今日の内容は、いつもとは趣向が異なることを予め伝えておく。
今日は、8月15日。
終戦記念日だ。
日本人であるならば、少なくともこの日は今一度平和について考えるのが当然だろう。
勿論、独りよがりな発想や考えだけでなく、日本を取り巻く周辺国の状況や、そういった環境・状況をも含めて。
先日、靖國神社を初めて訪れた。
普段、靖国通りを含め、この近辺を車で通ることは度々あるのだが、ここに足を踏み入れるのは、実は初めてだった。
前から来てみたいと思っていた靖國神社を、初訪問。
境内に足を踏み入れた瞬間から、それまでとは違った厳かで静粛な空気が辺りを包んでいると気付くのに、時間はかからなかった。
立派にそびえ立つ鳥居も、生い茂る木々も草花も、とてもよく手入れされている。
これらがずっと昔からそこにあることは、すぐ分かった。
同時に、大切に、大切に守られてきたことも、すぐに理解できた。
訪れた時間が夕刻だったため、
残念ながら遊就館は閉まっており、中に入ることはできなかった。
だが、境内をあちらこちらと歩きながら石碑や碑文などに目を留める度に、そして境内の空気を吸う度に、日本のために文字通り「命を懸けて」戦い、散っていった方々の息づかい、御霊に触れることができたような気がしてならなかった。
「靖國で会おう」
「日本万歳」
「友よ、さらば」
「母さん、さようなら」
自由にモノ言えぬ時代にあって、表向きは喜び勇んで出征した、僕と大差ない年齢の人々、あるいは二十歳そこそこのような年端もいかない当時の若者たちが、内心はどんな気持ちだったのか。
一体どんな思いで、戦火に散っていったのか。
そんな人たちの思いが詰まった場所、思いが宿る場所。
それがここ、靖國神社だ。
その思いには、A級戦犯もB級戦犯もないだろう。
もとより、靖國参拝を決行しようとする日本の要人に、外部の無関係な人間が注文を付けるなど、内政干渉も甚だしい。
ここを歩きながら、あれこれと思いを巡らせるだけで、僕は胸がつまる思いだった。
境内をゆっくり歩きながら見て回り、靖國を後にする頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていたことからも、かなりの時間をそこで過ごしたことを物語っていた。
ここを必ず再訪しよう。そう心に誓った。
考えてみれば、自分が今この瞬間、こうしてみんカラを更新できているのも、そして普段から車遊びに興じていられるのも、平和であるからに他ならない。
もっと言うならば、僕も日本人として生を受け、日本人としてのアイデンティティを保持し、日本人であることに誇りを抱き、何不自由なく日々を暮らしていられるわけだが、それができるのは、七十余年前に生きていた方々が、この日本を亡くすまいと、必死に戦い、必死に守ろうとしてくれたからだ。
彼らの後に生きている僕らのような世代は、そんな日本の平和がいつまでも持続するよう、努める責務があると考えている。
そしてそのために必要なこと。
それは、戦争反対とか、憲法九条を守ろうとか、そんな綺麗事だけを安っぽく声高に、そして闇雲に叫ぶことではない。
現実に即し、平和な日本であり続けるためには何をすべきなのかということを、具体的かつ建設的に考え、議論し、策を講じていくことだと思っている。
日本の周辺は、きな臭い連中ばかりだ。
だからこそ、日本は強くあるべきだし、そうすることが、先の大戦で甚大なる犠牲を被った二の舞になることを防ぐための手段だ。僕は、そう考えている。
―平和な日本であり続けるために、あらゆることを考え、策を講じ、努力し続ける―
そうした姿勢が日本人には必要なのではないか。
靖國を初めて訪れた帰り道、僕はそんなことを考えていた。
Posted at 2018/08/15 20:39:23 | |
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