
待ち焦がれた納車の日、初めてVanquish Sを運転しました。
クルマの操作関係は、何度か試乗させてもらったVanquishと同じなので、走らせるだけなら何とか分かります。
とはいえ、現地の自動車販売店が出庫前に磨きを掛けてくれたおかげでボディに光沢があり、プロテクションフィルムの施工に向けた車両引渡しを翌日に控えていたので、塗装面に傷を付けるわけにはいきません。
そうなると、選択肢としては一般道を静かに走るしかありません。
つまり、初乗りは10kmほど慎重に街中を運転したときの印象となります。
まず、アウタードアハンドルを引いてクルマに乗り込み、ドライバーズシートに腰を下ろすと、アストンマーティン独特のレザーの香りが鼻をくすぐります。
走行距離は119milesと購入時より9miles増え、車両は製造から3年経過している中古車ではありますが、新車に近い状態なのではないでしょうか。
この香りを嗅ぐと、試乗していた頃のVanquishに対する複雑な気持ちを思い出します。
同時に、夢が実現したのだという何とも言えない高揚感に包まれます。
シートはピンとした張りがあり、柔らかく包み込むでもなく、あるいはガッチリとホールドされるでもなく、座面に跳ね返されている感じがします。
こんな印象だったかなあと違和感を抱きつつも、目を正面に向けると狭いと思っていた運転席からの視界が思いのほか開けています。
もともと、アストンマーティンはフロントガラス越しの前方視界の上下幅が狭く、どんなドライビングポジションを取ろうとも縦方向が確保しにくいという印象をもっていました。
しかし、来たるこの日のためにM6の座席を一番低くして正面に目線が向くような姿勢で運転してきた成果なのか、視界は気にせず走れそうです。
エモーショナル・コントロール・ユニットと呼ばれるスマートイグニッションキーをセンターコンソールのスロットルに差し込むと、イグニッションオンになります。
計器パネルや操作パネルにライトが灯り、ポップアップナビが立ち上がるのと併せてダッシュボードの左右からはBang & Olufsenの円形のツイータースピーカーが立ち上がります。
エンジン始動は、ブレーキペダルを踏みながらスロットルに差し込んだイグニッションキーを長めに押し込みます。
始動時のキュキュキュバラァラララというエキゾーストは、猛獣の叫びというより、近くに落雷があったときのような迫力です。
アストンマーティンの現行モデルは、エンジンスタートボタンを押す方式に戻したので、この操作でエンジンを始動するのは一世代前のアストンマーティンだけになります。
サファイアガラスからクリスタルガラスに変わったとはいえ、このイグニッションキーはズッシリとした重量がありますし、落としたり傷つけないようにとか考えると、扱いにくいという声もあったのでしょうか。
サーボトロニックのステアリングは軽くて回しやすいといえば聞こえは良いですが、タイヤの向きが手のひらに伝わってきません。
さらに、街中の交差点を曲がって直進を始めるとき、ステアリングを戻す必要があるので忙しいです。
しかも、舵角が掴めないので、勢いで戻す感じ。
ところが、改めて運転してみると、ステアリングを戻すときの握りかえで平たい部分と円形部分の境目の角が手のひらに当たります。
レザーも薄いわけではないと思いますが、ゴツゴツした硬めの手触り感はあたかもプラスチックみたい。
このステアリングが アストンマーティンのピュアスポーツに分類されるVantageのオプションとして設定されていない意味が分かったような気がしました。
ミッションはZF社のATなので、ブレーキペダルから足を離せばクリープで動き出します。
走り出してすぐに頭に過った乗り味といえば、タイヤに空気を入れ過ぎた自転車で走ったときみたい。
試乗車で掴んでいたはずの乗り味は、地面の凹凸に対してショックで和らげてくれるけど、最後に芯のような硬さを感じるという、アルデンテのスパゲッティのようなイメージです。
Vanquish Sの足回りは、ダンパーやスプリングの設定をしなやかな乗り味を維持しながら走行性能を向上させたと発表されていますが、今まで抱いていた印象とは全くの別物です。
正面の視界は感覚的にクリアしましたが、左右の窓が小さくてやや見にくいです。
死角が多くて交差点や車線変更は気を遣います。
ナーバスになりすぎなのか・・・
スロットルの反応も気難しさを感じます。
オートマモードではシフトチェンジを感じさせずに8速をスムーズに繋ぐので、街中ではペダルの加減だけなります。
しかし、低速の走り出しから少しペダルを踏み込むと、突然、力強くグイッと前進する瞬間が訪れます。
エンジン回転数、車速、ギアの微妙な関係なのか・・・
試乗していたときは興奮気味でチャンスがあれば遠慮なくスロットルを踏み込んでいたので、繊細なタッチを要求する場面の振舞いを見逃してきたのかもしれません。
カーボンセラミックのブレーキも立ち上がりから良く効きます。
こちらも聞こえは良いですが、ペダルにワンタッチしただけで強い制動力が立ち上がり、自分がギクシャクしてしまいます。
流すような低速からのブレーキは難しい。
これも試乗時には感じなかった記憶にない部分です。
何といっても、先つぼみのフロントが車両感覚を妨げて、先端までの距離感が掴めません。
ステアリングを握る手のひらからフロントタイヤの位置がイメージできないからでしょうか。
こういう印象ばかりでは、イマイチだったと読めるかもしれません。
ただ、Vanquishに試乗したときから、ハンドリングも含めてダイレクト感はSMGのE63 M6に軍配が上がることは分かっていたこと。
期待が裏切られたという失望があるわけではありません。
Sバージョンになっても従来のVanquishと変わらなかったという意味で、想定どおりだったといえます。
造形の美しさに心を奪われ、眺めているだけでも幸せになれると思えるこのクルマを運転しているということで十分。
やはり、いつかは手にしたいと思い続けたことは間違いではなかったという確認ができたというのがインプレッションです。
いずれ、アストンマーティンで最後となるであろう自然吸気V12エンジンを少し体感できる高速道路を走らせたときの印象を書きたいと思います。