今日も涼しい一日です。
先程、花屋さんに行ってお墓参り用の花束を買ってきました。
男が花屋に行くシチュエーション、本当なら女性に送る赤いバラの花束でも買ってイタ車の助手席(シートは真っ赤な革か茶色の革シートがいいですねぇ)にポーンと放り込むように置き、その女性を待合せ場所に迎えに行く・・・と行きたいところですが、私には縁がないようです(笑)
チーン(涙)
いかん、あり得ない妄想をしてしまった(^^;)
さて、昨日は「ヘッドライト」の話をしたので今日は「テールランプ」(とそれに関する物)の話を。
テールランプは「尾灯」と言いますがそのように呼ぶ人は殆どいないでしょう。
(まぁ警察関係者の方や車検場の方は別として)
テールランプもヘッドライト同様に車のパーツの中では重要なパーツの1つです。
ブレーキを踏めば光って後続車に減速・停止することを認知させますし、ヘッドランプを点灯すればテールランプも点灯して自車の存在を知らせる。
これが無ければ追突事故が増すことは確実なパーツ。
ではその歴史を車の歴史と併せながら。
「世界初の自動車」として有名な「ジョゼフ・キュニョー」の蒸気自動車。
18世紀のフランスで誕生した「自動車」ですが当然「テールランプ」はありません(笑)
そりゃそうですよね、まだ「わけの分からない物」で「機関を使って走る」事に意義があった訳ですから。
ジョゼフ・キュニョー「蒸気自動車」
因みに、このキュニョーの蒸気自動車が「世界初の交通事故を起こした車」と言われています。
写真を見て頂ければ分かりますが、車両前方にエンジンとも言える「ボイラー」があります。
当然パワステ機構なんて物があるわけも無く、そのステアリング機構も前車輪から水平に伸びた横棒に二箇所の支点があり、それをステアリング(のような物)で操るという仕組みだったそうですが、いざ発進!となって走り出したはいいものの、ステアリングを切っても曲がらずそのまま城壁に激突。
というのも車両前方に「ボイラー」という重量物があるにも関わらず、ステアリング機構がその通り簡素なものだったのでハンドルを切ろうにも「重くて切れなかった」そうです。
最高速度は時速3.5キロ~4キロという世界だったので大事には至らなかったようですが(笑)
キュニョー車「世界初の交通事故の瞬間!」

なんか不謹慎ですが・・・
ドリフのコントみたいになってます(^^;)
必至にステアリング(らしきもの)を回そうとしている人、止めようと引っ張る人々・・・
最後にいかりやさんが「ダメだ、こりゃ」→総員ズッコケみたいな(笑)
早くも話が脱線してます(汗)
月日が経ち、ニクラウス・オットーが内燃機関(所謂オットー機関・オットーサイクル)を開発し、さらにそれをゴッドリープ・ダイムラーが改良、また同時期にカール・ベンツもそれを改良し「ガソリン車」が走る時代が来ます。
カール・ベンツ作「パテント・ワーゲン」(1886年)

当然のように「テールランプ」はありませんね。
1910年代
「キャディラック モデル30」

1910年代に入っても「テールランプ」はまだ付いていません。
1920年代
「ダイムラー タイプ45」

1920年発表のこの車に「テールランプらしき物」が付いています。
同じく1920年代の車「デュセンバーグ モデルJ」

こちらにもそれらしき物が付いていますね。
それにしてもこの車、ハンドル位置が分からなければどっちが前で後ろなのか分からないデザイン(笑)
正確な情報が得られませんでしたが「テールランプ」が搭載されだしたのは恐らく1910年代後半から1920年の間と推測されます。
言い換えれば「追突事故」が顕在化したのもこの時代あたりからと思われ、それを回避する謂わば「予防安全装備」の1つとして「テールランプ」が搭載されたのだと考えるのが自然でしょう。
これらの事を鑑みますと1930年代には、殆どの車にテールランプは付いたと思われます。
1930年代
「マイバッハ ツェッペリン」

