2010年06月29日
【2009年08月31日のブログ再掲】
1964年
昭和39年ですね。
この年は東京オリンピックが開催された年。
この年までに日本は戦後復興で急成長の発展途上。
首都高速と東京モノレールも羽田空港へ伸び、国鉄は東海道新幹線が東京~新大阪間を一気に開業し、交流電化した北陸本線には481系が疾走を始め、山手線は103系が新鋭として活躍を始めた。
営団地下鉄は日比谷線全通と東西線高田馬場~竹橋間開業。
小田急ロマンスカーは名車NSEが前年デビューしたばかり。
都電杉並線はトップを切って前年廃止されたものの、都心にはまだまだ都電が全盛(衰退は昭和40年代に入って)。
そしてモータリゼーションの始まり時期であった。
名阪間の名神ハイウェイバスは国鉄バス(現:西日本JRバス・JR東海バス)・日本急行バス(のちに名古屋観光日急→現:名鉄観光バス)・日本高速自動車(現:名阪近鉄バス)の伝説的なデッドヒート開始。
本田技研はホンダS600を発売。二輪マーケットではジュノオがやや苦戦だったがドリーム・ベンリィ・カブなど既に数あるラインナップ。
富士重工はスバル360・サンバーと二輪のラビットS301・S601・S202などがラインナップ。
東洋工業(マツダ)はファミリアやキャロル360が好評販売中で、「夢のエンジン」であったロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツ(プロトタイプ)が完成したものの、まだまだK360やT2000などのオート三輪が人気でした。
鈴木自動車(スズキ)はスズライトフロンテが当たり前に市場に出回って「スズキ2ストサウンド」を知らしめました。
日野重工業(日野自動車)はコンテッサ1300が華麗な姿でデビューした頃か?
ダイハツ工業はまだまだ三輪商用車が幅を利かせつつ、大衆車コンパーノが市場に乗って来ていたのかな。
クルマのパワーヒート競争が起こるのは昭和40年代に入ってからだが、プリンス自動車は各社の先陣を切り、ボンネットを無理矢理延長してグロリアスーパー6用G7型直6SOHC&ウェーバーキャブレター×3基を搭載したスカイラインGT(翌年スカイライン2000GT-Bへ進化)をホモロゲーションモデルとして少数販売されている。
近代の象徴が数多く登場した昭和39年・・・ワテにとっては憧れの時代。
行ってみたい時代である。
…しかし
クーラーの効いた場所は図書館、ボウリング場、特急列車、喫茶店、映画館、デパートくらいなものだったのだろう…
風呂桶は良くてホーローバスで、概ね木枠タライ風呂が主流(ワテがモノ心ついた頃の団地は木枠タライ風呂桶でした)。
電車は関東ではまだまだ冷房なんか夢の話。それでも巷の電車の窓を開けて夜の風を感じたい。
テレビはモノクロが当たり前で、夜も11時過ぎれば終了…
個人商店が極当たり前。コンビニが無いから夜7時8時になんかになりゃ何も買えやしないだろう…
ジュース自販機がないんだよなぁ…
あ、缶ジュースなんてモンもない時代。
つうか、焼酎がメジャーじゃない時代じゃん…ワテ、ウイスキーなどの洋酒はあまり嗜みませんの事あるよ。。。缶ビールも無いジャン(泣)
ナイトクラブはあるがスナックなんてない時代…裕次郎の映画に出てくる店を想像する…
で、何で昭和39年に関するブログ?
新三菱重工業
現在の三菱自動車工業にあたる。
この年に戦後間もない昭和21年から製造してきた二輪車シリーズ
「シルバーピジョン」
の最後のラインナップを製造販売をしたのです。
銀の鳩…鳩は平和の象徴。
ラビットスクーターを製造していた富士重工業とライバルだった三菱はシルバーピジョンのスクーターを一貫して造っていた。だが折からこの6年前にデビューしたホンダのスーパーカブ人気。二輪界では数あるメーカーが二輪撤退か倒産し、この3年前(昭和36年)はに既に平野製作所(ヒラノポップマンリーというスクーターの製造会社で、現在ある同名会社とは無関係)が倒産した後も両社は徐々に販売不振となりつつあり、スクーターのカテゴリーでは既にラビットに軍配があがり気味ではあった。
むしろスクーターよりビジネスバイクの方が売れてる時代でした。
今で言うスクーターは昭和50年代中半デビューのタクトあたりにならなければ出現しませんでした(富士重工業ラビットは昭和44年撤退)。
三菱シルバーピジョンは4サイクルエンジンで造り続けていたが、最終型のC140型(125cc)とC240型(143cc)は2サイクル2気筒。
当時はおろか現在に通じるまでスクーターによる2サイクル2気筒のエンジンってのは非常に珍しいのです。
昭和40年、三菱は二輪車の生産から撤退したのでした。
ワテより7つも年上のシルバーピジョンC140型に恋をしてしまいました。
7つ上の美人さんの知り合いもいますが、C140には敵わな・・・
/(*_ロ_) ̄θ☆≡≡≡≡≡⊂⌒~⊃_▽_)⊃ひぃー!!
