2017年08月11日
昔福岡に転勤した時のこと、異動の内示をもらった後転勤前の挨拶を兼ねて、福岡の事務所に行きました。その晩、事務所の人たちがプレ歓迎会を開いてくれたのですが、一人酒癖のよろしくない人がいて、事務所の人たちの悪口を語ってくれました。その人自身、仕事ぶりは怪しげでかなり問題のある人なんですが、気位は高いらしく、酔うと他人の批判を始めるのです。まあ、それはそれとして、その人が、「事務所の若い連中は、一人で車乗って音楽聴くのが好きみたい」と、これまた非難がましく語り始めました。
面倒だから適当に相槌打っておきましたが、私も実は一人で車乗って音楽聴くのが好きな人間です。結婚した今でも、一人で車乗るのは楽しいです。妻とは音楽の趣味があまり合わないので、好きな音楽を遠慮なく聴ける一人ドライブは楽しいのです。妻と一緒に乗っている時は、五木ひろしさんや北島三郎さん、洋楽ハードロックは聴けないのです。
福岡に転勤していた時乗っていたのは、三菱RVRでした。転勤の3年前に買ったこの車で、当時の職場の人とキャンプに行ったり旅行に行ったりスキーに行ったり、また高校時代の友人とも海に行ったり釣りに行ったりと、それなりにRV車らしい活躍はしてくれたのですが、大抵土日は一人で運転していました。職場のキャンプだのスキーだのといったイベントがしょっちゅうあるわけではなく、彼女もいないともなれば、一人でぶらぶらする羽目になるのです。
一人で運転しながら好きな音楽を聴き、時折山道で車を停めて車内で一人くつろぐ、という、かなり暗いというか陰気な休日を過ごしていました。
それでもスキーやキャンプのほか、職場のサッカーの試合など楽しいことも結構あったのですが、転勤して環境が変わると、そういった楽しみもほぼなくなりました。
先述の酒癖の悪い人の以前の職場にサッカーチームがあったので、たまにそこに混ぜてもらっていましたが、その頻度もそんなに多くなく、新しい職場は小さい事務所で考えの合わない人が多く、そもそも小さい職場で職場外でも一緒に過ごしたくなかったので、だからと言って福岡には知り合いもおらず、当時ネットなんて普及していないですし、元々積極的に友人を作る性格でもないので、土日の一人ドライブはますます増えました。
95年から97年の話ですが、このころはJ-POP全盛期です。小室系とか、ミスチル、ジュディマリ、売れ始めたスピッツなどなど、まだ携帯電話も普及直前で、若い人たちは結構CD買っていたからか、ミリオン続発でした。
私は中学生の頃中二病になってから、ずっと洋楽を中心に聴いていましたが、このころは、はやりのJ-POPを聴いて運転していました。レンタルショップに借りに行き、ヒット曲コーナーのCDを借りて、カセットテープに録音してきいていました。
転勤した頃は、岡本真夜さんの「Tomorrow」がヒットしていたような。あとはドリカムの「LOVE LOVE LOVE」とか、ジュディマリの「Overdrive」も、誰か職場の飲み会のカラオケで歌っていたような。小室系はあまり好きではなく当時は聴いていませんでしたが、その後10年以上経ってから、いわゆる小室系の曲はよく聴くようになりました。外人には意味の通じないであろう英語のタイトルと歌詞も、これは日本独自の文化だと割り切ればすんなり耳に入ります。
話が前後しますが、転勤で引っ越して来る際、愛車RVRは自走して運びました。東京から福岡までのロングドライブ、助手席とリアシートを倒せばフラットになるので、そこに布団を引いて仮眠しながらドライブしました。生来のガサツさが災いし、ラゲッジスペースは荷物だらけ、ラゲッジに置いてあるCDチェンジャーのCDが入れ替え出来ず、ずっと同じCDを繰り返し聴く羽目に。ブルース・スプリングスティーンのベスト、森高千里のベスト、ミスチルのアトミックハートを繰り返し聴いていました。
話はさらに遡って転勤前一人ドライブで聴いていた曲はなんだったか、一人でレニークラヴィッツの「Believe」を聴きながら、なんとも寂しい気持ちになっていたのを思い出しました。この頃、洋楽も気に入ったのがなくて、買わなきゃよかった、というようなCDをよく聴いていたような気がします。
福岡から東京に戻る時、車はRVRからレグナムに替わっていました。ジュディマリの「クジラ12号」(何号だっけ)とか、ミスチルのアルバム「ボレロ」を聴きながら東京に向かって走った記憶があります。
実際戻ってきて住んだのは東京ではなく千葉ニュータウンの辺りにある独身寮でした。MDが普及し始まった頃で、家のステレオをMDとカセットが聴けるものにしました。車はCDとカセットなので、借りたCDをMDに録り、それをさらにカセットにダビングして車内で聴いていました。PUFFYの「渚にまつわるエトセトラ」が流行っていた頃です。あと、河村隆一さんの全盛期でした。自慢ではないですが、私が「I Love You」をカラオケで歌うと、結構な点数を叩き出します。ただ、私の歌い方が気持ち悪いらしく、周囲の悪評を買っていました。夏になるとKinKi Kidsがデビューしました。SPEEDの「Wake Me Up」がヒットしたのもこの頃ですが、本当の意味で目を覚まして欲しい人が数人いるようです。
