お久しぶりです。
ポンコツ車で走っていて突如火達磨と化し私が死んでいたことを望んでいた方々にとって、あまりいい知らせではありませんが、まだ生きてます。
さて、実は 7月の末からワタクシは、車検のためにハイマー号と長いお別れをしています。いくらなんでも長すぎだろう、とお思いの方もおられるでしょうが、それにはちゃんとした理由があるのです。
まず、私がハイマー君と出会ってから初めての車検である点、そして出会った時のハイマー君が最悪のコンディションであり、何とか能力の範囲内で治しつつ乗ってきた点、さらに車検を旧車専門店に依頼した点、の3点が挙げられるのですが、やはり専門店だけあってかなりの混雑。しかもかなり本格的な工場でありますからして、早いうちから預けておかねば手が回らんという状況です。さらに先行して1台フルレストアの依頼が入っているということで、このような長期間のお預けとなっています。
そして問題が一つ。その工場が横浜のほうにあるということ。我が家は板橋なのでハイマー号にとってはロングランとなる予定、でした。
さて、今回はその珍道中の記録をお届けいたしますが、いやー、それにしても…
ロードサービスってすごいんですねぇ。
のっけから突っ込み所満載の結果めいたことを書いてしまいましたが、つまりはそういうことです。まあ、小説でもあるでしょう。プロローグで主人公が自殺をするシーンがあり、本編ではそこに至る道筋を追っていく、というスタイル。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」なんか、おそらく出版当時は「衝撃的なラスト」としてあの結末を用意したのでしょうが、文庫版のあらすじにはそのラストシーンが書かれちゃってるという…本筋に入りましょう。
今回は、例によって空いている道を一定速度で安全に走りたい、ということで7月29日の午前2時に出発。到着は午前5時ごろ。入庫指定時刻が午前10時半だったので、それまでどこかで仮眠をとる予定でした。ルートは飽くまでも下道で、環八から246号へ、というものを選択。眠りにつく街並みをハイマー君は快調に走っておりました。
最初の異変は砧公園を過ぎたあたりの交差点。午前3時過ぎ。私は前方のトラックに遮られていた視界の先に赤信号を発見しました。後続車は無し。停止線までは間があったので、ダブルクラッチでトップからセカンドにシフトダウンし、若干の急制動。停止線からややはみ出る形で停車。トラックは信号無視で夜闇に溶けていきました。
一息ついたところでふと気づくと。ヘッドライトが消えていることに気づきました。そこで脇道に入って車を停め、ヒューズを確認するとキレイに切れておりました。予備のヒューズに交換して、ついでだからとドライバー交代。普段勝手にハイマー号を乗り回しているオヤジがステアリングを握ることに。
思えばこれがイカンかった。もう一度言いますが、私は飽くまで「下道派」で、「砧公園を過ぎたあたり」で交代したんです。
さて、運転席についたオヤジはといえば、若いころミニを乗り回しており、碓氷峠でマフラーを落っことしてきたという武勇伝の持ち主。「母さん、僕のあのマフラーどうしたでせうね…」。だからして、マニュアルのキャブ車に乗ると図に乗る調子に乗る。そこまではよかったのですが、第三京浜にも乗った。
いや、乗ろうとした。料金所に向かうループで前方の軽自動車をアウトからやや強引に抜き去ろうとして――のちの供述によると「ストレートでの加速に備えて」――、中吹かしを入れてギアを落とし…。その刹那。後部からパァンと嫌な音。バックファイアーか? と同時にヘッドライトが消灯。またヒューズだ。多摩川の中央あたりで車を左に寄せて退避。三角停止版(持っててよかったぁ)を立てて車を診ることに。
まずマフラー。見れば一目瞭然。中央に直径2センチ半ほどの大穴。鉄板が外側にまくれ上がっておりました。そしてヒューズ。こちらも何かのタイミングで過電流が流れたのか、プッツリ。懐中電灯を手にグローブボックスを探ったところ、奇跡的にもまだ使えるヒューズが1本だけ残っておりました。
「よし、これで少なくともエンジンはかかる」
「エンジンがかかったら、俺結婚するんだ」
などと言いながら、ヒューズをセット。
瞬間、掌の上で小爆発。暗闇の車中に目を焼く閃光。切れるヒューズ。
…終わった。
「何、今の」
「ヒューズ切れた」
「コレ、今変えたやつ?」
「今変えたやつ」
「で、切れた?」
「切れた」
「終わったな」
「終わった」
シャレにならん。たとえ「シャレでーす」と言った所でシャレにならん。午前 3 時半。第三京浜の料金所手前で呆然とするアホ二人の図ここにあり。
仕方がないので保険屋さんのロードサービスに電話することに。万が一のために持ってきた携帯電話が、まさか役立つとは思わなかったとです。不幸にもこの面倒くさい顧客の電話を受けてしまったのは、新庄さん(仮名)というお姉さま(ヨイショ)でした。
