私にとっての車、私の愛車とは、物質的な部分よりも、
「パターン(原型)こそが、この車であり、私の愛車なのだ」
というのが前回の内容でした。
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またこれはユーザー側にとっての話であり、作る側からすると
「その車のコンセプト、その車にかける思い」
が、その車になると思います。
カローラの作り手にとっては、カローラは鉄とゴムで出来た物体ではなく、ましてや一部の評論家が言うようなダメな日本車の象徴でもなく、
「究極の、日本人のための、ベーシックセダン」
でしょう。
ちなみに私にとってはカローラは、
「急に運転することになっても、いつも本当に乗りやすい助かる車」
乗りやすさと安心感がカローラ
です。
この部分はまた後ほど掘り返します。
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では自分とは、あなたとは何でしょうか。
例えば、ここ、みんカラにおいては、
『 あなたが書いていることが、私にとってのあなた 』
です。
フェイスブックとかだと、実生活での交流やプロフィール写真の影響なども多少入ってきますが、みんカラだと私の場合は基本的にそうなります。
『 書いていること 』
そして、
『 「イイね!」の内容 』
『 その頻度 』
から、
「愚痴りたいだけでどうしたいかは無い人なんだ・・・・同情するのもされるのも好きなんだ・・・かなり周囲に気を遣うタイプの性格だな・・・」
と、私にとってのあなたが作られていくのです。
どんな顔をしているのか、どんな体格なのか、ほとんど意味を持ちません。
「あなたが書いていること(反応していること)そのパターンがあなた」
です。
ではこれが、毎日顔を合わせる会社の同じ部署の人間になってくるとどうなるでしょうか?
そうです。
意外にここでも相手がどんな顔をしているか、どんな体型か、つまり物質的な肉体はそんなに意味を持ちません。
『 こういう行動をする(しやがる)、そのパターン 』
これが上司・部下・同僚から見たあなたであり、あなたから見た上司・部下・同僚ではないでしょうか?
結婚していない若い人は意外に感じるかもしれませんが、夫婦の間においてもそんなもので、物質的なみてくれはそれほど意味を持ちません。
去年の同じ時期と比べて伴侶が太ったか痩せたか、髪型の変遷、昨日何を着ていたか、化粧をしていたか・・・。
みんカラユーザーでちゃんと把握している人は、きっと極少数なことでしょう。
『 見てくれ 物質的な肉体、外見 』
というのは、実は
「中間距離の一部の対象層、リアルで浅い接点がある人」
にしか、たいした影響は与えないのです。
書いていること、そしてやっていること、そのパターンがあなたであり・・・・
その根底にあるのは
「思考、考え、意識」
です。
これがあなたの本質なのです。
あなたは、思考、考え、意識、なのです。
そして物質的な肉体、みてくれについてさえも、ここからほぼ作られているのです。
Posted at 2015/07/13 22:49:24 |
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