2007年08月28日ブログ「いいかげんな遊び…① 富岳南麓「岳南」」と
2007年08月28日ブログ「Highland Railway…富士山麓」を統合編集して掲載したものです。
サムネイルはかつて岳南鉄道で活躍していた5000系。
在来旧型車の置換えを目的に東急から昭和56年に2両編成×4本=8両が譲渡。以後主力で活躍していたが平成8年に現役を引退。サムネのデハ5001+クハ5101は平成18年まで車籍を有していたが、車体腐食が著しくなり平成20年夏に解体されたという。引退後に長年留置していたなんて、富士市内のどこかに保存するつもりでとっておいたのだろうか?
富士急行(ふじきゅうこう)…山梨県富士吉田市に本社を置く山梨・静岡・神奈川・東京各都県内に4.000㎞もの路線延長を保有する路線バス(分社含む)を運行し、主力の都市間中・長距離高速バス(中央高速バスなど)の運行を主体とするものの、大月~河口湖にはヘロヘロした鉄道路線(大月線・河口湖線)も有する。有名な
富士急ハイランドは直系の連結子会社である。ぐりんぱ(旧:日本ランドHOWゆうえんち)とさがみ湖リゾート プレジャーフォレスト(旧:相模湖ピクニックランド)も富士急グループ。言ってみれば富士山周辺の交通・観光・レジャー・流通を大々的に統括している優良企業である。昭和36年までは富士山麓鉄道が社名だった。
「ヘロヘロ~」としたローカル私鉄ですが、朝晩はJR中央線との東京・高尾~河口湖の新鋭E233系による直通列車もあったり、普段も高尾から115系普通列車が乗り入れ、近年JRからパノラマエクスプレスアルプス用165系を購入して改装した
「フジサン特急」なる看板列車や、土休日はJRの新宿や大宮から183・189系による行楽快速列車が乗り入れて来てなかなか彩り多い鉄道なのです。
そんな13年前の夏、
にゅむタンも同行して富士急行の河口湖駅(山梨県南都留郡富士河口湖町
-みなみつるぐんふじかわぐちこまち-)を訪れた。

河口湖駅構内の車庫。
《撮影:ワテ》
ここに写る4本の電車の内左から2番目を除き既に存在していないのですね。と言うよりこの時点では出番無き予備車でした。
特に一番右の電車(3100形)は富士急が日本車輌製造に自社発注したオリジナル(昭和31年製)って事で人気がありましたが、ワテは一回も乗らずにこの翌年に引退しちまって…(遠めで走行してるとこなら…悔)
3100形は中央本線小淵沢~信濃境 間の旧線で保存されてるので見る事は可能。

別アングルの3100形(左)と5700形二次車(右。旧小田急2320形)。
《撮影:ワテ》
5700形二次車(2320形)は小田急デビューが昭和34年で、当時ロマンスカー大人気のあおりを受け補完列車「準特急」専用の二扉セミクロスシート車だった時代の名残で窓配置がアベコベです(写真では判り難いかな?)。
5700形は小田急時代のタイプ別に一次~三次車があった。富士急入りは昭和57~59年にかけて行われた。

これは元小田急2220形の5700形三次車。上記写真の日とは別にワテ一人で撮影探訪した時の写真。
《撮影:ワテ 富士急行大月線 田野倉~禾生 間》
この日の都留市は猛暑。何か帰途後にニュースで気温
38度近くまで上がったとの事…炎天下で無風。日陰もない…そんな中、田野倉(たのくら)駅から都留市(つるし)駅まで徒歩。ほんとは隣の禾生(かせい)駅へ行くつもりが間違って三駅も歩いてしまい・・・空腹感はやがて気持ち悪さに変わり、のどが渇くもなぜかジュース販売機が無く、「あった!」と思うも稼動していない古い自販機だったり…国道を行く車から滴るエアコンの水が疎ましかった(笑)
近年夏は連日熱中症に関するニュースやっていてこの時を思い出しました。
ワテも御多分に漏れずに日射病(熱中症)になりかけました…都留市駅で電車が来るまでベンチで吐き気があったくせに冷えたコーラを死に物狂いで飲み死んでました_orz都留市から乗った電車がギンギンに冷えた自社発注の5000形で、冷房車のありがたみを感じました。次の撮影地で富士山をバックに5700形を待っていたら来た電車が元京王5000系の1000系...余りの猛暑でファンサービスなんて言っている場合ではなくなったのか、車両交換してしまったようです…また死にました_orz...
富士急公式HPによると、現在主力の1000系一編成が上記5700形など同じ旧塗装に塗り替えられ「リバイバルカラー列車第1弾」として運転されている。また昭和20年代の富士山麓鉄道時代にあった塗装による「第二弾」も登場との事。
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岳南鉄道(がくなんてつどう)…富士急行グループの鉄道。全線が静岡県富士市を走っている純然たるローカル私鉄。JR貨物との間で現在も貨物輸送が行われている。以前はバス事業もあったが、富士急静岡バスにグループ内で経営移管している。職員が着用する制服は富士急行と統一しているので、言わば静岡県下の富士急路線的な存在。
社名の「岳南」は富士山の南麓(に及ばないものの真近に見える)を走る鉄道の意。
今から13年前の平成8年(1996)は富士急グループの電車が一気に車種交代をした頃でもあった。いずれも京王電鉄から譲渡された電車に統一された。
この日も
にゅむタンといいかげんなドライブ(目的も当ても無く彷徨うドライブ)同行で岳南鉄道の岳南江尾駅(がくなんえのお-静岡県富士市-)を訪れた。