私がオロオロしながら登録番号とナンバーを伝え、現在の状況を説明しておると突然ハイマー君が、バイーンという雄たけびをあげました。どうやら私が電話をしている間になんやかんやして――のちの供述によれば、その辺で偶然拾ったアルミホイルをヒューズに巻きつけて、直結で繋いで――エンジン始動に成功したらしい。この爆音は電話口の新庄さん(仮)にも聞こえていたらしく、「どうなさいました?」と心配そうな声音。
「いや、どうもツレがなんやかんやでエンジン掛けに成功したようです。とりあえず安全な場所まで動かすので、そちらに着いたらまた連絡します」
「では、なるべく無理をなさらず、安全運転でお願いしますね」
といったような会話をして電話を切った途端にエンジン停止。
「…停まったな」
「うん、最悪のタイミングで停まった」
「もう無理そうかね?」
親父、ヒューズボックスに手を伸ばし――そして短い悲鳴を上げて飛び上がる。どうやらアルミホイルが異常に熱を持っていたらしい。っていうかヒトのクルマに何しとんねん。
うわー手がコゲたー、と騒ぐ親父を無視して、保険屋さんに電話。
「しんじょおさーん、ダメでしたあ」
とアホの典型を演じてロードサービスを待つことに。
ハイウェイパトロールにはもうすでに連絡がしてあったそうで、20分ほどで到着。赤色灯を回した彼らの車はなんだか、身の程知らずを連れ去りに来た黄色い救急車のように見えました。
パトロール隊員の話によると、実は別件の事案に向かっている途中だったそうな。ただ、そんなに急いでいる様子はないので何か、と思っていたら、東京方面から千鳥足のオッサンがヘロヘロと歩いて向かってきました。で、我々から150メートルほどの地点で座り込むと、煙草をくわえ、火をつける前に力尽き、口からハイライトがパタッと…これじゃあジーパン刑事だな。とにかくそこに座り込んで動かなくなったので、隊員の一人がそちらに走っていき、連れて来るのが不可能と判断したのかまた走って戻り、車バックさせてオッサンの所まで戻っていきました。お仕事、ご苦労様です。
ロードサービスが到着したのが午前4時半。実は電話でちゃっかり目的の修理工場まで運んでもらえるように頼んでおいたので、そこから最寄りの駅(武蔵新城)まで送ってもらって、車だけ向こうに持っていく、という段取りとなりました。ただ、運送業者さんも依頼が立て込んでいて、目的地への引き渡しは午後になる、とのこと。
午前5時前に武蔵新城に到着した我々は、思い悩んだ。今から電車を使ってしまうと、工場が開くのが10時だから早すぎる。ならば、暇つぶしにここから歩いて向かえばいいのではないか。うん、そーだ、それがいい。そうしましょう。
これが間違いの元でした。もともと土地勘がないうえに、地図なぞ持ち合わせていない。というよりも、持ってきた地図は車に忘れてきてしまった。そこで、駅前の周辺地図で通りを確認し、その地図の外側の大部分は勘で行くことにしました。ナーニ、ここからだったら大体南西に向かえば着く筈。西から上ったお日様が東に沈むのが間違いだから、太陽を背にしてやや左を目指せば着くのだ。これでいいのだ。
…4時間かかった。
朝9時にして2万歩以上も歩いていた我々はヘロヘロに疲れていました。工場近くのショッピングモールのベンチに腰かけて小休止。10時になったらお店に行って事情を説明せねば。ただ、思い出すのは車検の申し込みで電話を掛けた時の言葉。
「暑いですから、あまり無理をせず、なるべく下道を使って来て下さい」
さてどうしましょう。事実をありのままに伝えたら「あれほど言っておいたのに、やりやがったな」と思われてしまう。そこで我々の明晰たる頭脳を集合し、許してもらえそうなストーリーを練り上げることに。
「えっ、あれって第三京浜だったんですか? 気づかなかったなあ」
――ありえん、却下。
「いやー、調子が悪くなったんで脇道に入ろうと左折したら、偶然そこが第三京浜の入り口で…」
――アホか。
「行けると思ったんですがねえ」
――それがいかんのだ。
「…シャレでーす」
――シャレにならん。
結局、素直にゴメンナサイする。という最も道徳的な答えを導き出したのが 9時40分。工場に向かいます。
果たして、許してもらえるだろうか? 許してもらえないとしたらどんな罰があるのだろうか? バケツ持って廊下に立たされるのか? ビクビクしながら工場の事務所に入ると何やら電話中。暫くして受話器を置くと、開口一番
「ええ、只今ロードサービスのほうから事情をお聞きしました」
「ううっ、申し訳ございません」
結局車のほうは午後2時半ごろ到着するということで、それまで暇をつぶして、また工場に戻り、待つこと数十分(結構待った)。運搬車に乗せられたハイマー号が到着。言い知れぬデジャヴを覚える。なんだかこんな事ばかりしてる気がしてきた。
そんなこんなで初めての車検はこんな感じの前半戦でした。車検が終わったときはもうちょっと調子が良くなっている筈なので、きっと無事に帰れるでしょう。…ね。
元気になったハイマー君の様子をお伝えできる事を祈っております。