
こんどのアパルーサ号はTipですが、右ハンドルにしました。その最大の理由は、アクセルとブレーキのペダル配置がほぼ適切だったからです。その点さえクリアできれば、日本で走る車を右ハンドルにしていけない理由はありません。納車後、約四千キロ走りましたが、いまのところ、フットレストに足をのせるつもりがブレーキを踏んでしまった、というような“無意識のミス”もまったくありません。セカンドカーのレガシーと同じ感覚で走れています。
おそらく、マニュアルのペダル配置がもうすこし改善されれば、マニュアル・ポルシェのほうの右ハンドル派も、今後漸増していくのではないでしょうか。
では、日本における左ハンドルのメリットが――適切なペダル配置で車の能力を最大限に引き出せるという点以外に――まったくないのかというと、そうでもないのですね。ぼくの場合、944,993の前二車とも左ハンドルでしたが、よく言われる“追い越し時の不利”なども、慣れるとまったく感じませんでしたし、より積極的な意味のメリットとして、歩行者との距離を正確につかめるという安心感にもつながっていました。これはもちろん、事故回避の予防運転に役立ちますよね。
もう一つ、個人的な感慨として、日ごろ日本で左ハンドルに慣れていると、アメリカや――イギリスを除く――ヨーロッパで車を運転する場合も、あまり身がまえることもなく、自然に入っていけるという利点もあるように思います。
ただし、過信はいけません。言うまでもなく、あちらとこちらでは、走行レーンの違いという決定的な差があるのですから。
1990年だから、もうだいぶ前のことです。四月のある日、ぼくはロス近郊のマルホランド・ドライヴを走っていました。車はポンティアックのファイアーバード。仕事を兼ねていたので、隣りのパッセンジャー・シートにはビルというカメラマンがすわっていました。彼とはその朝が初対面だったのですが、一見して遊び人という感じで、撮影のほうは大丈夫かいな、という不安を抱いたのを覚えています。
でも、いざ走り出すとそんな不安もどこへやら、ぼくは初めて走るアメリカ有数のドライヴウェイの景観に目を奪われていました。想像していたのとはまったくちがう、赤茶けた丘陵。その遠近に点在するさまざまな意匠の豪邸。襲いかかるコーナーを一つ一つクリアするうちに、S・マックィーンのことを思い出していました。武術のトレーニングでさんざん痛めつけられた腹癒せに、マックィーンはある日、先生のブルース・リーをドライヴに連れ出した。そして、持てるテクニックのすべてを駆使してマルホランド・ドライヴを911で飛ばすうちに、とうとう、あのリーが、もう止めてくれ、と青い顔で泣きを入れたというエピソード。それと同じ道を、いま、自分は走っている……常ならぬ陶酔にひたりながら車を飛ばしていると――。
耳元で、ビルが何か言いました。えっと訊き返すと、彼は静かな口調で繰り返したのです、“You're driving on the wrong side of the road(反対の車線を走っているよ)”。
慌てて右の車線にもどって冷や汗をかきながら、ぼくは心からビルを見直していました。立場が逆だったら、ぼくは恐怖と狼狽のあまり大声で叫んでいたかもしれません。それをビルは、動転の色などすこしも見せず、ごく冷静に注意してくれたのです……。
このときに痛感した二つのこと。一つ、人は本当に見かけによらない、ということ。二つ、人生というやつは偶然の堆積にほかならない、ということ。実際、もしあのとき対向車線のブラインドコーナーから車が飛び出してきていたら、ぼくは今頃こうしてブログなど書いていられなかったでしょうから――。走るならやっぱり、 on the sunny side of the streetがいいですね。
写真は、恥ずかしながら、このとき米誌の表紙を飾った筆者とファイアーバード。撮影者はもちろん、ビルです。
Posted at 2007/06/17 16:44:49 | |
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ドライヴ | 日記