秋になり、車にMDチェンジャーを装着しました。主に聴くのはMDになりました。However」をヒットさせたGLAYの全盛期が来ました。この頃仕事が忙しく、相変わらず彼女もおらず、一人ドライブの趣味に変化はありませんでした。
さらに翌年の1月、車を買い替え、ついに憧れだったレガシイツーリングワゴンに乗ることに。カーステレオは最初からMDのにしました。ディーラーの営業の方はかなりのベテランで、失礼ながら、カトちゃんぺを想像させる方でした。MDをエムデーと呼び、CDは当然シーデーです。スバル得意の年次改良前で、結構値引きしてくれ、ステレオもスピーカーがいくつもあるのが特別オプションで付きました。ラルクアンシェルが人気だった頃で、ラルクが車の中を流れていました。浜崎あゆみが人気絶頂に向かい始めた頃でもありました。レガシイを買った翌年の夏休み、夏休みも一人ドライブで米沢に行ったのですが、桑田佳祐さんの「波乗りジョニー」を聴きながら高速を運転したことを鮮明に覚えています。この頃はモー娘。も全盛でした。中二病は完治していませんでしたが、モー娘。も抵抗なく聴いていました。
10年くらい前から、音楽をiPodで聴くようになり、今ではiPhoneを繋げて音楽を聴きます。聴きたい曲が何でも聴ける時代になりましたが、音楽を聴く感動は以前ほどなくなりました。クリックしていろんな曲が入手できる時代ですが、CDをわざわざ借りて録音していた時代、何であんなに音楽を聴くのが楽しかったのだろうと思います。その理由の一つとして、隣にはたまにしか人は乗っておらず、今のように妻が隣に座っているわけでもなく、ひたすら音楽が慰めてくれていたのだと思います。
今でもJ-POP全盛期の曲を聴くと懐かしくなります。色々な思い出が蘇る、と言いたいのですが、思い出といっても、ほとんど一人でぶらぶらしていた思い出とは言えないような思い出しかないのですが、それでも不思議と嫌な気持ちにはなりません。むしろ楽しくなります。
一人で音楽を聴きながらドライブ、陰気な趣味かもしれませんが、これはこれで楽しく、自分らしい趣味です。
レガシイ買って2年目のとき、職場の労働組合の書記さんをやってくれていた女性と仲良くなりました。実は密かに好きでした。このことは妻にも言っていません。その女性とドライブに行くことになりました。たまたま車の中にスマッシングパンプキンズのCDが入っていました。買ってはみたものの、ほとんど聴いていないCDだったのですが、彼女はスマパンが好きらしく、一緒に聴きながらドライブしました。正直、スマパンの何がいいのかさっぱりわからず、聴くのは少々苦痛でした。車の中には、他に野口五郎さんのCDが入っていました。彼女とは、昔のドリフやカックラキン大放送の話でメールとかで盛り上がってたのですが、野口五郎さんが聴きたいということで、帰り道一緒に聴きました。その後、いつのまにか彼女とは疎遠になり、彼女が書記さんを辞める頃にはメールのやり取りもしていませんでした。元々いた書記さんが産休に入るため、臨時に雇った書記さんでしたが、今はどうされているかも知りません。奥居香さんに似た方でした。だっちゅうのとか言う人の片方にも顔が似ていました。当時産休だった元々の書記さんとは今でも連絡がつきますが、当時の産休は、前夫の方とのお子さんの産休だったこともあり、きくにきけません。
Posted at 2017/08/11 14:10:24 | |
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2017年08月08日
【みんカラ始めました!】自己紹介ブログです。
先日登録しましたが、「ブログを書こう」という表示があるので、とりあえず書きます。
先々月、尾道〜今治〜新居浜〜高松〜淡路島と巡りました。
去年関東から引っ越して以来、愛車の走行距離はかなり増えました。家を出て1時間経っても大して進まない所に住んでいた時と違い、1時間で淡路島に行けるような土地に引っ越してきてから、楽しくて色々なところに出かけました。
本当は、転勤するなら、福岡が希望でした。20年以上前、若いとき2年間転勤で福岡に住んでいました。街がコンパクトで、食べ物も美味しい福岡にまた住みたいと思っていたのです。その当時、彼女もいなく、あちこち出かける機会が少なかったので、結婚している今、妻を連れてあちこち行きたいと思っていました。言い渡された転勤先は、距離的に半分のところの神戸でした。(住んでいるところは神戸ではない兵庫県です。)
