
甘い夜を演出するに相応しい装いに身を包んだA君を乗せた「赤いべべ着た号」が,重厚な排気音で静かな邸宅街の空気を震わせながら,あくまでもゆるやかに滑るように,立派な門構えの邸宅に到着する。か細い腕では持ちきれない程の,大きな花束を携えて。
少し背伸びした大人の雰囲気を醸し出したドレスを身に纏い,門の中で耳を澄ませて排気音を待ちかまえていた「白百合」が,はやる心を抑え
「1,2,3・・・10」
とゆっくり数を数えてから,門の中から姿を表す。
A君が差し出した思いがけない贈り物は,さっき別れたばかりなのにまた会えた彼女の喜びをさらに膨らませる。
もちろん好みの花は予め調べてあり,彼女もこれだけの量を一度に手にするのは,生まれて初めてで圧倒される。タイミングを見計らった,不意打ちの,お気に入りの突拍子もない数量というものは,時には絶大な威力を発揮する。「数は力なり」だ。
無数の花弁の花園に顔を埋め,長い上下の睫を合わせて,大きく息を吸い込むと,胸の中は大好きな香りで一杯になる。眉の間にほんの少しだけ皺を寄せながら,目を閉じた彼女の脳内では,赤い馬が「白馬」に,ゼニアの布地で仕立たジャケットを,さりげなく着こなしたA君が「王子」に置き換わってしまった。
「そうだわ。この人なのだわ・・・」
「私が待っていたのは・・・」
昼間の余韻も覚めやらぬ「白百合」は,感動で目を潤ませる。
第二段階完了
赤いドアを開け,A君は彼女の手を取って軽く支えながら,低い助手席に座らせる。
「ちょっと失礼。ベルトを締めるよ」
半ば彼女に覆い被さるようにして,バックルを締めざまに,彼女の耳元でそっと囁く。
「綺麗だね。とっても似合っているよ」
電撃が全身を走り抜け,鳥肌が彼女の体を震わせる。
「王子様に気に入ってもらえた・・・」
夕闇が忍び寄る邸宅街をゆっくりと滑るように抜け,ほどなく高速道のランプウェイを上り始める。
ここで12頭の馬に鞭をくれると,轟音と共に未だ嘗て経験したことのないGが,彼女のなだらかな曲線で縁取られた背中を,黒い革シートにのめり込ませる。
登り切った合流地点では,すでに本線の流れを遙かに超える速度に達している。本線に苦もなく滑り込んだ「赤いべべ着た号」は,なおも加速を続け突き進む。
2人の前途を邪魔するのは,まるでいけないことかのように,前方を行く全ての車は道を明ける。ガードレールの支柱が,溶けたかのように連続した白い帯となって,後方に流れて行く。
6気筒の「バタ・バタ・バタ」ではなく,背中とは薄い隔壁1枚隔てただけのエンジン・ルームから,甲高いギア音と渾然一体となって聞こえる,12気筒の甲高い「クウォーンッ」という泣きが入った咆吼は,脳細胞の1粒1粒を容赦なく震わせる。
「白百合」の理性を奪い取り,完全に思考停止に陥れ,さらに恍惚の世界へと誘う。
「もうどうなってもいい・・・運命の人となら」
第三段階完了
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通学快速 | クルマ
Posted at
2007/02/20 23:37:16