流れ流れて その1
流れ流れて その6 D-Day
流れ流れて その8 勝率 0% (1/4)
前スレ:
流れ流れて その7 スペシャリティー・カー 1/4
牛歩の歩みで群衆から抜け出し,次のインターチェンジに乗り入れた。やっとパリを抜け出し,高速巡航に入った頃、「バシッ!」と大きな音が後方座席の辺りから。ほどなくして、屋根のあたりが「ビキッ!」
「さっきの音聞こえた?」
「うん」
「飛び石でも段差でもないのに。 ポルター・ガイストか!? 飛行機の中から,何か悪いものでも連れて来なかったか?」
・・・と話しながら走っていた。その後も時折思い出したかのように,「ビキッ!」「バシッ!」という,生木を折るかのような音を伴った,原因不明の不気味なラップ現象は続いた。
道路状況自体は快適で,夕暮れの高速道路を地方の小さな町のホテルを目指して走って行く。
1車線の巾はとても広く,路側帯ですら日本の走行車線より更に広い。
勿論ごく一部の短区間や橋を除いて無料。
各車は速度に応じた車線を整然と走っており,トラックは必ず右端の低速車線を走っている。煽りや割り込みも皆無だ。
中央の走行車線の流れは130km程度。左端の追越し車線はほぼ常時空いている。時折すっ飛んで行くのはやはり独車で,とりわけアウディの大型が目立ち,それらとて日本のように追い越し車線に居座ることもない。
日本ではかっ飛びの最右翼であるメルセデス・BMW機甲師団の大半は,意外にもマイペース派で,優雅に流しているのが多かった。
日本ではそれらの大型車種では半ば当たり前の,車間を詰めて煽る
「どかんかえっ! 貧乏人!」
といった威嚇走行は見られず,無益な殺生は好まないようで,ガツガツしていないのに好感を持てる。
借りた車の高速巡航は、外観の優雅さやスポーティさに似合うよう,もっと洗練されたら印象も変るかと思われた。
動作がモッサリで,高速コーナーではユッサユッサと揺れ、感覚的に重心が高く,ターボ・ディーゼルのざらついた感触もあり,高速巡航は独仏車のほうが得意なようだ。
踏めばそれ以上も出るには出るが,私の腕では快適巡航の限界は「ぬえわ」程度だった。
使い勝手でも,2ドアの基準にしても,後席への荷物の出し入れが不便だった。やたら分厚いシート・バックは、ロック・レバーの動きが硬くてぎこちなく、少ししか倒れずに開口スペースが狭かった。
・・・と,価格帯を考慮すればマイナス・イメージで,残念ながら「スペシャル」さを感じ取ることはできなかった。
何とかその日のうちにホテルへ辿り着き、部屋に荷物を運び込み、一段落した後、ナビに翌日の目的地を入力すべく車に舞い戻った。
「何? この繋ぎ目?」
・・・と左右Cピラーの中程に,都合4箇所ある屋根の繋ぎ目が気になった。
「溶接跡にしては溝の巾が広いし・・・」
「継ぎ目なら一箇所で足りる筈なのに,片側二箇所もとは不自然・・・」
そういえば、以前隣国の仕事場にも同型車があり、屋根の繋ぎ目が,妙に気になったのを思い出した。その時,傍にいた原地人の仲間に尋ねたが,「さあ?」という回答しか得られなかった。
・・・で、翌日は長距離移動。高速道路と空いた地方一般道のワインディング。
早速その日も元気いっぱいのお茶目なアホ・カーナビは,真逆の方向に100km以上誘導し,パリに戻そうとしてくれた。幸い途中で悪巧みを看破し,以後,カーナビは参考程度に留めた。ペースが速いので少しの時間のルーティング・ミスでも,とんでもない所まで連れて行ってくれる。
車の方はそう悪くはないけど、相変わらずモッサリした印象。
後席の足下が広いのが仇で,シート・バックのぶ厚さも災いし、走行中に後席の荷物を取るのに往生する。