愛車のアテンザは、やはり長距離が似合います。関東から引っ越してきた時自走しました。ほとんど高速の上でしたが、燃料はなかなか減らないし、少し踏めば加速してくれるし、追従クルコンはついてるしと、この車ってこんなにすごいのね、と感激しました。
一月には四国上陸しました。私は昔出張で香川県に行ったことがありますが、妻は四国初上陸でした。元々尾道に行ってから、しまなみ海道を経由して行く予定でしたが、降雪のため尾道行きを止めて高松旅行になりました。屋島でうどん食べて、高松市街で骨付鳥を食べて、瀬戸大橋を渡り倉敷から日生に行って牡蠣を買って帰るという旅でした。3月には天橋立にも。5月と6月には和歌山へ。5月に白浜に行った時、私が和歌山を気に入ってしまい。6月の誕生日に妻に再度一緒に行ってもらいました。
和歌山から2週間後、1月に行けなかった尾道へ。妻は尾道の風景と猫(岩合さんが好きなのです)がお目当て、私の頭の中は「尾道ラーメン」でした。6月とはいえ快晴が続き、当日も暑い中坂を下りました。
商店街に着くと、有名なラーメン店には長蛇の列。そういうの苦手なので、商店街を散策。日曜日で閉まっている店も多く、のんびりした雰囲気でした。お腹も空き、なんとなく途中で気になっていた小さなラーメン屋さんへ。イメージしていた尾道ラーメンとは少々違っていましたが、食べてびっくり、澄んでいて後を引く味わいに夫婦共々感激。次来るときは天ぷら中華そばにしようと店を後にしました。
尾道からはしまなみ海道を経て今治へ。途中村上水軍の博物館みたいなところに寄り、向かいの漁協の直売所みたいなところでみかんジュースとエビを買ってから今治へ。まずは地元のスーパー「フジ」へ。妻は地元のスーパー巡りが好きで、特にその土地の調味料を買うのが好きです。そこで翌朝の朝食と宿で飲むお茶、なんか味噌みたいなの(キュウリにつけたら美味しいです)等買ってから、イートインコーナーで、食事をする場所を検索しました。
今治にどうしても行きたかった理由は、「焼豚玉子飯」を食べたいから。妻はあまり興味はないようでしたが、とにかく私は一度食べたかったのです。時刻が17時前だっためまだ開いていない店も多く、17時前でも開いている店を探してそこで食べました。妻が「家でも作れる」と暴言を吐いたのを気にせず、また食べたいと思いつつ、宿のある新居浜へ向かいました。
新居浜には、先日日曜日朝のテレビで紹介されたホテルチェーンのホテルがあります。ホテルといっても、アメリカのモーテルのようなホテルで、素泊まり専用です。日本で独自に進化したモーテルではなく、車で旅行して宿代は安上がりに済ませたい人には丁度いいホテルです。ただ、ベッドは結構安っぽく、床も壁も安普請なところがありますので、子供が飛び跳ねると結構うるさいような気がします。一つのベッドに二人寝ると、寝返りなどの振動が伝わってきます。
二日目は、観音寺市へ。目当ての製麺所が見つからなかったのですが、地元のスーパー「きむら」でそこの製麺所が作っている麺と汁が売っていたので買い、野菜も新鮮なのが安く売っていて妻はまた感動、私も魚が好きなのでカマスを買っていきました。発泡スチロールは持参しましたが、保冷剤では頼りないのでローソンで氷を買って詰めました。
観音寺から一月に行った高松市屋島のうどん屋さんへ。同じ職場の人のSNSで知った店ですが、見た感じがいかにも地元の店、という佇まい。はしごしようということで、肉うどん一杯で我慢。びっくりするような甘い味で、正直失敗と思いました。
はしご2件目は国道沿いの店へ。ファミレスを居抜きして作ったような店には、丁度お昼時だったこともあり、営業など外回りで仕事してると思われる方が大勢いました。冷たいうどんは、氷だけでなく水も丼に張ってあり、お盆を持つ手が重く、これも正直失敗と思いました。
うどんを食べ終わり淡路島のたこせんべいの里でせんべいを買い、最後はアウトレットで買い物して帰りました。このアウトレットは、淡路島を渡ってすぐのところにあるのですが、高速から行くと結構降りてからぐるぐるいろんなところ回ってたどり着きます。
引っ越してきて一年半近く経ち、すっかり今の生活が気に入っていますが、多分来年には転勤させられるかもしれません。
はっきり言って、関東に戻る気はありませんが、そうもいかないので、今のうちに楽しみます。
Posted at 2017/08/08 20:10:43 | |
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2017年08月01日

日本の道路には大きすぎる気がしますが、燃費も良く走りも良く気に入っています。
Posted at 2017/08/01 14:46:40 | | クルマレビュー