さて、またまた『魂の駆動体』略して『タマクド』の感想文。こんな記事を数日にかけてダラダラと続けていても仕方がないので、最終回です。

オリジナルのクルマの設計図を完成させたジジイの身にいったい何が起きたのか!? それは、設計図をプロッターで描き出している最中に起きました。
<引用>
P208,L.17
ペンの動く音が遠くなり、図面の線は、もつれた糸のように形を崩した。(略)ふわりとした浮遊感。ふと、これが死につつあるということかという思いが頭をかすめたが、なんの衝撃もない。恐怖も、なにも。ただ世界が、自分が、消えていく感覚だけだった……
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おい、死ぬなジジイ!! ああ、この後どうなってしまうのでしょうか。第1章はここで幕を閉じ、第2章「未来」が始まるのですが、ここで急激な場面転換が起こるので読者は度肝を抜かれることでしょう。うっかり、「さてジジイはどうなったのか」と思いながらページを繰ると、第2章は次のように始まります。
<引用>
P.213,L.1
翼人のキリアは変身装置に入る前に、なんども警告された。
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でえい!! いったい何が起きたというのだ!! 作者、狂ったか!? もしくは印刷屋が間違って別の小説を挟んじゃったのか!? さてはイルミナティの陰謀か!? などと
アタマがコングロマリットです。この短いセンテンスで疑問が何個も生まれます。「翼人」ってなんだ、「キリア」って誰だ、「変身装置」って、そもそもだからお前はなんなのだ?
そういった疑問を無理やり置いておいて、とりあえず読み進めていくと、どうやら「翼人」とは遠い遠い未来の地球における支配者で、人間はもうすでに「HIタンク」に入ることで滅びてしまった後らしいです。ちなみに「HIタンク」は化石になって発掘作業中です。そりゃ、管理者もタンクの中に入っちゃったらそうなるわな。もう、人間ってつくづくアホかと…。
キリアというのは翼人の中でも考古学の研究者で、遠い昔に滅びた「人間」について研究しているそうな。で、その研究の一環として、自らを実験台に「変身装置」に入って「人間」として生活してみよう、というのがこれ以降の流れになります。つまり、第2章は前にも述べましたが、
本当に全く違う小説が始まります。なので、ワタクシのように「クルマの話」にいちいち食いついて「このジジイはいいことを言う、ナイスジジイ!」などと言っていた読者は、これ以降若干ツラくなります。なんたって急にトリ人間ですから。ただ、だんだん「人間型トリ人間」が「人間らしさ」を獲得していくプロセスに、「クルマ」が重要な役割を果たすのです。
ポイントを言うのであれば308ページ。ここで三人称視点の中心軸がトリ人間キリアから別の「人物」へと移ります。そして、そいつが結果的にトリ人間の世界で「クルマ」を再現しようとするのですが、あまり書くと深刻なネタバレになるので割愛。
ただ、どうしても書きたい部分は、どうにかこうにかしてエンジンを作り上げた時のシーンです。パーツの切り出しや組み立ては、基本的に翼人の技術者たちがやっているのですが、完成したエンジンが動かない、との話を聞いた例の「人物」による、「始動の模様」がワタクシのハートをつかみました。長くなりますが、以下引用。
<引用>
P.416,L.13
「エンジンが冷えているとき、気温が低いときは、チョークを引いて、濃い燃料でないと着火しない…(略)…それが、いつもそうやれば必ず着火するとは限らないんだ。条件によって始動方法を変えないといけない。とても微妙なものなんだ。(略)」
チョークを引いて、スタータをオン。始動しない。チョークを引く量をいろいろ変えて試してみるが、着火する気配がない。スロットルを軽く開けてやってみても、同じだ。
もう一度、念を入れて生ガスを排気する。プラグが湿ったかもしれない。
今度はチョークを完全に戻し、スロットルを全開にして、スタータを回す。すると、ブルン、バババ、と断続的に着火の気配。そのままスタータモータを回し続ける。エンジンがバウンと完全に回りだした。スタータモータを切る。始動に成功する。フルスロットルなので最高回転をいきなり超えそうになり、あわててスロットルをアイドル状態に戻すと、エンストする。
すかさずスロットルを少しあおるようにして再始動。始動する。スロットルを開けるとエンストしそうになるのでチョークを半分ほど引いてみる。すると回転を保ち、高めの回転数でアイドリングする。そのままにしていると回転数が上がっていく。チョークを戻して回転を下げる。また上がりはじめるのをチョークを戻しつつ、一定回転を保つようにする。完全に戻した後、スロットルを開けると、比例して回転が上がる。エンストはしない。
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これは、ワタクシがハイマー号のエンジンを初めてかけた時と全く同じ手順ではありませんか!! あの時の感動は筆舌に尽くしがたいものでした。それはさておき、ここまでエンジンをかける描写に力を入れた作品が、ほかにあるでしょうか。このシーンを読むだけで、作者のエンスーぶりが伝わります。
さて前回、前々回、そして今回とやってまいりました『魂の駆動体』のブックレビューは、作品中の「自動車観」に関して共感した部分をピックアップすることが趣旨でしたので、この辺で終了いたします。要するに私の代弁をしてくれた(ここで深刻な誤変換が発生しました)部分をまとめたわけです。
ストーリー的にもかなり面白いもので、「こんなにも便利になった世の中で、どうして満たされないのか。I Can't Get No Satisfactionじゃあ」といった疑問に鋭い答えを投げかけるものです。自分にとって、本当にやりたい事、魂を鼓舞させるものを知っている人は、本当に幸せなんだと思います。
これはすべてのエンスーに捧げる本です。クルマ好き、若しくはジジイ好きの方は、ぜひ一度この本を手に取ってみてくださいな。
Posted at 2017/06/17 00:56:18 | |
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