
局舎を新築する予定である豊田水源局を7月に見に行き、結果はスカでした。
その後9月に着工しているとの情報があり、再び現地を訪問しました。(2026/2/6)
今回は平日なので、局に寄りながら現地に向かいます。
東海道新幹線の三河安城駅前でレンタカーを借りて出発します。
本日の1局目である安城篠目簡易局は共同住宅の1階にあります。
一つの敷地に数棟が立つ団地のような場所で、1階は商店が入居。
駐車場ももちろんあります。貼り紙がポルトガル語なのはブラジル人が多く住んでいるからでしょうか。
国道1号を越え、今村局へ。朝一のためか利用者が絶えず訪れています。
近くに大きな寺院があり、東海道沿いの集落の繁栄ぶりが窺えました。
大工場が連なる一帯をすぎると田園地帯。三河平野は穀倉地帯でもあります。
豊田市に入り、上郷局は集落の中にある集配局。局舎はコンクリ製の箱型ですが、築50年はありそう。
斜め向かい側に公園があり、トイレがあるので拝借しました。
すえの簡易局は2022年より一時閉鎖中。
「すえの」は漢字では「寿恵野」ですが、JA支店名に合わせたのでしょうか。
受託者を募集していないので、おそらく数年後に閉鎖中廃止になるのでしょう。
豊田渡刈簡易局は2階建ての民家で、西洋風の瀟洒なデザインです。
さて、前回も訪れた豊田水源局の新局舎の予定地に到着しました。町名は河合町2️丁目になります。
平屋の鉄骨造の建屋がほぼ出来上がっていて、室内に業者が出入りしています。
駐車場など外構工事はこれから行うようです。
工事現場の標識類は公道に面した場所に完備されているため、接近して撮影できました。
下見において必見の「労災保険関係成立票」によると、注文者(建築主)は日本郵便㈱、事業者(施工者)は
㈱第一ヒューテック(新宿区)、事業期間は令和8年3月15日までとなっています。
同社ウェブサイトの記載によると、同社は逓信建築の設計で有名な
山田守氏の発意で設立され、電話局など通信施設の実績が多いとなっています。
工事名称は「豊田水源郵便局新築工事」であり、同局が明らかに移転してくることがわかります。
続いて、北北東に約1.2kmほどの場所にある現局舎を訪問。駐車場は、局舎の右側から入り、局舎の裏側に設けられています。
局名は郵政書体、外壁には細長いタイルが貼られていて、おそらく昭和50年代前半の建築と思われます。
窓はガラスブロックでなく1枚物のはめ殺しになっています。
室内は年代相応とも言うべきで、格段新しくもなく、移転するのでこれ以上手を加える必要もないでしょう。
局舎の内外に移転の案内は貼られていません。他の利用者がいたので局員には尋ねませんでした。
工期が3月15日なので、移転は早くでも4月後半以降、5月の連休が移転作業に丁度良さそうです。
本題が終わったので、あとは付近の局を廻ることにします。先ず岡崎細川局に向かいます。
矢作川から明治用水へ導水する頭首工は
漏水工事中であり、その上に架かる水源橋は通行止め。他の橋に迂回して大回りになります。
岡崎細川局は、岡崎市の北端付近にある集落で、県道沿いに立っています。
近くのファミマでコーヒーを補給しました。
巴川沿いを上流へ進み、松平局です。ここは豊田市域で、松平支所が近接しています。
地図を見ると山を切り開いた住宅地がありますが、局の辺りは旧来からの集落にあります。
山間部に入り、山道をうねうね走った先にあるのが坂上簡易局です。
県道は1.5車線ほどですが、局舎の前だけ1車線と狭く、何か事情がありそうです。
平屋の木造家屋で、かなり古く、築70から80年ぐらいはありそうです。
さすがに室内はリフォームされていて古さは感じられませんが、断熱性能は現代の家屋に較べるとかなり劣るでしょう。
巴川沿いに戻り、県道沿いに盛岡局があります。ここから旧足助町に入ります。
局舎がある場所は集落というほどの場所でもなく、地図を見ると山中に集落が点在しています。
利用者の利便よりも集配上の都合が優先した立地なのかもしれません。
巴川から離れて山中に入り、うねうね進むと国谷簡易局があります。
元商店のようですが今は自販機のみ、簡易局の出入り口は道路沿いでなく横に入った場所で、最初気づかず通り過ぎてしまいました。
建物自体は昔ながらの木造の民家であり、目に焼き付けておきたい建物です。
再び巴川沿いに戻り、奥に進んでいくと足助の集落に入ります。
足助は岡崎から飯田を経て塩尻に至る三州街道の宿場町で、物資の集散地でもありました。
現在も商家など古い町並みが残り、また香嵐渓という紅葉の景勝地もあり、東加茂郡の主要地になります。
そのためか足助局は特定局ながら郵政民営化時に郵便事業の支店が設けられ、現在もゆうゆう窓口が設置されています。
しかしながら局舎は小さく、それまでに訪れた松平局や盛岡局とあまり変わらない大きさです。
土蔵風の局舎で屋根は瓦葺き、もちろん三州瓦でしょう。付近の町並みも古いものを残しています。道路は一方通行なので要注意です。
窓口は郵便と貯金・保険の2つで、ゆうゆう窓口の業務は郵便窓口で行っています。
更に上流に向かい、阿摺局へ。ここも集配局です。というか旧足助町にある特定局(直営局)は総て集配局でした。
ここには局名看板がいくつもあり、由来は聞きませんでしたが旧来からのものもあるのでしょう。
山間部から平地に降りていきます。
石野局は平屋の小さな局舎で、おそらく昭和40年頃の建築と思われます。
局名は旧郵政書体で、今としてはかなり希少なものになります。
この近くを名鉄三河線の廃線区間が通っていて、風景印の図案が同線を走っていたレールバスとのことです。
藤岡局は旧藤岡町の中心付近にあり、川沿いにあります。
局舎の両側に駐車場がありますが、これは同局のものではないので要注意。
駐車場は発着場の中にあり、少し歩きます。
この時期は突然解散した衆議院の総選挙で、藤岡町内のファミマ前で女性候補が演説していました。
といっても付近に人家はなく、当然通行人もなし。行き交う車に向かって演説というか連呼しています。
豊田市内でもっと人が多いところはいくらでもあると思うのですが、山間部も大事にしたいという現れなのでしょう。
総選挙は自民党が圧勝しましたが、この選挙区は国民民主党である女性候補が当選しました。尤も労組票が強い土地柄なのですが。
藤岡西中山簡易局は旧藤岡町の南端にあり、新興住宅地になっています。
2024年に移転・再開し、文房具店の中に入居しています。小学生が多く出入りしています。
割と若い(30代ぐらい)の受託者さんで、この趣味に理解のあるような感じでした。
時間的にはもう1局ぐらい行けそうでしたが、帰宅が遅くなるのでここで終わりにします。
近くの東海環状道豊田藤岡ICから入り、豊田市内を南北に縦断し、伊勢湾岸道豊田南ICで降り、三河安城駅に戻り新幹線で帰宅しました。