岳南江尾駅の駅舎。無人駅である。便所が渋汚い(?)。
駅構内無断立入禁止とあるが、それでは利用客も立ち入れないのでは???=ホーム以外って事でしょうね^^
駅至近は東海道新幹線が通る。新幹線上りの左車窓からこの駅が一瞬だが見られる(付近は新幹線にとってはややきついカーブの為比較的緩い速度で通過している)。

同駅に留置中の5000系。引退後運用離脱して半年以上経過していたが、車体そのものの劣化はまだあまり感じられない。
《撮影:ワテ》

デジカメで写真を撮るにゅむタン氏。服装からすると97年の春だろうか?確かにまだ寒かった。ワテはまだこの時代はデジカメを持っていなかったので一眼レフのEOSで撮影。
《撮影:ワテ》

現在主力の7000形。
《撮影:ワテ》
京王井の頭線3000系の中間車デハ3100の両連結面に新設運転台を設置した1M電車だ。しかし新設運転台とは言いつつも「いにしえ」な面構えだ…愛称は
「新赤ガエル」らしい(笑。富士急公式HPにもそう書かれてる)…ど根性ガエルもそうだけど、「新」が付くと・・・「赤湯たんぽ」でいいじゃん?
ほかにも8000形
「がくちゃんかぐや富士」という朱色ではなく緑色の2両編成もある。愛称は沿線が竹取物語の発祥地だからとの事。「新赤ガエル」にちなんで
「富士青ガエルかぐや姫」では良くないのか?
そうこうしてると駅至近の踏切が鳴り始めた。
「あれ?時刻表通りじゃないぜ?」
遠めで何やら赤くない車体が小さく見えてきた。
「をーーーー!」
「にゅむタン!蛙だよっ!カエルっ!」
と思わず大声ではしゃいで口にしちまった。
なぜかにゅむタンは「何で?もう帰るの?」だってさ^^;
何と既に引退して運用が外れていたはずの「青ガエル」のお出まし!
《撮影:ワテ》
あまりに突然な出来事に慌てちゃって駅進入時の写真撮影を失念しちゃった。
さすがにワテ、驚愕。
何の運転で来たのか不明だった。
乗客0。試運転でも無さそう。乗務員の訓練?撮影?※
方向幕には「吉 原」の行き先が…
いずれにせよ偶然この駅に行きたくなって偶然が重なったのでした。
イベント用の復活青ガエル色のコレはおろか赤い5000系も定期運用から外れていたので本当に嬉しかった。
10分くらい停車していて、やがて「出発」の信号と同時に踏切がカンカン鳴り始めると発車ベルが鳴り、この復古「青ガエル」さんは静かなモーター音を奏でて新幹線を潜り吉原方面へユサユサ揺れながら走り去って行った。
《撮影:ワテ》
この時ばかりは何度思ったか「ホント~に来て良かったなぁ…」としみじみと。
撮影は全て岳南鉄道 岳南江尾駅にて
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※・・・今思えばこの突如5000系お出ましを考えると、この時点では5000系の一部は予備車扱いで廃車になっていなかったから車両の機器状態と性能維持のための試運転であるものと思われる。同様の措置は今はイベント用で残る名鉄7000系(パノラマカー)などで見られる。
そんな5000系も平成18年に(2006)に正式廃車となり、熊本電鉄で僅かに同僚を残すのみとなった中、昨年(平成20年)夏に惜しくも全車解体処分された。
現在富士急は自社発注の5000形が一編成のみ活躍しているが、両社とも京王の中古車が主力として活躍している。ちなみに小田急の中古が走る鉄道は現在は旧ロマンスカーHiSE10000形の長野電鉄1000系「ゆけむり」のみ。私見だが東急8500系を順次譲渡している秩父鉄道あたりに8500系なんかよりもよっぽど安定した性能の小田急5000形を一部譲渡して欲しいところだ=いや、見て乗ってワテの趣向が冴えると思っての事だけど、何か言ってる事変かな? 見てみたいぞよ秩父鉄道で21年振り復活・小田急車を!!
また改めて富士急の撮影なんかしたいなぁと思う今日この頃だ。何か115系は直通が無くなりそうな気がするので…
※富士急・岳南の電車呼称で「形」「系」とアベコベだが、岳南5000系だけは「系」呼称である模様。
関連情報URL :
http://www.fujikyu-railway.jp/forms/info/info.aspx?info_id=10039