独立型テールランプが有ることが分かります。
では我が国の自動車はどうだったのでしょう。
国産自動車第一号と言われる「山羽式蒸気自動車」
テール部分は写っていませんが、フレームの上に箱を載せただけのように見えます。
恐らくテールランプは無かったでしょう。
そして機関が「キュニョー」と同じ蒸気機関。
この車は人を沢山乗せて移動できる「乗合自動車」として開発したそうです。
謂わば「バス」の原型ですね。
これが開発されたのが1904年。
カール・ベンツのパテント・ワーゲンに遅れること20年で我が国でも「自動車」は産声をあげたことになります。
これを開発した人物「山羽虎夫」は岡山で電機工場を営んでいた方だったそうです。
現在の「ヤマハ発動機」と関係ある人物かと思いましたが、そうでは無いようです。
(ヤマハ発動機の一族は「山葉」性)
そして「日本初の本格自動車生産車」(トヨタWebより)となった車。
白楊社「オートモ号」(1925年)

おぉ!テールランプ「らしきもの」が付いています。
もしかするとテールランプでは無く「反射板」かもしれませんが欧米と同じ1920年代に生産された我が国初の本格生産車に付いているというのは驚きです。
国産自動車1930年代は「ドラマ・LEADERS」でも登場したこの車。
トヨダAA型(1936年)

ちゃんとテールランプが付いています。
話を世界に戻しましょう。
この後の世界は第二次大戦が勃発し、自動車どころではなくなります。
しかし「自動車先進国」であったドイツとアメリカは自動車開発・生産を続けます。
まずは余りにも有名な車。
アドルフ・ヒトラーの「国民車構想」計画から誕生した・・・
「フォルクスワーゲン ビートル」(1938年)
ちゃんと付いていますね。
この時代、ドイツは既にアウトバーン建設を進めており、「第三帝国」が欧州を制覇し、その全土にアウトバーン網を敷き、そのアウトバーン上を「戦勝国・ドイツ」が誇る国民車「フォルクスワーゲン ビートル」が走ることをヒトラーは夢想していたのでしょう。
もう一つの「自動車先進国」アメリカはどうだったのでしょうか。

アメリカ陸軍の集荷場のようですが、数多く並ぶ乗用車とその前に止まる多くのトラック。
この写真を見ると「本当に戦時下の国だったのか?」と思わされます。
さすがは物量に物を言わせる大国、アメリカ。
少し見難い写真ですが当時のアメリカ車にもテールランプはもう当たり前の物になっていますね。
ここまでのテールランプの歴史を見ますと「おまけ程度」に付いていると言ってもいい位、小さい存在感のテールランプ。
その存在感を一気に高めたのが1950年代、特にアメリカ車においてでしょう。
「フォード・フェアレーン500 スカイライナー」(1957年)

それまで「豆粒」のようだったテールランプが丸形状となり、その存在感が顕著になっています。
「キャデラック ドゥ・ビル クーペ」(1959年)

テールランプのそれもですが、所謂「フィン・テール」全盛期となり、リアの存在感がすごい事になっちゃってます(笑)
「フィン・テール」を採用したアメ車達のテールランプはその形状から来る存在感が凄いのでもう少しご紹介。
「キャディラック エル・ドラド ビアリッツ」(1959年)
「シボレー・インパラ」(1959年)

こちらは横基調。
「フォード・エドセル」(1958年)

こちらはフィンが横方向に流れたデザインです。
「クライスラー インペリアル・クラウン」(1957年)
アメリカ三社とも個性を競っていますね。
その発祥には諸説ありベルトーネがコンセプトカーとして発表したデザインをクライスラーモチーフにしたデザインがが流行した説、もう一つはロッキードの戦闘機P-38の垂直尾翼をモチーフにキャディラックがデザインしたものが流行した説の2つです。
これら「フィン・テール」」の車を見ますと当時の「強いアメリカ」を感じますね。
「made in USA」が世界を席巻していた時代を感じさせます。
上に挙げた「キャディラック エル・ドラド」のサイズとと排気量を追記しておきます。
V型8気筒 6,380CC 全長5,715mm 全幅 2,060mm
なんつーデカさでしょう、しかも2ドアで(笑)もはや「巨鯨」ですね(^^)
やはり「強いアメリカ」「豊かなアメリカ」時代のアメ車らしいと思いました。
フィン・テールは1959年あたりに全米でその人気のピークを迎えたそうですが、1960年になるとパッタリとその流行りが終わったかのように各社ともやめてしまったそうです。
そしてこの「フィン・テール」は世界の自動車のデザインに影響を与えました。
例えば欧州車を見ますと・・・
メルセデス・ベンツSクラス W111(1959年)

メルセデスがアメリカ車の影響を受けたデザインをしていた事があるとはアメリカ車のような派手さはありませんが意外でした。
では「日本」に目を向けてみると。
我が国も「フィン・テール」天国だった時代がありました(笑)
トヨタ・クラウン(RS型 1955年式)

