奴等はは突然やってくる・・・

その日は仕事帰りに一杯引っ掛けて帰ることにした。
店から最寄の駅まで徒歩１０分といったところだろうか。
９月になり夜はほんの少しだけ涼しくなったものの、依然として観測史上最大の
猛暑の影響は残っている。
暑い。額には自然と汗がにじむ。

歩き出して３０秒くらいだろうか、信号で立ち止まったそのとき、突如としてそ
れはやってきた。

グル・・・グルギュルルＲｒｒｒ・・・

確かに店で飲んでいるときから腹が張っている感じはあった。
そのときは食べすぎだろうと思っていたのだが、まさかこんな事態が訪れようとは・・・。

信号が青に変わり、早足で横断歩道を渡る。
店に戻ろうかとも考えたが、まだ余波である。
大丈夫だ。第一波もきていないじゃないか。
なにより、１回店を出たのにまた戻ってトイレを使うなんて・・・
オレはいったいどんな顔をすればいいのか。

２つ目の交差点を渡っているとき、ついに第一波がやってきた。
駅までまだ７分はある。
どうする、店に戻るか。
まだ大丈夫だろう。そう思ってさらに早足で駅へと向かう。
後悔は先に立たない。後悔はいつも後からやってくる。
それはそうだ。後で悔やむと書いて後悔。先に悔やんでいたらそれは後悔ではな
いではないか。

駅まであと６分。
駅とは反対の方向150ｍにコンビニを発見。
どうする。
「オレの体だ、オレが一番良くわかっている！」とは死にかけジジイの名言だ。
レンホーが「２位でもいいじゃん！」といった次世代スパコンよりも早く脳内シ
ュミレーションを行う。
コンビニまで１分はかかる。速攻でレジ前を横切り、トイレへ・・・空いている
確証がない。そもそもトイレを貸してくれないとも限らない。それにことを終え
た後も何も買わないわけには行かないだろう。
（この間0.5秒）
これでもオレはシャイボーイ。駅に向かおう。

駅まであと５分。
なるべく腹部への圧迫を減らそうと、ベルトを緩める。
前には女性が歩いていた。
暗い夜道を歩く女性、その後ろにはベルトを緩めた男。
はたから見たら変質者である。
降りかえって悲鳴でもあげられたあかつきには、前科一犯どころではすまない。
確実に放出のおまけもつきだ。
頼む、そのまま歩いてくれ。
願いが通じたのか、ほどなくして女性はマンションへと消えて行った。
願えば通じるもの。まぁお通じすぎるのも考えものであるが。

駅まであと４分。
ホッとしたのもつかの間、第二波到来。
グアァァァァ・・・ァ・ァ・・ァ・・・
後悔はいつも後からやってくる。・・・コンビニに行けばよかった。

駅まであと３分３０秒。
右側に居酒屋の光が見えてきた。
どうする。
またシュミレーションを開始。
「いらっしゃいま・・・
「トイレを貸してください。」
「ト、トイレですか？」
「ええ、のっぴきならない状態なんです・・・よ・・・。」
と悲壮な表情で頼めば貸してくれるだろうか。
ただ、問題はそのあとだ。
　ジャーーーー・・・ガチャ
「おかげで助かりました。ありがとうございました。では。」
などと、さわやかに店を出れるわけがない。
オレは散々汚物を放出して、何もなしでは帰れない。
きっと一杯やる羽目になる。
酒の肴はもちろん・・・
それでは終バスに間に合わない。
（この間0.3秒）
ダメだ。駅に向かおう。

次の波が来るまでに駅のトイレに駆け込まなければ。
もうひと波を押さえ込む自信がない。
ひたすら駅に向かって、歩を進める。
どうやら肛門にとって、早歩きは想像以上に刺激的なようだ。
刻一刻と次の波の兆候が迫る。

途中何度も駐車場や家の影で出してしまおうかとも考えた。
しかしそのたびにもし見られたらどうなる？確実に変質者扱いだぞ。
汚物の処理は？カバンの中のノートでキレイに処理し切れるのか。
この道は人通りが多すぎる。すべてにおいてリスキーだ。
そういって思いとどまる。

