の前に現れたのがSamalanca Blue Metallicで塗装されたWraith。
光の加減で色目が大きく変化するこのメタリックブルーがWraithの高級感をさらに引き立たせ、新たな世界観を知ることとなります。
Rolls-Royceがクーペを作るとこうなると世に問うたクルマですが、優雅さが漂う均整の取れたリアの造形は他に類がありません。
内装は贅沢な装飾品の集合体になっていて、車両価格は5,000万円と言われても納得するでしょう。
それが今まで夢見たスポーツカーと新車価格がほぼ同じで3,000万円台。
このデモカーには、マイスターがルーフライニングにファイバーを1本1本縫い込んで作ったスターライト・ヘッドライニングが装備されています。
スペシャルな1台にこういうクーペもありなのかと大きな刺激を受けました。
エンジンは6.6ℓV12ツインターボなので、大きなボディながら0-100km/h加速は4.6秒と愛車のM6と同等です。
スロットルを床まで踏み込みと、少しラグは伴いますが、力強い加速を楽しめます。
そして、ブレーキも良く聞きます。
街中では路面の上を滑っているかのような「マジックカーペットライド」は、高速道路に乗ると刺激的な乗り味になります。
うねりのある路面をハイペースで駆け抜けると、車体がゆっくりと揺れるうえにステアリングが軽くて手に舵感が伝わらないので、接地感が薄く、お腹の下あたりがフワフワします。
車窓の流れが速ければ、座席から振り落とされるのでは、と何とも心許なくなります。
例えていうなら、電車内で手すりなどに捕まらずに立っているとき、スピードが上がってくると下半身が軽くなって足裏に力が入らないのに似た感覚と表現するのが一番伝わるでしょうか。
ところが、カーブ手前で速度を落とさずにステアリングを切ると、車体が外側に傾き始めますが、そこでピタリと止まります。
それではと、スロットルを意図的に踏み増して加速させても、更なるロールはなく足回りがしっかりと支え、思いどおりのラインを駆け抜けてくれます。
ナビ情報で舵角を予測して足廻りを制御しているという話もありますが、ここぞというときにしっかりと支えてくれるので、慣れれば最高のセッティングなのかもしれません。
ちなみに、GHOSTでスラロームにチャレンジさせてもらったことがあるのですが、ふらつくこともなく、ステアリング操作に足が反応して頭がしっかりと入って面白いように決まります。
もちろん、エフォートレスを信条に設計されているだけのことはあって、ステアリング径は大きく握りが細いうえに、日本車のパワーステアリングみたいに軽いので、スポーツカーみたいな走りを楽しむには違和感があります。
走行性能の高さに驚かされると同時に、正統な乗り方とも思えず、Wraithに申し訳なくなってしまいます。
一度はオーナーを夢見ましたが、現実的に考えると乗っていく場所が思いつきません。
ファントムより一回りは小さいとはいえ、庶民の生活ではどこに行くにしても、駐車スペースを確保するのに苦労するはずです。
やはり、私の生活環境で選べるクルマではないのかな、と。
Rolls-Royceは、恰幅の良い裕福な紳士が優雅に乗るからこそ、オーナーとクルマの品位が相乗効果で引き出せマッチングするというのが結論です。
長くなりましたので、次号へ続きます。