
最初の画像はAI加工です
自動車デザインの巨匠、ジョルジェット・ジュージアーロ。
彼が率いるイタルデザイン社が、1970年代に手がけた伝説的なコンセプトカー群が「アッソ(エース)シリーズ」です。
トランプのエースをモチーフにしたこのシリーズは、今なお色褪せない名車ばかり。
* 1973年(フランクフルト):アウディ80ベースのアッソ・ディ・ピッケ(スペードのエース)を発表。
* 1974年(トリノ):ヒョンデーからアッソ・ディ・フィオーリ(クラブのエース)を発表。
※ただし、直前にヒョンデー側が「ポニークーペ」の名で展示を希望したため、この時はアッソの名はお蔵入りに。
* 1976年(トリノ):BMW320ベースのアッソ・ディ・クアドリ(ダイヤのエース)を発表。
そして1979年のジュネーヴ・ショー。
満を持していすゞ・ジェミニをベースにした「いすゞ アッソ・ディ・フィオーリ」が発表されます。
この時の反響は凄まじく、いすゞの首脳陣がショーの開催中に量産化を決断し、翌月の社内会議で正式発表したという逸話が残っているほど。これがのちの名車「ピアッツァ」へと繋がります。
一連のアッソシリーズは、このフィオーリをもって幕を閉じました。
ここで、車好きなら誰もが抱く疑問が生まれます。
トランプのエースがモチーフなら、どうして『ハート(クオーレ)』がないの?
当時、ジュージアーロは「アッソ・ディ・クオーレ(ハートのエース)は作らない」と明言していました。その理由はこう語られていたのです。
「イタリア人の感覚として、車名に cuore(ハート) を使うのは不自然で気が進まない」
「フィオーリ(クラブ)には最高、あるいは精粋という意味があるから、これで完結なのだ」
なるほど、イタリア人の美学なら仕方ない……。
……と、長年ファンは信じ込まされて(?)きました。
しかし、ここでひとつの矛盾が生じます。
「だったら、なぜ当初(1974年)は2番目にフィオーリを持ってきたの?」という謎です。
そんな長年の謎に、ついに激震が走りました!(大げさ😅)
今年2026年、雑誌『カーグラフィック』での連載「マエストロの美学」の一節に、なんとこんな記述があったのです。
「アッソシリーズはスペードから始まり、ダイヤ、クラブ、ハートへとつなげたいと考えていた」
えええーーー!!!? 😲
うーん……。私たちが長年信じてきた「イタリア人の感覚では〜」というあの高尚な一説は、一体なんだったのでしょうか(笑)。
ここで大人の事情を勘ぐってみたくなります。
古い雑誌を調べてみると、1977年にダイハツから「CUORE(クオーレ)」という軽自動車(当時550cc)が発売されているんです。
画像はwikipediaから
もしかして、このダイハツ・クオーレの存在があったから、商標などの関係で「アッソ・ディ・クオーレ」を作れなくなってしまったのでは……?なんて邪推してしまいます。
さらに追い打ちをかけるような最新ニュースが。
最近のパリモーターショーで、なんとあのアルファロメオがプロトタイプ「CUORE ROSSO(クオーレ・ロッソ:赤いハート)」を発表したのです。
「イタリア人、車名にCUORE使ってるやんっ!!」
ジュージアーロの当時の発言の真意はどこにあったのか。
自動車の歴史の裏側にある「大人の事情」を妄想すると、夜も眠れなくなりそうです。
あぁ〜イタルデザインの真っ赤なアッソ・ディ・クオーレ見てみたかったなぁ。
Posted at 2026/10/15 20:18:08 | |
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