2024年11月05日
大学へ進学したら綺麗なワンルームマンションを親に契約してもらった人って不幸だと思うな。
みんなも生まれた家の思い出はあるだろうけど、わたしには最初に一人暮らしをした、誰も知らない崩れかかった昭和の汚い貧しいアパートの思い出がある。
音楽をやるために大学進学にかこつけて無理やり東京に出てきたから、生活費は家賃も全部自分でアルバイトして払ってた。
実家はわりと裕福な家庭だったけど、父は厳しく、お金は一切くれなかった。
お金が必要なときはちゃんと自分で、何になぜいくら必要なのかをきちんと説明しなければならなかった。
小学校の頃、英会話の教材が欲しくて買ってもらったことがある。
後で母に聞いたが、「あんなもの買ってやってもすぐ飽きるのはわかってる。でもあいつのプレゼンはしっかりしていたから買ったんだ」と言ってたそうだ。
高校生のとき、夕食の食卓で誰も喋らないので「今日アインシュタインの本を読んだよ。相対性理論っておもしろい」と言ったら、父はいきなりホワイトボードに数式を書いて「おまえこれわかるか?」と言った。
首を傾げるわたしに、「フィッツジェラルドの方程式もわからんやつが相対性理論がわかったような顔をするな」と言われ、食卓はまた沈黙。
そんな父だから、一人暮らしを始めてちょっと困ったくらいで「お金ちょうだい」なんてとても言えない。
少しでもバイト料のいいとこを探して、工場とかガソリンスタンドの肉体労働をやった。
工場ではなぜか溶接の工程に回され、部屋に帰ると、ちゃんと作業服着てても飛び散る火花でTシャツには小さな穴がたくさん開いてて、胸にはいつも無数の点のようなやけどがあった。
ガソリンスタンドでは可愛がってもらったけど、帰りが遅くて、もちろんお風呂なんかないので銭湯の時間に間に合わなかったときは、お湯の出ない流し台の水でシャンプーして、濡れたタオルで体を拭いた。
冬に真水で髪の毛を洗うのは激痛が走る。
毎日洗ってもスタンドのオイルでシャンプーの泡は黒く流れた。
花も恥じらう女子大生のわたしの爪の周りはいつもやらされてたオイル交換で黒く、それがとれなかった。
工場もスタンドも、わるい意味で(笑)、男女平等だった。
テレビもない。
隣の部屋はなぜか昼間もカーテンを閉めて一日中いる中年のおじさんで、そのおじさんが壁に耳を当てて女子大生のわたしの部屋を盗聴してるならともかく、壁に耳を当てて隣のテレビの音を聴いてたのはわたしのほうだった。
恋なんか、種類の違う人たちがするものだと思ってた。
友達が合コンへ行ったり、パーティーに行ったりするのに、わたしはクリスマスイブに渋谷の人混みをかき分けてスタジオに走ってた。
大きな瓶に小銭を貯めてて、それをぶちまけて10円玉をかき集め、タバコ屋さんで100円玉に変えてもらい、近所の安い中華料理店でチャーハンを食べるのがたまの贅沢だった。
あの頃わたしは基本一日を300円で過ごした。
普段はお茶とヤマザキの肉まん一個しか口にできなかった。
それでもスタジオ代や楽器にお金は消えていき、ある日とうとう追い詰められた。
その日、わたしはハンバーグランチを食べていた。
最後のお金を使っていた。
もうまともな食事はこの先いったいいつ食べられるのかわからない、と思いながら一人でハンバーグを食べた。なんとかこの先1ヶ月くらいのエネルギーを体に貯める思いだった。
そして、わたしは風俗へ行くことをかなり本気で考えてた。
考えてみたらほとんど男性との経験はなかったのでテクニックもなく、務まらなそうだったので、Sの女王様だったらそういう行為なしでできるんじゃないかと思いつき、そして女王様ならみなぎるような自信もあった。(ちなみに今もある)
ちょうどその翌日、父から電話があった。
仕事で東京に来てるから時間がないけどちょっとどこかで会えないか?というので新宿かどこかの喫茶店で会った。
2年ぶりに会ってもお互い何も喋らなかったけど、不意に父が「おまえお金あんのか?」と訊いてきた。
素直に「ないです!ください!」と言えばいいのに、「ある」と答えた。
「いくらあるんだ」
「ある」
「あるのはわかったけどいくらあるんだ」
「ある!」
父は、「そうか。じゃあこんなもんいらんかもしらんけど」と封筒をテーブルに置いて、これから会議があるからと1人で出て行った。
封筒を開けると中にはわたしの名前の貯金通帳と印鑑が入っていて、開くと100万円が入ってた。
それを見てわたしは「これで生活が立て直せる」とは思わず、「これでヤマザキの肉まんが1万個食べられる!」と思ったくらいおかしくなっていた。
あのお金がなかったら今のわたしはなかった。
今は戸建の家を買って住んでいるけど、夜、遠くの街の明かりを窓から眺め、あのアパートを想い出していた。
わたしはあの場所から、ずいぶん遠くへきた。
寒い青春の日々に、膝を抱えてあの頃のわたしはまだあのアパートにいるような気もする。
今日、秋になってまたスーパーに、あの頃わたしの命を支えてくれたヤマザキの肉まんが出ていたので買ってきたんだ。
あの寒い冬の夜、コンビニ前の暗がりでひとりしゃがんで食べた肉まんの、あの頼りない温もりを、まだわたしの手のひらは覚えていた。
大人になって、今またあの青春をやり直せと言われたらまっぴらだ。
それは青春時代に戻りたいと願う大人に比べてとても幸せなんだと思う。
あの時代を駆け抜けたタフなわたしを、わたしは愛してる。
そしてあそこから長い年月を駆け抜けてたどり着いた今の自分に自信を持ててる。
君はどうだい?
もしも泥水を啜るような青春時代だったなら、あの頃の自分が目指す大人にはなれたかい。
あのときのかっこいい自分を、1人でそっと誉めてあげないか?_
あるいはもし。
そうではなくて、幸せでキラキラとした青春をバカヅラで過ごした人なら。
「ヤマザキの肉まんってうまいよね」なんてヘラヘラと気安くわたしに言わないでほしいんだ。
Posted at 2024/11/05 02:06:05 | |
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