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イイね!
2018年03月22日

かの事務所なら一カ月

かの事務所なら一カ月

  田中角栄の趣味は、競馬・ゴルフ・小唄・将棋と多岐にわたっている。そのいずれにも熱中するが、とりわけ常軌を逸しているのは将棋である。


  世の中に麻雀で徹夜をするものは珍しくないが、田中角栄は将棋で徹夜するのである。それも、坂田三吉が京都・南禅寺の勝負で長考したというような、日本の棋史に残る大勝負のためではない。ときにはお抱えの運転手を相手にし、またあるときは選挙区の“家老”とむかいあって、勝てば勝ったでもう一番、敗ければ口惜《くや》しがってもう一番という、勝負ぶりである。ときには平気で“二歩《にふ》”を指す。相手が注意すると、「いや、おれの場合は日本将棋連盟が特別に許している」と、扇子をパタパタさせてすましている。その程度の将棋である。選挙の最中《さいちゆう》に、旅館にひき揚げてきた田中が、例によって将棋盤を持ち出し、片岡甚松(越後交通専務)に一戦を挑んだ。たて続けに三番、敗けた。「よし、もう一番」と口惜しがるところを、周囲のものが「明日は強行軍だから」となだめすかして部屋にひきとらせた。明け方、片岡が起きて田中の部屋をのぞくと、なんと彼は寝床にも入らず、ひとりで将棋を指していたものだ。


  そんな角栄を父親の角次が心配して、これも古い友人である中西正光(中西興業社長)に、「角は進むことしか知らぬ男です。すこし、あんたの慎重さを見習うようにいい聞かせて下さい」とたのんでいる。


  田中の行動は、レーザー光線のような直進性ばかりではない。迅速である。しょっちゅう、「短兵、急を告げて」いる。若いときからそうだ。市内電車で二停留所のところだと、もうタクシーに乗りたがる。建築事務所をひらいて、設計・工事監督の請負をしていたときも、ほかの事務所なら一カ月かかるところを一週間でやってしまう。製図板の上に一升酒をデンとおいて、二晩くらいぶっとおしで図面を書きあげる。一週間ほどして現場にいって、工事がふつうのスピードですすんでいると、彼はもうむしゃくしゃして、ノコギリを手にするや足場に飛び移り、片っ端から足場の丸太を切り落してしまうのだ。これには職人がおどろいて、昼夜兼行、火事場のようなさわぎで仕事を仕上げるという。


  政治家になり大臣を歴任しても、この「短兵、急を告げる」動作はかわらない。いや、さらに磨きがかかったと見る向きもある。大蔵大臣のとき、主計官がこむずかしい数字を並べて説明すると、その半分も聞かぬうちに「わかった、わかった」と腰をうかせる。ために「あれは田中角栄ではなくて、わかった角栄だ」と綽名《あだな》をつけられた。


  何人かの財界人に「田中角栄の勤務評定」をしてもらった。日本の“総理候補”としては、注文や異論があったが、彼の資質については「明敏・果断・実行力・大衆性・力強さ」の五点で、まったく一致していた。


  “越後ブロンソン”


  大正七年生まれ、五十四歳で、田中角栄は父親が心配した「進むことばかり知る」性質をモーターにして、早くも総理大臣の候補者に挙げられたわけだ。もし、一国の総理になることを出世というなら、彼は、日本の政界史上、空前絶後の“スピード出世”を記録するであろう。いや、スピードばかりではない。新潟県の、日本海に臨む豪雪地帯の寒村に生まれ、高等小学校を卒《お》えるとすぐ土方をやり、上京して建築事務所の“住込み小僧”になっている。これが田中角栄の人生の出発点である。この出発点と到達点の格差の深さ、その深さを埋めた時間の迅《はや》さ、この二つを考えあわせても、日本の人物史上稀《まれ》にみる存在である。ほかに類例を求めたところ、彼とそっくりなのがひとりいた。


  アメリカの映画俳優、チャールズ・ブロンソンである。ブロンソンは提灯《ちようちん》を潰《つぶ》したような顔をしており、この点、田中角栄の方がまだ見映えがするが、二人ともヒゲをはやし、ひと重瞼《えまぶた》で、潰れたような声を出す。田中が土方—土建会社の小僧─保険業界誌の見習記者─雑貨輸入商の店員─建築事務所の所員─自家営業─二等兵、という、大衆の海を泳いできたように、ブロンソンも土方、料理人、ボクサー、水泳教師、沖仲仕、トラック運転手、映画界に入っては“殺され役”と、人生の大衆席にすわり続けてきた。


  ひと口にいえば、二人とも“セルフ・メイド・マン”である。学歴はないが、田中角栄もチャールズ・ブロンソンも“私の大学”を卒業している。田中が“私の大学”でなにを必須《ひつす》科目にしたかは、今日の彼の存在そのものを語ることになる。これは後で述べる。


  ただ、ひとつだけ先に紹介すると、彼らは人生を屈折した感情で歩きながら、心の中に、ひとつの“救い”を持っている。ブロンソンにあっては、それは「絵を描くこと」である。彼の妻のジル・アイアランドは、ブロンソンと結婚するまえまで、デビッド・マッカラムという、ブロンソンとは正反対の繊細なイメージをもつ俳優の妻だった。それがドイツのレストランでブロンソンに一目惚《ひとめぼ》れしたのは、一見ヒゲむじゃで汗臭そうな男に“かげり”を見たからであるという。


  わが“越後ブロンソン”が胸に秘めていたものは、小説である。彼は子どものときから“作家志願”で、高等小学校を卒業した年、新潮社の雑誌『日の出』の懸賞小説に応募、「三十年一日のごとし」という作品が佳作に入って、五円をせしめている。上京して土建屋の丁稚《でつち》小僧になってからも、昼は現場、夜は中央工学校という忙しさにもかかわらず、堂々二百枚の小説を書きあげて、同僚の入内島金一(信友商事取締役会長)に「読んで下さい」と渡している。


  いまでは、さすがに小説は書かないが、それでも軽い持病の「甲状腺機能亢進《こうしん》症」(バセドー氏病)の検査に東京逓信病院を訪れると、ベッドの枕元《まくらもと》に小説本を山のように積みあげ、いつまでも読んでいるそうだ。


  このような人間的な味が周囲の話題になるのは、ことほどさように、社会の視線が彼の存在に集っていることを意味していよう。

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Posted at 2018/03/22 17:49:19

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