
最近なぜかメシや酒が美味しくて、ついついガッチリ飲み食いしてしまい、子供達に「お父さん冬眠するの?」とマジで心配された溶接屋シシちゃんです(^-^;)
子供達よ、俺は父グマじゃねぇよ(`Δ´)
皆さんこんばんは(^^)
先月の中盤から仕事が多忙になり、おまけに骨髄提供手術の入院などもありバタバタしてまして…
おまけにケータイが不調でログインできず、みん友さんのページに訪問することもできず、ご無沙汰しておりました(;_;)
そんな中…
月始めの月曜の午後、仕事中に嫁からのメール…
「菅原文太さん亡くなったよ((T_T))」
「マジで!?」
カミさんのメールを疑いました。
急いで携帯でヤフーニュースを確認すると、速報が…
嫁のメールは間違いなかったと、呆然としました。
映画「トラック野郎」を映画で見たのは二歳の頃、親父に連れられてナイトショー、「突撃一番星」でした。
その後、テレビの再放映を録画し、物心付いた幼稚園の年中で見た度胸一番星で、デコトラ好きが再燃し、全10作品、毎日毎日見ていました。
小学生の時にカミオンが発売。デコチャリとプラモ、イラストに明け暮れ…
中学時代はそれに輪をかけて熱中。トラック野郎のセリフを丸暗記するほどになりました。
高校は工業高校だったので、文太さんを真似て角刈りに。
バイクに興味を持つ同級生を無視しつつ、ガソリンスタンドと酒屋のバイトを頑張って、在学中にキャンターを購入。卒業式にはトラックで出席しました。
初心者マークを付けつつ街道デビューした俺に、当時周囲のトラック野郎の皆様はすごく優しかった…
タイヤパンクした時、スペアを快く貸してくれた方、バイザーのリベット飛んだ時にビス止めしてくれた方、道を譲ってくれる方…
損得を考えずに優しかった先輩トラック野郎の姿を、文太さん=星桃次郎に重ねたりしてました。
そんな俺も38歳。
今回、文太さんについてブログに書こうかマジで悩みましたが、今も昔も、文太さん=「星桃次郎」は俺に取って兄貴的な存在であり、ヒーローでもあり、その存在は俺に巨大な影響を与えてくれました。
俺はその存在、大きな背中を、これからも追い続けていこうと思います。
桃さん、ありがとう(^^ゞ
という気持ちを持ちつつ、今夜もDVD「男一匹桃次郎」を見て寝ようと思います。
皆様、それではまた来ます( ´∀`)/~~

Posted at 2014/12/07 21:43:05 | |
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