流れ流れて その1
流れ流れて その6 D-Day
流れ流れて その8 勝率 0% (1/4)
「ディーゼルある?」
馴染みのカウンターで尋ねる。
「ない」
別のカウンターに行く。
「ディーゼルある?」
「ない」
「ガソリンのコンパクトは?」
「ない」
始めの内は追い払うための意地悪かと思っていた。変な部分でプライドの高いこの国では,差別的に意地悪をする輩がたまにいる。しかしどうやらマジらしい。
土曜日の夕方,将軍様の名前がついた国際空港でのできごと。
閉店時刻まで,まだ優に8時間近くあるというのに,早々に店仕舞いの支度を始めるカウンターすらある。営業時間は「XX時までいることもある」ぐらいの目安でしかない。近隣国でも同様で,客が減ったり,飽きれば平気でさっさと閉める。
空港ビルのグラス越しに見える,レンタカー専用の巨大駐車場には,Eクラスもチラホラ,その他諸々のコンパクト・カーが多数停まっている。ガラ空きでもなく,一台ぐらいは残ってくれていても良さそうだ。
清水の舞台から飛び降りるつもりで,ハードルを上げ,
「メルセデスでもBMWでもいいから」
「ない」
「SLでも何でも値段はいいから」
「一台もない」
カウンターの梯子をするが,つれない返事ばかりだ。
予約をしていなかったことが悔やまれるが,こんなことは初めてだ。
到着するなりスコスコとキーを受け取り,駐車場へと消えて行く予約客達を羨ましげに眺めながら,最後の望みを託して,一旦は断られたカウンターに再び並ぶ。ここ以外は既に全滅だ。
この日,この国のド田舎から,6時間掛けてバスと電車を乗り継ぎ,連れを迎えにここまでやって来た。パリまで戻ってレンタカー屋巡りをする気力も残っていない。遠方のホテルの部屋は確保したままで,私の荷物も全てそこにある。
配達用のミゼットもどきのマイクロ・カーでも良いから,何とか足は確保しなければならない。
私の番になった。
「他の営業所のも含め,値段はどうでもいいから,何か残っていない?」
カウンターのニーチャンが眉間に皺を寄せ,端末のキーを叩き,台帳をめくる。そして「見つけた!」とばかりに,ニーチャンの顔がパッと明るくなる。
「あった! 1台だけ残っている。スペシャルが!」
「スペシャル」という胡散臭さが若干気に懸かるが,この際,SクラスでもSLでも構わないと腹をくくった。広く空いたオートルートのお大尽ドライブもたまには良いだろう。勿論自腹だ。
「どんな車?」
「スペシャルだ」
要領を得ない返事だ。
「メルセデスかBMWか?」
「違う。ボルボだ」
・・・ボルボの何がスペシャルかは一向に分からない。日本でも近所でウジャウジャ這いずり回っている。
「ボルボのどこがスペシャルだ?」
「だからスペシャルだ。借りる奴はまずいない」
「・・・???」
一向に話が噛み合わない。
まっいいか。借りられるだけでもありがたい。こうなったらトラックでも装甲車でも,陸を走れる物なら何でも来やがれだ。
「それ頼む」
聞けば基本料金も何とか甘んじられる範囲。この社の契約条件と手続きの流れは先刻承知,先手を打ちながら,手続きを早々と済ませ,携帯ナビのバッグを受け取る。
「車から離れる時は必ず持ち歩け」
「分かっちょる」
と応えながら,付属品のチェックと動作確認を済ませる。
必要かつできることは,全てその場で確かめるのが鉄則だ。5分後に
「あのぉ~~」
と戻っても,トンズラされて,もぬけの空は当たり前だ。逃げ足の速さは賞賛に値する。
そして少し離れた駐車場へと向かう。
今回は駐車場で配車係から受け取ってくれとのこと。少々勝手が異なる。
通常ならカウンターで「持ってけドロボー」とばかりに,そっけなくキーを渡されるのみで,広い駐車場をリモコン・キーのボタンを連発しながら,一人で彷徨い車を探し,勝手に乗って行く。
頭を下げて「行ってらっしゃいませ。お気を付けて」なんぞという,日本的なお見送りの儀式は全くない。ある意味「空港からレンタカーで,サッサとお仕事へ」というビジネス・スタイルが定着している証でもある。