1955年ですからアメ車達より早い?でもおとなしめです。
プリンス・グロリア(BLSI型 1959年)

アメリカ車並の派手さを持っています。
日産セドリック(30型 1960年)

こちらもクラウン同様、おとなしめですが気品を感じるデザインです。
如何に戦後になって勃興期を迎えた我が国の自動車がアメリカ車の影響を受けたか、よくわかりますね(^^)
(今日はテールについて書いていますのでフロントデザインについては書きません。しかしフロントデザインも当時のアメリカ車にそっくりです)
この後、我が国でも「フィン・テール」は下火になっていき各車の個性が出始めることになります。
この後、世界の自動車メーカーはフロント同様にリアにも車の個性を求め、様々なテールランプの車が登場することになります。
またハイマウントストップランプが流行し、そうこうしているうちにハイマウント自体の義務化もありました。
紹介したいテール・ランプは沢山ありますが、その数たるや膨大なのでバーンスタイン的に印象深い「テール・ランプ」を。
メルセデス・ベンツ Sクラス(
W124型→W126に訂正)型式を間違っておりました(^^;)ご教示頂いたキドニーパイの商人様、ありがとうございます(^^)v

W124の端正ながらも威厳溢れるエクステリアは子供の頃見ても、まさに「威風堂々」としていました。
テールランプの凹凸の理由をみん友さんのブログで拝見して目からウロコでした。
それは「テールランプが汚れても凹凸があれば点灯状態を後続車が確認できるから」
さすがは「最善か無か」のメーカー。そこまで拘っているのがメルセデスらしいところですし、その「安全神話」の礎の1つになっであろうことは間違い無いところでしょう。
トヨタ・クラウン(#S12型~JZS17#)

「クラウン」と言うと、この横基調のテールランプのイメージが強烈です。
一度、14型クラウンで横全通型テールを採用しましたが、商業的に失敗とも言える販売台数にとどまってしまいマイナーチェンジで伝統の「横基調」テールに戻されたという経緯もありました。
14型クラウン(前期)
14型クラウン(後期)

一定以上の世代の方々にはやはり「横基調」のテールが支持されていたのでしょう。
後期モデルになってから販売面も持ち直したそうです。
この横基調テールは28年間に渡って(14型前期の2年間を入れて)愛され、18クラウン(所謂ゼロ・クラウン)の登場で幕を下ろしました。
もう一台、やはりこの車は外せません。
日産スカイライン(C110系)

スカイライン伝統の丸テールランプはこのC110系(所謂ケンとメリーのスカイライン)から始まり、歴代スカイラインのアイデンティティとしてずっと継承されてきました。
車に詳しくない、若しくは興味がない人でも「丸テール」を見ると「あ、スカイライン」と分かるほどの存在感でした。
現に車には全く疎い私のお袋もテールを見れば「スカイライン」という車名を知ってましたし、中学の頃、隣の席の女の子(実は好きだった子笑)と一緒に帰った時、その子も丸テールを見て「あれ、スカイラインだよね」と知っていました。(なんだか甘酸っぱくなってきたぞ笑)
この伝統の「丸テール」は日産とルノーの提携後すぐに登場したV35型スカイラインで一度、その役割を終えます。
しかし前述のクラウン同様、販売面で振るわずこちらもマイナーチェンジで「テールランプ内部が丸く光る」という形でしたが復活。
日産スカイライン (V35型前期)
日産スカイライン(V35型後期)

マイナーチェンジだったこともありちょっと無理付け感がありますね(笑)
この次のスカイライン、V36型も同じように「ヘッドランプ内部が丸く光る」テールとなっています。
では現行スカイラインでは。
日産スカイライン(V37型)

スカイラインがインフィニティQ50として世界戦略車になったためか「丸テールっぽさ」は少し残っているものの、伝統の丸テールとは決別したように思えます。
ですが。
この車に受け継がれています。
日産 GT-R(R35型 My11 中期型)

私の車自慢みたいで申し訳ありません(^^;)
「GT-R」もかつては「スカイライン」のレースホモロゲーション取得の為設定されたホモロゲモデルで、所謂「ハコスカ」のPGC10で登場し、「ケンメリ」のKPGC10で一度その系譜は途絶えるものの、R32で再び蘇りR34までスカイラインの中では特別な存在として君臨した存在。
現在のR35では「スカイライン」の冠が取れ「日産・GT-R」となりましたが伝統の丸テールはGT-Rに受け継がれました。
やっぱり「スカイライン」の冠が取れても「丸テール」だとなんだか安心感があります(笑)
もう一つ、国産車で印象深いテールランプ。
トヨタ・マークⅡ(100系)

