
ほどなくして,A君の元に真紅の「赤いべべ着たべべ号」がやって来た。モナカの上下みたいに塗り分けられ,上半分が真紅で高性能を,下半分が黒で凄みを醸し出していた。これほどツートン・カラーが決まる車体も少なく,人目を引いた。
かくしてA君の戦闘車両は同じ水平対向ながらも,12気筒へと2倍のパワー・アップを果たすことになった。効果は? 2倍以上の予想を遙かに超えるものであった。
高嶺の人跡未踏地に足を踏み入れる,A君の典型的な戦略はこうだ。
まずは昼間に,打ちっ放し練習場に連れて行く。そこで軽く「白百合」に手解きをする。後ろからあくまでもジェントルに,日焼けした逞しい両腕で包み込みながら,「白百合」の両手に手を添え,耳元で優しく囁きながらフォームを直す。種目柄,ごく自然にボディ・タッチができる。
「ナイス・ショット」
「この調子ならすぐに抜かれてしまいそう」
冗談交じりに自尊心をくすぐりながら,褒めることも忘れない。
小麦色に焼けた清々しい笑顔の口元から覗く,整然と並んだまっ白な歯が,陽の光を浴びて眩しすぎるコントラストを生み出している。
この段階で相手は不用意にも,警戒心を無くし始めている。言葉による愛撫はオテント様の下でも,すでに始まっているのだ。
しばしの休憩を取ると,ベンチに腰掛けた「白百合」の前で,
やおら愛用のドライバーのヘッド・カバーを脱がすと,
「僕もちょっと打とうかな」
と席を立つ。
今までの笑顔とはうって変わり,真剣な表情になったA君。それまでの優しい目からは想像もできない,戦闘モードの鋭い目に変わっている。
他の何者をも寄せ付けない,凛とした張りつめた空気が,彼の周囲にバリアーを形作る。
数回の素振りでフォームを確認すると,
「バシッ! バシッ!」
と,周囲のショット音とは全く異なる,短く鋭い衝撃音が,周囲の空気を切り裂く。猛烈な速度で低い弾道を描いた白球は,遙か彼方の一点に,寸分の狂いもなく全球吸い込まれて行く。
他のプレイヤーが打った,山なりに放物線を描く球の軌跡の下側を,A君が打った球は,猛烈な速度で追い越して行く。
「何事が始まったのか?」
衝撃波を肌で感じた周囲の人間が,思わず振り向き注目する。A君が打ち尽くすまでは,他の「カキン,ポコン」といったショット音はしばし鳴りを潜め,無言の緊張感が辺りを支配する。
衆目に混じって,彼を見つめる「白百合」の眼差しは,強い物に憧れる本能から滲み出た艶を帯び,しっとりとしている。やがて酔いしれた恍惚の瞳へと変わってくる。
第一段階完了
ベースキャンプの設営は成功裏に終わった。
一旦「白百合」を自宅に送り届け,シャワーと共に,ディナーに似合うドレスに着替える時間を与える。
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通学快速 | クルマ
Posted at
2007/02/19 19:34:25