■3台目は初代CR-X
このクルマから車計簿を付け始めた。記録は大切(^o^)丿
1994年冬にCR-Xを買った。記録によると納車は12/26。25歳だった。これまでATしか持ったことがなかった。当時、ホンダが、DHOCエンジンを復活させたZC。CVCCにとろいのに飽きていたから欲しくなった。あともうひとつは、今のうちにMTに乗っておかないと、もう一生乗ることはないなと思った。買ったのは、初めての新車、Si/1600cc/MT/DOHC、サンルーフ、色は白。ボンネットにパワーバルジがあって、ヘッドライトにマブタがある(半分リトラクタブルなやつ、後期型は普通の固定式になった)。屋根が小さいんでサンルーフは、屋根下へスライドじゃなくって、屋根の上にスライドする。
ひとつだけ大きな問題があった。パワステがなかった、オプションでも。当時は、スポーツタイプにはパワステ無しってのが残っていたせいか。初めてのMT&パワステなしで辛いかなと思ったけど、まっいいかって買った。納車で取りに行くとき、友人に一緒に来てもらった。MT&パワステなしで自信なかったんだ。ちなみに買ったのは、ディーラじゃなくって、TwinCamというShopだった。プレリュードの下取りがよかったから。
ちなみに、アコードもプレリュードもパワステ付。当時のホンダ車のパワステは異常に軽くって、指1本で動いた。案の定、初めてのMT&パワステ無しは大変、おまけに腕力も無いわで、慣れるのに時間がかかった。車重900キロ位で135psだったから速かった。でもボディ剛性が不足していて(サンルーフのせい?)ミシミシいってた。これで事故ったら死ぬな、と思った。
クルマは速いけど運転がヘタ。ホンダDOHC復活って言われてたせいか、よくAE86なんかに煽られて困った。でも、ターンパイクの上りは2速3速レッドゾーンまで回すと最高だった。下りは怖かった。
それから、記録によると1985/4にオーディオを変えている、142,000円。確かSONYだった。
だいぶ運転にもなれた頃、ヘタなカメだから見た目しかないか? と思って、無限のカッコだけ、まねっこにした。1985/7に、標準のリアスポイラー(アンダースポイラーじゃなくってリアハッチの後端)はずして、パテ埋めし無限のスポイラーつけた。それで、全身真っ白に塗装して(あっ、標準では下半分がグレーの2トーン)、これで101,000円。
1985/11に、CIBIEのポジション付きヘッドライト(21,000円)に変えている、車計簿を見て思い出した。記録がなかったら全然覚えていない。
それで1985/12に、ホイールも無限仕様(Fortran Asso A301)の白のディッシュにした、195/50/VR15、これで210,000円。結果はカメなのが、よけい目立っただけだと思う (^_^メ)
これまた記録によると、1986/6にストラットタワーバーを入れてる。どうせヘタなのに、多少でも剛性が上がればいいと思ったのか。
ステアリングもMOMO(プレリュード時代のを付け替え)にしてた。でもカッコ最重視で、195/50/15にしたもんだから、FWD&パワステ無しがこたえて、よけい辛くなった。車庫入れする時は、据え切りなんか私の腕力じゃ絶対不可能で、動かす前に頭の中でラインを考えなきゃならなかった。思い出しただけでも腕が疲れる。
当時、ワタシの会社に社員駐車場があって、ここを借りて毎日クルマで通勤していた。会社から帰宅のため駐車場へ行くときに、たまたま元上司と一緒になり、CR-Xを見て「あれ誰の?、好きなんだな~っ」て言われてしまった。その元上司は昔、ヨタ8だったかエスハチだったか乗ってたらしい。
その5年後くらいに、クルマ好きの後輩に入社してきた。最初は何ということもないカムリに乗ってたけれど、何を考えたのか、真っ黒なスープラ(2.0GTターボ、その時の上司は"ソープラ"って呼んでた)のエアロトップに乗り換えた。
このソープラで、後輩の嫁さんと幕張メッセへモーターショウを見に行った。あの手のクルマは、後部座席に乗るもんじゃない。でも、オープンエアはいい、いつかは、カブリオレorスピードスターが欲しい(コンパーチブルはいらない)と思っていたが、サンルーフで我慢していた。
というわけで、運転が大変だけど、CR-Xは面白いクルマだった。このクルマは、約4年間、記録によると1.8万キロ。金かけた割には、走ってない。若気の至りだった。