「ねえ、あんた! 今、表を通り過ぎたの理沙ちゃんじゃないのかい?!」
「なにい?理沙のやつが帰ってきたって? そんな馬鹿な。あ、ほんとうだ。わざとらしくキョロキョロしてやがる。みんな!知らん顔していよう。そしたら入ってくるから!」
「おお。ここだったわ。小さくてシケた団子屋だからつい通りすぎちゃったよ。おいちゃんもおばちゃんも達者にしてたかい?」
「おねえちゃん!帰ってきたの?」
「おーさくら。いや、なにね、ちょっと近くを通りかかったもんだからさ。またすぐ今夜にでも出て行くから」
「そんな!今帰ってきたばかりなのに。ほら光男、裏の工場へ行っておとうさん呼んできて!」
「あ、ねえさん、おひさしぶりです」
「おおヒロシか。あいかわらずバカか?」
「おかげで元気に暮らしています。そういえばこのあいだ、ついに車を買ったんですよ」
「なに?車だって?どうせぽんこつの軽自動車かなんかなんだろ?」
「おねえちゃん、それがね・・・驚かないでね? ぽんこつどころか、ダイハツフェローMAXなのよ」
「え・・・フェロー? フェローってまさか、あの、銀座のこじゃれた奴が乗ってる高級車のフェローかい? フェローって言えばおまえ、角は一流中古車店の赤木屋黒木屋白木屋さんで紅おしろいつけたお姉ちゃんにください頂戴で頼んでも600万はくだらないシロモノだよ?」
「そうなのよ!しかもMAXなの。おねえちゃんのカレンダーで稼いだお金で買えたのよ」
「ふうん。そりゃてーしたもんだな。あ、いいよいいよ、乗せてくれなくっても。そんなセレブ様が乗る車なんてケツがこそばゆくっていけねーや」
「まあ、おねえちゃんったら!」
「はっはっは」
「わっはっはっは」
「やだよーほんとに おっほっほ」
「ところで理沙、今度はずいぶん長い旅だったじゃねーか。いったいどこへ行ってたんだい」
「どこって決まってらーな。ここはお四国、愛媛は松山、瀬戸内海に浮かぶ離れ小島よ。
きたねえ今にも崩れそうな宿に疲れて帰ってくると、こう、味噌の匂いがぷうんとしてさ、番頭さんがとんとんとんっとネギを刻んでる音がしてるんだ。
あたしは横の階段に座ってさ、うちわでパタパタあおぎながら、おーい今日の晩飯はなんだい?って聞くと、フォワグラレーズンバターサンドとオマール海老ソテーのアメリケーヌソース仕立てっていうじゃねーか。
粗末な夕食だが、そういやガキの頃は白いご飯が食べられず、よくそんなものばっかり食ってたなあって懐かしくなっちまってさ。
貧しい食事が終わると番頭が来ておひとついかが?って、ありゃあ松山のどこか小さな酒蔵でつくった安酒のサントノ・デュ・ミリューを持ってくるんだよ。それをくいーって引っ掛けてると、番頭はもう出かけて行くんだ」
「え?そんな夜中に番頭さんどこへいらっしゃるの?」
「知らねーよ。なんだかヤマハのバイクでひとりヒメシャラ休憩所とかに行ってるそうだよ」
「まあ、ずいぶんと変わった番頭さんねえ」
「わざわざ山道を走ってまで休憩所へ行くくらいだったら、最初っから家で休憩してりゃあいいじゃねーかってわたしも言ったんだけどね。でもああみえて、あの番頭もむかしは仲間のおやじさんが持ってたフェローMAXに乗ったことがあるそうだよ」
「あらまあ、元は上流階級のご子息だったのかねえ。人生なにがあるかわからないもんだねえ。」
「ごめんください」
「お?おばちゃん。表で誰か謝ってるぞ?」
「こんな夜中にいったい誰かしらねえ」
「おい。ヒロシ、いいか? フェローMAXは発売当初<40馬力のど根性>って謳い文句で登場したんだ。あのスズキのフロンティアをもってしても・・」
「おねえちゃん!たいへん!今四国からその番頭さんがおねえちゃんを訪ねていらっしゃってるわ!」