連れのスーツケースをガラガラと音を立てながら,辿り着いたプレハブ小屋の前には,別の所から引きずり出して来たばかりの,白く埃にまみれたボルボがあった。元色はシルバーのようで,4シーターのクーペだ。
型は古くはなく,どう見てもありふれた,ただのクーペだ。「スペシャル」という言葉の響きに,多少は身構えていたが,あっけなさに拍子抜けする。
プジョー,VW,アウディー,セアト等に比べれば,確かにレンタカーとしては,この国ではマイナーなブランドで,おまけに2ドア。「スペシャル」と言えなくもないが,それにしても大袈裟な表現すぎる。
そのままでは走り出せない程,フロント・グラスにも埃が積もっている。まずは手持ちのありったけのティッシュをウォシャー液で湿らせ,埃を拭き取ることから始める。西日が眩しく暑い。
そしてざっと車体の傷を確かめておく。この国のレンタカーは新車であれ傷が付いていることが多い。返却時の揉め事を避けたく,走り出す前に,私は傷の撮影を習わしにしているが,幸いその必要もなく,無傷のようだ。
トランクには中蓋がある。さりとてトランクの蓋は,メルセデスのSLのように,電動で高々と開くのではなく,普通に手で開く。
「けったいなトランクやな・・・バイキングの考えることはよ~わからん・・・」
当然ながら毎度の如く、引き渡し時も何の説明もなし、取り説は勿論なし。
先ずはやれやれと,ホッと一息をついて,駐車場内の迷路を通り,空港内の周回路に乗り入れる。
ここの周回路は,毎度ながらピーク時には意地の張り合いで,大人しくしていたら車線変更も困難,いつまでもグルグル回るはめになり,最悪はとんでもない方面の高速道路へと押し出される。ほんの少しの隙間にも,大型バスでさえ強引に鼻先を突っ込んで来るし,モタモタしていると周りからクラクションの嵐を浴びる。時には地元民になった気持ちで,ハッタリをかましながら,「どかんかえ! ワレ~~ッ!」と,ガラ悪く半ば強引に走ることも要求される。
ただし,大型バス・トラックであれ,隙間数センチまでは攻めて来るが,一旦勝負が付くと,最後の最後ではあるが,敗者はあっさりと引き,その後は尾を引かず「ノーサイド」。何事もなかったかのように,あっけらかんとしている。
大和の国とは異なり,執拗な付き纏いや,陰湿な嫌がらせはなく,その点はあっさりとしていて助かる。
何かと異国では予期せぬトラブルに遭遇するが,車の確保,掃除,CDG脱出という三つの障壁をクリアし,先ずはパリを目指す。
ボルボを転がすのも久しぶり,独仏伊との勝手の違いもいささか加わり,パリを抜けるのに神経を使う。とは言え,地図のみの時代に比べれば,天国で,とんでもなくマシではある。
パリの中心地を無事抜け出し,「さぁ,後は単純なルートのみ」と緊張の糸を緩めたその時,早速次の厄介事が訪れた。
「Exit the Motorway」
突然ジェーンの声でナビが高速を降りろと言う。この英国人のオネータン,「Exit」(出ろ)と「Exist」(そのままおれ)の発音が,私には識別し辛く,予期せぬ場所で,咄嗟に言われると悩むが,画面の指示も「出ろ」となっている。
「何で? そんな馬鹿な?」
とは思ったが,分岐の直前で確認する暇もない。反射的に隙間を縫って車線変更をし高速を降りる。
高速の出口は大渋滞だ。あろうことか広い道路を埋め尽くす,数千人の行列に巻き込まれる羽目となってしまった。
落ち着いて調べてみても,ショート・カットでも何でもない。ただのナビのルーティング・ミスだ。
またしてもアホ・ナビにやられた。以前にも真夜中のパリで,墓場,階段,一方通行の行き止まりとか,多彩な技を披露して,散々オチョクッテくれたが,まさか大群衆の中に放り込むまでは予想できなかった。実に芸が細かく改めて見直した。こうなると笑うしかない。
群衆と仲良く進みながら,知能犯の凄腕に苦笑いをした。
・・・つづく
蛇足:
写真にある凱旋門のロータリーは,ラッシュ時には7重の輪になる。また飛行機雲の交錯にも国際交流の盛んさと,航空網の緻密さを感じる。
Posted at 2010/06/18 01:09:59 | |
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