失礼しましま。 。 。
そんなこんなでね、
にゅむタンのラビット再生からにゅむタン一派のシルバーピジョン ゲール10&ラビットハイスーパーが次々と…
そんなこんながワテをそういった道へと手招きしてるんでしゅ____
当然ワテはこちらにも嵌る事でしょう。
シルバーピジョンは中途モデルはマツダの三輪トラックで有名な工業デザイナー・小杉次郎(二郎?)氏によるデザインだが、C140型・C240型の銀鳩は初代デボネアをデザインした元ゼネラル・モーターズのデザイナーであるハンス・ブレッツナーというお方が考案したアメリカナイズなスタイル。
したがって尻下がりが特徴だった歴代のシルバーピジョンとは全く異なり一線を画しています。そのラビットに一見似たスタイルだが全然違う、ワテは先々週くらいから「とっても女性的な美しい近代遺産」と思う今日この頃です。
また、同時期のラビットとも勝るとも劣らない存在・・・だとは思うんですが、結局人気はさほど出ずに終わってしまったようです。
短所として始動用キックがオプションであったため、多くの個体はキックペダルが付いておらずセルダイナモのみに依存していたため、バッテリーのトラブルで対処のしようがないのが一因のような..
自動遠心クラッチを採用しているから押し掛けは体力消耗した事でしょうね。
そもそも当時から現在に至ってもタマ数は少なく、143ccバージョンのC240を含めても滅多に市場には出てきません。
出てきても現状で20~30万以上の値が付くでしょうか。
三菱製二輪最後を飾ったモデル。
心の奥底に居ながら憧れでした…C140。
一瞬でも夢を見させてくれてありがとう。
Posted at 2010/06/29 02:19:31 | |
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2010年03月26日
Posted at 2010/03/26 19:29:14 | |
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2010年01月11日
2010年1月11日(月)
今日は成人の日という事で、成人になられた方々おめでとございます。
ワテは成人式というものに参加しなかったから今も「人並みに」しっかりしていないのかなぁ…
この前は久々にコスモを出動。職場で使用する割り箸とワテ部屋用の「たばこの消臭元」を買う為だけに・・・しかも徒歩で行けるビバホームへ^^;
いや~やっぱコスモは暖かくていいっすねぇ。バイクは楽しいけれど、やっぱ冬場は車が一番。
DREAM125のために周囲整頓という理由による所有原付一部譲渡作戦はまだ実行開始していませんが、そんなワテの中にいる悪い虫が何やら動き出しております。
まいった^^;

ホンダのベンリィCD125T
ってカッコいいッすね...N=Io(いい加減にせんか!)...orz
Posted at 2010/01/11 21:49:56 | |
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2009年12月22日
今月JRが発表した急行「能登」臨時化と特急「北陸」廃止。
3月の「はやぶさ」「富士」廃止から醒め切れぬ時期にまた二つの夜行列車が姿を消す事になった。
両者とも高崎線~上越線経由で上野~金沢を結んでいる。
「能登」も現段階では臨時化と明文していないが、何らかの形で快速として「ムーンライトえちご」用485系を使用するかも知れない。
「能登」はちょっと前までは赤羽・上尾・桶川・鴻巣などちまちま停車して夜の通勤輸送に貢献していた為、熊谷までの乗車率が100%越える事が多かった。
それら駅を通過としたため、一気に乗客が激減。
まぁ純粋に長距離を旅行する客にとっては迷惑な乗車であったとは思う。
「能登」は首都圏での間合い運用で「ホームライナー古河」と「ホームライナー鴻巣」でも活躍。
春「能登」に乗った時は熊谷~高崎間だったが、高崎でほぼみんな下車してしまい、あとは空気輸送っぽかった。
使用車種が昭和46年製造(ワテと同い年じゃん^^;)の489系ボンネットクハと貴重な「能登」ではあるが、現実的によくぞココまで頑張ってきたとは思う。
一方「北陸」は乗車時間の短い寝台特急だが、対北陸での早朝から行動が出来る貴重な列車。個室寝台も充実している。
よく大宮で見るが、乗車率は高いのでは…JRの見解と実情の格差が疑問だ。
14系寝台車も製造が昭和46年(初期ロッド)なので老朽化の観点もあるのか?
「能登」廃止はもう端から見ていて時間の問題と見ていたが、まさか「北陸」までいまここで廃止とは・・・
489系で上野~金沢間を乗り通した事は、かつてのL特急「白山」で碓氷峠を経由して経験しています。派手な塗装の頃でした。その際は金沢で停泊する事もなく、たしか特急「きらめき」(きらめき・かがやき塗装の485系でした)で米原に出て帰京したと記憶しています(白山に乗った事だけよく覚えており、その後どういう行動をとったのかは何故か全く覚えてません…)。
というわけで両列車をクローズアップした旅行を数回に分けて計画しようと思う。
雪の北陸、寒いけど風情があっていいかな。
普段もせっかく地元路線を運行する両列車なので記録に励もう!
金沢へ行くのなら富山にも行くと思うので、城端線や氷見線、大糸線、北陸鉄道や富山地方鉄道もついでに記録しようと思う。
・・・とは言うものの、両列車はよく日本海側や越後平野の豪雪による運休が多発するので根気が必要。
2月は500系のぞみも引退するのでそちらも忘れないようにしないと…
Posted at 2009/12/22 20:45:20 | |
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