「なに? 番頭が? もうこりごりって言ってたのにまた瀬戸大橋渡って来たってーのか」
「理沙さん。昨夜、勇気をもって四国からアクセラで一生を決めるお話をしに参りました。」
「なんだよあらたまって。それに一生って。おおげさなやつだな。結婚するわけでもあるまいし」
「その結婚なんです!一目お会いしたときからずっと忘れられなくて、ついに東京まで追いかけて来てしまいました」
「お、おねえちゃん!」
「り、理沙ちゃん。わたしはこの日が来るのをどんなに・・」
「あ、あの、番頭さん、この理沙ってやつはブラに2枚もパット入れてごまかしてるようなどーしようもねえ女なんですよ?」
「しっ!おまえさんは黙ってなさいよ!」
「ねーねー、パットってなあに?」
「光男!あっち行って遊んでなさい!」
「はあい」
「あ、いや、まあそのなんだ、ハハハ、堅いあいさつはそのへんにしてぱーっと・・おばちゃん、ほら、あの芋の煮っころがしがあったろ。ああいうのをさっとご用意して・・」
「いいえ理沙さん!聞いてください!僕は真剣なんです!」
「へええ・・真剣、なの?」
「はい!真剣です!東京からうちの民宿に泊まりに来てくれたマチエさんのGカップを一目見てからというもの、あの胸が毎日頭から離れないのです!」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「まあ、あれだよ。あんたがそれでいいっていうんならさ、、それで、いいんじゃないの?
人生何があるかわからない。もしかしたら将来そのマチエとかいう娘さんは看護師さんとかになるかもしれないからな。
男がそうと決めたんなら善は急げだ。さっさと行って来い!よし、今すぐ行け!
少年!気持ちをつたえられなきゃそれは愛してないのといっしょだよ?」
「ありがとうございます!やっぱり先に理沙さんに相談してよかった。今からさっそく行ってきます!」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ねーねー、おねえちゃんまたフラれちゃったの?」
「これ!光男!あっち行ってなさい!」
「はあい」
「さくら、そろそろあたしはまた旅に出るよ」
「おねえちゃん待って。駅まで送るわ」
「さくら。こうして歩いてると、この街も随分と変わってしまったなあ」
「おねえちゃん。わたしときどき思うことがあるのよ。ああ、人間ってなんのために生きてるのかしらって」
「さくら。<ああほんとに生きててよかったなあ> って、そんなふうに思えることはねえのかい?」
「それはあるわよ。ヒロシさんと一緖になったときとか。光男が産まれたとき。それからフェローMAXの華々しい納車式とか。ゴールドの大きな鍵をもらって、張り合わされた新聞紙をぱーっとめくったら夢のフェローMAX! あのときの感動は忘れられないわ。」
「人間ってーのは、そういう、ああ生きててよかったなあって、、そんなふうに思える日があるから生きてるんじゃあねえのかい?」
「・・・お、おねえちゃん」
あたしがいたんじゃお嫁に行けぬ
わかっちゃいるんだ 妹よ
いつかおまえが喜ぶような
巨乳の姉貴になりたくて
吸引 乳もみ 甲斐もなく
今日も涙の
今日も肩ヒモずれ落ちる ずれ落ちる
ドブに落ちても根のあるやつは
それでも峠を攻めてゆく
意地を張ってもタイヤは外れ
泣いているんだMAXは
旧さで車が売れるなら
こんな苦労も
ガリバーのみんなにかけまいに かけまいに
なぜ寅さんは、こんなに日本人たちに愛されるのだろう。
たとえばサラリーマンやOLは、いつもの駅のいつもの朝の時間に、ふと反対側のホームの電車に乗ってみたくなることがある。
その逆方向の電車に乗って終点まで行けば、もしかしたらそこには何かとてもすばらしいことが待ってるような気がするのだ。
