
重い話で申し訳ないが9月頭に父が亡くなった。4月に末期の肺がん診断を受けて延命治療をせず症状緩和治療で残された時間を好きに過ごすという選択だった。
(そっちの事については個人ブログに色々書いてた)
医療看護の皆様の協力もありそれこそ亡くなる2週間前まで自分とドライブを兼ねた買い物に行けるほどだった。
ドライブの時間は親子で話せる貴重な時間になってくれた。という訳でちょっと書いてスッキリしたいのもあるので書かせてね。

4月にそれが判明した当初はそれこそまだ自分で通勤に使っていたミラジーノを運転できる(医者に止められてなかったらそのまま運転してただろう)ので自分とのドライブになったのは少し後、6月〜8月と暑い時期に重なった。

父の体調を考えてエアコンがガンガン効くアテンザを使うつもりだったのだが、どうせならそれ乗ってみたいと当人の希望があったので大きなフロントウインドウとエンジンの排熱で決して真夏向きではないコスモも、夕方や曇りの日を狙って動かしていた。
6月にコスモのテールランプ故障が起きた時に慌てて応急措置をしたのはその為でもあった。
別にアテンザやミラジーノが魅力的ではないという話ではなくアテンザは元々自分が父から引き継いだ車だったので彼としても十分に乗った車だったというのが大きい。アテンザは父から通算だと10年どころじゃない付き合いなのだから。
ミラジーノはつい先日まで通勤で毎日使っていたからもはや日常。自分の部屋。何度も故障しても「乗り換えたい」じゃなくて「なおしてくれ」というくらいには気に入っていた。
ところで車好きってのは親が好きでその連鎖というパターンも多いかと思うが、自分は突然変異タイプ。父は車に関しては漠然と「かっこいいのがイイ」くらいの感じで車好きって訳ではない。
結婚直後に買ったプレリュードの後は親戚からのおさがりが2台。家に車が無い期間も長かった。件のアテンザと通勤に使ったミラジーノはもちろん使用する父も検討には入ったが、どちらも自分や母が選んだ車だった。
という訳でコスモに乗りたがってくれるのは正直意外(むしろ椅子が低くて乗り降りし難いし)だったのだが、元々ファッションにはこだわりがあり「かっこいいのがイイ」に刺さってくれたのか、プレリュードに乗っていただけに背の低いクーペというのは魅力として映ってくれていたのか。
タイミングがタイミングで悩んだが入れた新品ホイールも「靴が綺麗じゃないと全部ダメになるのと一緒だな」と好評だったり。
駐車場で「あの人ずっとこの車見てたな」なんて面白そうに報告してくれたり。
別に高速使うほどの距離でもないが2区間だけ高速乗ってREぶん回したり。「ターボ」という言葉がハイパワー車の証しだった時代を覚えている父にその加速を見せつけてやったり。
結局最後になってしまった8月半ばの買い物ドライブに行った時もコスモだったのだが、一通り回る店が無くなって同じ店に行くことも増えていたタイミングだったので
「涼しくなったらこの車で空いてる道ドライブしたいな」「じゃあ早朝の首都高乗ってお台場とかどうだろう」と会話していた。
───
父が亡くなって少しした後、
コスモのテールランプはうまいこと修理できた。10月頭、父の四十九日の前に久しぶりに一人で特に目的もないドライブに出ることにした。
ここ半年はほぼ父や父に関わるあれこれに時間を費やしていたので(その割にコミケは行かせてもらったけど)。
特に7月末あたりからは父を連れての遠出は心配になっていたので近所の渋滞だらけな街中しか走れていなかった。

コスモも久しぶりに首都高をクルージングする。やっぱり渋滞よりこっちのほうが向いている車だ。

大黒PAからお台場まで走って下道へ。父は本気であの会話をしていたのかは確かめようがないが、父の性格から言って本気だったと思う。
このドライブに身につけてきた服やバック、腕時計などなど父が選んだものや残したものだ。
自分はファッションにはあまり興味がなく疎いが魅力的な品々だと思うし実際気に入っている。
父は車にはあまり興味が無く疎かったが、父にとってユーノスコスモも魅力的に映っていたと思いたい。
痛車にしてたんはすまんな。
Posted at 2025/11/08 22:42:57 | |
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