シートの形状は良く、幸い腰は痛くはならないが,見掛けの高級感とは裏腹に模造革で,ひどく蒸れたのには参った。
「没個性化」もとい「グローバル化」の潮流ゆえ,ボルボの美点である内装についても、残念ながら昔のモデルのほうが,明るく垢抜けた北欧家具的なセンスと高級感があったような気がする。
途中,田舎のスーパー・マーケットでの給油の折にも,ちょっとしたゴタゴタがあった。
リモコン,セントラル・ロックなら,そのまま開いて当然の筈の,給油口のカバーが開かない。
周りの人も巻き込んで,さんざん車内を探した。目立たない所に隠された小さなボタンを,やっとのことで探し当てた。後ろには長蛇の列ができてしまっている。愛嬌を振りまきながら詫びて,「さあ入れるぞ」。
給油ガンが給油口に入らない。油種は間違っていないが,サイズが合わない。
別の給油機に移動し,満タンに。精算しようとするが,今度は機械がクレジット・カードを読んでくれない・・・等々。
救いはこんな時にも,周りのみんなは陽気かつ大らかで親切だったこと。
・・・で、何とか目的を果たして700kmほど走り、深夜ホテルの部屋にまい戻ったら、妙に昨日感じた屋根の繋ぎ目が気になった。
「そう言えば、トランクのヒンジも,やたらアームが複雑で、大げさだったな・・・」
「もしかしたら・・・」
「そうだ!、中蓋はその上のスペースを確保するためにある!」
「そうか! スペシャルと言うのは・・・!」
で、急いで懐中電灯を持って車の所へ。
トランクを開けて覗き込むと、確かにヒンジは前上方に延びている。
「ある筈だ!」
室内を探す。
「あった!」
センター・コンソール手前側の,普段は視線を移さない目立たない位置に,開閉用らしき一対のボタンが。
キーをアクセサリー・オンの位置まで回し、「開け!」と念じながらワクワク・ドキドキ、スイッチを押す。
・・・何も起こらない。
「蓋を先に開けないとな・・・」
・・・と、車を降りて後ろに回り,トランクを開け,車内に戻り静かにドアを閉め再び試す。ちなみに通常はトランク・フードは前ヒンジで開く。
「そーか。鉄板の重い屋根はバッテリーだけでは,きついよな。エンジン掛けてあげないとな。今度こそ開くだろう」
・・・何も起こらない。
「そっか。自動で開けるつもりやったのに、オッチャンが勝手にトランク開けといたら,余計なことしやがってと,そら怒るわな」
「ごめん,ごめん。オッチャンが悪かったな」
トランクを締めて、再び試す。
・・・何も起こらない。
最初のうちは,まるで初デートでもあるかのように,優しく機嫌を取るように接していたが、そのうち、「意地でも開いたる!」モードに切り変わる。
「お高くとまりやがって!」
「キザったらしくフランス語で,イッチョマエに警告メッセージなんぞ表示しやがって!」
「高い金、払とんじゃ。オドレ、生娘でもあるまいに!」
「はよ開かんかえ、ワレ!」
悪し様にののしりながら,色々なシーケンスを試す。
興奮すると,東映の「仁義なき戦い」や「極妻」の登場人物が憑依する。大人しく言うことを聞かない相手には,狼である本性をさらけ出し,出自の卑しさを露呈してしまう。
順列組み合わせもとうとう尽き果てた。
最後には,シート・バックを後ろに倒し,寝ころんで両足を高く上げ,足の裏を天井に当てる姿勢になる。
「そっちがその気やったら,こっちにも用意があんで」
「オッチャンはやる時はやるでぇ~~!」
力技で鉄板をぶち抜く態勢を取る。
両足に力を込めようとしたその時,狼の中に残っていた,ほんの小さな理性の欠片が息を吹き返し,力を抜いた。
強制執行寸前に,「ハァハァ」と肩で大きく息をしながら,オッチャンは思い留まった。
つづく