でもそんなのは小説や映画の中の話で、行ったところできっと何もなく、明日上司に叱られるだけだと、またいつもの電車に乗り込むのだろう。
わたしも寅さんにあこがれ、大阪の商人宿に1人で泊まったことがある。
そのときのことはおもしろおかしく以前ブログに書いたが、じっさいにはおもしろくはなかった。
すりガラスの窓に大阪のネオンがぼんやり映り、真っ暗な畳で1人ポツンといるのは「いったい何をやってるんだ」とそれはそれはわびしかった。
鳥かごの鳥は、かごの中から空を見て自由にあこがれるが、かごのおかげで守られている。
人間は賢いので、さいしょから自らの意思でかごの中に入る。
なのに、矛盾したことに、そのかごの隙間から青空を覗いては今なおあこがれ続ける。
わたしは社会の枠組みの中でだけど、好き勝手に生きてきた。
そのときそのときで、やりたいことをやってきた。
ミュージシャン〜テレビ局〜フリーランスエンジニア〜公務員〜そして今のお仕事。
それから、わたしのブログのseason2.5を読んでた人なら知ってる華やかで悲惨なあの「黒歴史」の時代が公務員のすぐ前にある。
でもそれはみんな孤独なわたしの旅の風景たちであるだけ。
いつも閉まりかかるシャッターにぎりぎりで滑り込んで行っては、また次のシャッターの隙間に飛び込んでくような人生で、いくつものラッキーがあったからだけど、今はなんだか社会の中でうまくいった人のように言われる。でもわたしは本質的には、むかしっから「フーテン」なのだ。
目の前の丘に登っては、その登りつめた丘の上で達成感に浸ることなく、またその次の景色を眺めてるとこがある。
フーテンになろうよ。
失敗をおそれるな。
そして、そもそも君がおそれてる、君の言う、その「失敗」っていったいなんだ?
音痴を笑われるのがこわくて、大人の顔でカラオケマイクを握ろうとしない君。
夢から醒めることがこわくて、誰にも夢を語らない君。
お金がないことを恥じるから、さらにお金のない人を下に見る君。
だからお金のある人にいつもいいように使われてることに気づかない君。
抜かれることがこわくて、「背中を見ておぼえろ」と、じつは後輩に教えたくない君。
いつまでも忘れられない恋をいいわけにして、目の前の愛にまた扉を閉ざす君。
「ごめん」の短いひとことが言えず、ごめんを言わなくて済む長い長い言い訳を考えてる君。
risaSpecへのコメントにはなにかそれなりのこと書かなきゃと、また空回りして送信ボタンを押せなかった君。笑
それは「ちょっとケツの穴が小せえんじゃねえか?」と寅さんの声が聞こえてきそうな気はしないか。
まあ、もっとも。ケツの穴が大きいと素晴らしいのか?っていう疑問はあるけどもさ。
朝のホームで急ぐ人の波にかんたんに突き飛ばされてく肩のような、そんな小さなプライドのために、おまえ、いったい何をやってるんだ。いい歳こいて。
アテもないのにあるよな素振り
「それじゃあ行くぜ」と風の中
止めに来るかと後振り返りゃ
誰も来ないで汽車が来る
男の人生ひとり旅 泣くな 嘆くな
泣くな嘆くな 影法師
影法師
西へ行きましても東へ行きましても。
土地土地のカタギのおあにいさん、おあねえさんにごやっかいになりながら、わたしたちはいつでも胸を張って潔くフーテンの心で行こう。
お見苦しき面体お見知りおかれまして、向後万端ひきたって、ひとつよろしく頼むよ。(理沙)
special thanks to
今回ブログで初めてみん友さんを登場させました。
彼には事前に承諾をとったんですが、「ぜひ変態役で」という本人の強い要望があったにもかかわらず、risaSpecをフるという大役でした。
おつかれさまでした笑 どうもありがとう。