「スバリスト」とは何なのか。
これは私の考える「スバリスト」の話です。
うちはレガシィ登場より古いスバル車を複数所有しています。
だから、きっと「スバリスト」に見えているでしょう。
そして私自身も、レガシィよりも古いスバル車を現在も所有している人は、たぶん全員スバリストだろうと思っています。
現在の話です。
20年前なら、別にそうとは限らなかったと思います。
単に家族等の車を引き継いで、または付き合いで当時のスバル車を購入し、特に意識せずに乗っているという方もまだ多かったでしょうから。
こういう方は、私の考えるスバリストではない。
言うなら「血のスバリスト」でしょう。
この30年で、おそらくほぼ絶滅したのではないかと思っています。
だからここでいうスバリストは、
「霊(精神)のスバリスト」
のことです。
血脈(民族的イスラエル人)ではなく、
「信仰心」
でスバル車とのつながりを持っている(精神的イスラエル人)ということです。
ではその「信仰心」にあたるものはなにかということになります。
私はそれを、
スバルの、時に意固地にも捉えられる『こだわり』を受け入れる気持ち
であると思っています。
私がうちのサンバーから最も強くその
「こだわり」
を感じる部分は、リアエンジンレイアウトや独立懸架の足回りではなく、
「シフトレバー」
です。
誤操作防止のため、バックにギアを入れる時はシフトレバーを地面側に押し込んだ上で操作しないとギアが入りません。
いきなりスムーズに操作出来る人は、まずいないでしょう。
初めて操作する際は、ちょっとした恐怖感がありました。
ただその「こだわり」の意図を理解すると、これ以外の操作は考えられないとまで思うようになりました。
その他では、この年代のスバル車ではよくあったようですが、
眠気防止で温風が正面送風口からは出ない。
寒い日の早朝等はかなり不便ですが、これもこだわりを強く感じる部分でした。
長距離を走っていると、シフトレバーにのせた左手に吹き付ける外気の風が、眠気を飛ばしてくれる。
すると、
「これでいい! いやこうでなくては!」
と思えてきます。
当時でも、特に都市部ではもはや考えにくかったであろう路面状況に備えて、
幅広い車種でアプローチアングル・デパーチャーアングルを確保していた。
この点も、こだわりを強く感じるところです。
この3点は、水平対向エンジンや、リアエンジンレイアウト、独立懸架の足回りなどと違って、変えようと思えばわりとすぐに出来たことでしょう。
なおさら「こだわり」でやっていたのだろうと思います。
こういった、偏屈だとも感じられるスバルの「こだわり」、それを理解し受け入れている人。
それが私の考える「スバリスト」であり、レガシィ登場よりも古いスバル車に今も乗っている人は、おそらくもう皆そういう人ではなかろうかと思うのです。
ではレガシィ以降の、世間の基準に自分をより合わせるようになったスバル車に乗っている人はスバリストではないのかと。
社会・環境の変化にもかかわらず、今も「水平対向エンジン」を受け入れ、それを楽しみ満足していれば、完全にスバリストだと私は思います。
では、スバルのバッチが付いた他社製の車をスバル系のディラー等で購入し、あえて選んで乗っている場合はどうなのか。
あえて、なのならば、まさにこれからの
「新しい世代の霊(精神)のスバリスト」
であると私は思います。
より精神性の強い、そして自分を持った勇敢な先駆者だと感じます。
メーカーの境目が年々曖昧になる中で、
「これからのスバリスト」
の主流になっていくのではないでしょうか。
これは全く悲観的な話ではありません。
それらの車はきっとよく出来ています。
故障はより少なく、内装はきしまず、社会への攻撃性は低く、外観には明確な個性が与えられていることでしょう。
そしてまた、一生掛けても楽しみきれない数の旧車たちもこの世界にはいて、私たちを待っているのですから。
もちろんこれは全て私の中での話です。
Posted at 2020/06/27 00:45:51 |
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SUBARU XT-6 | 日記