我慢のし過ぎでハイになりつつある。
このまま出すのは容易いことだ。出してしまえばこの苦しみから解放される。
何度も心が折れそうになる。
しかし、
貴様はお気に入りのスーツを使用不能にしてしまう気か！
家までどうやって帰る気だ。電車やタクシーは無理だぞ。１０キロ以上丸出しで
歩いて帰る自信はあるのか！
そもそもお前は何年間生きてきたんだ！四半世紀以上生きているのだろう！！
そういって、気持ちを奮いたたせた。

駅まであと１分。
もはや額からはではない別の液体が出てくる。これが脂汗というものか。
後悔はいつも後からやってくる。・・・知らない居酒屋でもよかったじゃないか
。

ゴミ捨てをしているおじさんを発見。ゴミは当日の朝に出す決まりですよね！
などという余裕はない。
この人に声をかけて自宅のトイレを貸してもらうのはどうか。
またしてもシュミレーション。
声をかけて、事情を説明するのに３０秒。
オートロックをあけて自宅に入れてもらうまでに１分。
ダメだ。
すべてがうまくいっても時間がかかりすぎる。
もし断られたら・・・おそらくオレの心はその場で折れてしまうだろう。

駅が見えた。
階段を上る余裕はない。
エスカレーターよ、降りて来い・・・。
そう願いつつ一歩一歩駅へと近ずく。

・・・念ずれば通ず。
上の階から誰かが乗ったエレベーターが下りてくる。
希望はつながった。
ドアが開くと同時にエレベーターに滑り込む。
もう目がかすむ。気力も限界だ。
「閉まる」ボタンを押そうとした時、数メートル手前の道路を女性が走ってくる
。
残念だったな、お嬢さん。人生は待ってはくれないのだよ。
そういって「開く」ボタンを押すオレ。
　なぜだ!?　
　
「・・・紳士だからさ。」

女性が乗り込んでくる。
笑顔で向かえたつもりだったが、はたしてどんな顔をしていたのだろうか。

エレベーターが動き出した瞬間だった。
第三波。
最悪のタイミングだ。
密閉された空間に女性と二人。
事故だなんていえる状況ではない。
オレの人生・・・オワタ━━━＼(´∀｀)／━━━!!である
後悔はいつも後からやってくる。
・・・なぜ店を出る前にしなかった。
・・・なぜ最初の店に戻らなかった。
・・・なぜ女性を待った。

・・・紳士だからさ！

オレはできる子だ！ＭＴにも乗れる!!単車の免許も持っているじゃないか!!!
脳内麻薬エンドルフィンが放出される。フンバリーズハイな状態だ。
史上最大の波を気合とプライドで押し留める。
気合だけではオリンピックで金メダルが取れないのは証明されている。
だが今は金メダルはいらない。茶色のメダルさえ避ければいいのだ。


駅まで２０メートル。
ドアが開くと同時に駅に向かって走る。
もはや一刻の猶予もない。
流れる動作でカバンから、スイカを取り出し、改札にタッチ。
トイレはすぐそこだ。

トイレは空いていた。
駆け込んで、ドアを閉める。
しかし本当の戦いはここから始る。

中国の故事に「百里を行く者は九十を半ばとす」というのがある。
また「家に帰るまでが遠足です。」という校長の言葉はあまりにも有名である。
何事も最後まで気を抜いてはいけないのだ。
「家のドアを開けたとたん・・・」とか「トイレのドアを開けたとたん・・・」
などはあまりにも有名な話だ。
つまり「我慢するものにとって、ズボンを脱ぐまで、いや便座に座るまでが我慢
」なのである。

ドアに鍵をかける。
カバンを置く。
ベルトをはず・・・はずれない。
シット！いつでも座れる体勢になって、ベルトをはず・・・
・・・もう限界だ(*´Д｀)┌
ベルト・・・ベル・・・ベルト・・・
ここまできて負けるわけにはいかない。ガチャッ
は、はずれた！！
チャックを下ろす。
ズボンとパンツを下ろす。
着座・・・

・・・
・・・・・・

数分後。
ホームには何事もなかったかのようにハンカチで額の汗をぬぐい、電車を待つ自
分の姿があった。

明日も暑くなりそうだ。

Fin