一見、最新のLEDテールな訳もなく普通のテールランプに見えます。
100系マークⅡのツアラーシリーズは比較的早い次期にHIDヘッドランプを搭載した車で前方の明るさは素晴らしかったことでしょうが・・・
このリアテールが物凄く眩しかったのです(笑)
内部がリフレクター加工されたような凝った造りになっていて、後ろに付くと眩しいのなんの・・・
兄弟車のチェイサーはテールランプが小さかったのでそんなに気になりませんでしたし、クレスタも同様でした。
しかしマークⅡだけは横幅が広かったので目に刺さるのなんの・・・
ツアラーだけじゃなくてグランデシリーズもこのテールでしたし、マークⅡがまだ売れている時代で遭遇率が高かった・・・(笑)
このテールは我が自動車部でも悪評でした(^^)
最近はLEDテールに見慣れたせいと100系マークⅡ自体を殆ど見なくなってしまったので今となっては懐かしい思い出です(^^)
最後、もう一つ印象深いテールランプを紹介して今日のブログを閉めたいと思います。
アウディA7

アウディA7は美しいボディラインを持つクーペルックセダン(正確にはハッチバックとのこと)です。
テールランプも凝った造りで美しいですね。
でもこれを私が印象深い訳は・・・下記の動画と同じのを見てしまったからです(笑)
トラックなどで流れるウィンカーは見たことがありますが、遂に乗用車、それもLEDでやるとは。
A7の後ろを走っていてこれを見た時は「?」から「!」でした(笑)
アウディはこれを「ダイナミック・ターンインジケーター」と呼び、同社の色々な車種に展開しているようです。
と思ったらトヨタもCH-Rで同じことをやってました。(ただしフロントのみのようです)
テール・ランプの歴史の変遷もこうして見ますと「ヘツドランプ」同様、最初は小さな存在から、様々な形を辿り、進化を遂げてきたことが分かります。
今やその存在は「ヘッドランプ」同様自動車に「無くてはならない物」となっています。
最近の車のテールランプはヘッドランプ同様、LED化が進みさらにはLEDの粒が光るものからラインチューブのように美しく光るテールへと進化しています。
中には「レクサスLC」のように日中は白いのにブレーキング時やライト点灯時は赤く光り、尚且つ奥行きのある光り方をするテール・ランプまで登場しています。
レクサスLC テール・ランプ

この仕組を見ましたが、文系の私にはワケワカメです(笑)
そのうちヘッドランプみたいに「レーザー光テールランプ」なんて出るかもしれませんね(^^;)
600m先からでも視認可能!車が近づくにつれて自動減光します!なんて・・・
昨日のブログ
「ヘッドランプ・進化の考察(追憶を交えて)」でも書きみん友の「66jazzbass」さんからコメントを頂いた通り、LEDテールは球切れしたらASSY交換になるでしょうから万が一、切れたらそれ相応の出費は覚悟しなければなりませんね(涙)
その点、GT-Rは四分割?だから割安で済む・・・・・といいのですが(笑)
あぁ、昨日ヘッドライトの事を書いて、今日テールランプの事を書いたら中島みゆきさんの「ヘッドライト・テールライト」を聴きたくなってきたぞ(^^)
しかしこれを聴くと・・・「地上の星を聴きたくなる→聴く→プロジェクトXを観たくなる→DVD棚から「ロータリー四十七士」を引っ張り出して観る→面白い→次を観たくなる→てんとう虫、街をゆく(スバル360の回)を観る→面白い→「運命のZ計画(フェアレディZ)」を観たくなる→観る→気づくと明るい→ハッ!(゚∇゚;)
というスパイラルに陥りそう・・・(笑)
本日も最後までお付き合い頂きありがとうございました。
お目汚しの事とは思いますが、お時間を持て余した時にでもご覧いただければ幸いです。
また先日来からの沢山の「イイね!」を頂き、大変感謝すると同時にブログを書く精気が漲ります
\(^o^)/
帰省ラッシュが本格化して参りました。
既に帰省を済ませている方は楽しい日々を、渋滞に巻き込まれている方やこれから帰省される方は何事も無く目的地へ到着される事を祈念しております。
皆様のお盆が楽しく、そして良いものになりますよう。