
今年の7月でBoss302が来てから2年になるんだケド、忙しさにかこつけて、この車について調べたことを、ぜんぜんまとめられてコトに気が付いた。
色々な場所に一緒に出掛けて、コトあるたびにつぶやいてはいたケド、自分の場合は体系立てて整理してアウトプットしないと、やっぱり頭に定着しないので、ちょっとづつ書き始めてみようと思うの。
あくまで自分の頭の整理がメインだし、長文書くのも久しぶりだから、すごく読みにくいことは承知の上。 ごめんなさいね。
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うちのBoss302は、S197型マスタングの12~13MYで設定されたグレード。
すごくざっくりいうと、スーチャー付きのシェルビーGT500に対し
NAエンジンのままでエンジンとシャシーチューンを行ったのがBoss302。

当然これはざっくり過ぎで、もとは69~70MYで設定されてたホモロゲまで遡るんだケド
そこら辺は詳しい人がいっぱいいて、中途半端なコト書くと怒られそうだからパス。
ただ重要なのはBoss302の "302" って部分ね。 これは302inch^3で、つまり4949cc。
当時のSCCA トランザムシリーズの上限排気量が5Lだったことから、これをバチバチ狙った専用エンジンの排気量が302in^3だったことに由来する。
もともと06MYマスタングのレトロリバイバルって勝率不明の賭けだったから
エンジン回りは既存のモジュラー4.6Lを流用せざるを得なかった。
それは結果的に大成功するんだケド、それと同時にやってきたGMやクライスラーがピックアップ流用の6LクラスのV8を持ってきたから、動力性能的にフォードが追い込まれて、反撃の狼煙として本気のエンジン刷新をやったのが2011年。
この際のV8エンジン、コードネーム「コヨーテ」が最終的に排気量5Lになるんだけど、これがBoss302の排気量と被ったことから、単にベースグレードで反撃するだけじゃなくて、伝説のホモロゲモデルを復活させようって話になったのが、企画の始まり。
んで、当時のBoss302は、排気量が大きいクリーブランドエンジンをベースに、排気量ダウンと高回転化で馬力を出したエンジンだったから、当然新しいBoss302も高回転型NAになった。
そんなエンジンを今日は一回まとめてみようと思うの。
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Boss302の再来であるからには、エンジンは5Lのままチューンした高回転型としたい。
でもそうは言っても、話は単純にはいかない。
確かにベースになるコヨーテは、完全新規ヘッドを持つ当時の最新エンジン。
なので素性はかなり期待できるんだケド、問題はそのベースの出来が良すぎること。
というのもコヨーテはまだ販売まで2年ある2009年の時点で、エンジンベンチ上であっさり400馬力を叩き出してる。 つまりベースエンジンがやり切っちゃってるから、NAチューン縛りの中でパフォーマンスを伸ばすには、小手先の対策で済まなくなっちゃうのだ。
当時の企画チームも、そこは一度議論になったと残してる。 レースエンジンの手法でどんどん強烈なエンジンを作ることはできるけど、マスタングはあくまで量産車。どこまでやるのかという点が問題。
だからこそ "Boss302" っていう記号性が、大きな意味を持ってくることになるのね。
オリジナルの'69 Boss302はフォード自前のプロジェクト。
もともとスタイリングは最高だけど、中身は普通の凡庸セダンっていうのがマスタング。
それをレースカーに作り替えるプロセスを、シェルビーに頼らざるを得なかった (GT350) フォードが、4年経って、やっと自分自身の言語で世間に問うことができたのがBoss302。 つまりこれはリバイバルと当時に、シェルビーではない、「フォード」っていう看板が掛かったプロジェクトになる。
しかも21世紀の今回も隣にはシェルビーGT500が並ぶ。彼らはスーチャーを括り付けての400馬力オーバー。
そんな隣に並べられる以上、フォードの看板にかけて中途半端な性能では出せない。
そんな議論と勢いの結果、21世紀のBoss 302も Race car for street がコンセプトになった。
つまりNAで行けるところまで行くと。 きっちりレーシングエンジンの手法で回転馬力を取り切る、そういうエンジンを仕立てると腹をくくったのだ。
そんなエンジンにつけられたコードネームはRoad Runner。
ベースがワイリー・コヨーテなら、それより速いエンジンはもちろんロードランナーだから。
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そんなロードランナーの鍵として、ティム・ヴァグム率いるチームが最初に設定したのが
コヨーテを500rpm上回る7500rpmのレブリミット。
レブリミットを引き上げたのは、高回転で高出力を得るため。
でも当然ながら、単にレブリミットだけを引き上げても馬力はついてこない。
インマニの脈動点が合わなくて新気が入らない領域では、トルクはエンジンのフリクションで殺されちゃうからね。
だからチームが真っ先に手を付けたのはインテークマニフォールド。
管長を20mm短くすることで、吸気管脈動の同調点を5250rpmから6500rpmへ、6500rpmから7750rpmに持ち上げる。 ブランチ形状も、可能な限りスムーズにするため、コヨーテの曲がり形状からトンネルラムのような真っすぐに伸びるタイプに。
これで7500rpmまで空気がきっちり押し込まれるベースを作る。

中回転域ではピークトルクは5%ぐらい痩せるし、新規の投資となるからお金もかかる。
とうぜん営業側は反発するんだケド、ロードランナーチームには自信があった。
だから彼らが取った手段は、試作したインマニを付けた車両に主査のデイビッド・ペリカックを乗せること。 早い話がトップに直接訴えたのだ。
彼の結論は 「採用、これは手放せない」
中速域のトルク痩せは感じられないばかりか、高回転までリニアに伸びるようになったエンジンは完全に性格が変わっていたのね。 この判断が下されたのが2009年の5月で、これがロードランナーの性格を完全に決めることになる。
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で、インマニの特性は高回転側にシフトできた。
でも空気が燃焼室に入るには、ヘッド内部の吸気ポートを通る必要があるから、ポート含めたヘッド側の改修も必要。 7500rpmまで回す以上、ここも妥協できないポイント。
よくあるパターンは、ベースのヘッドに追加で機械加工をするパターンなのだけど
(手作業より精度と再現性が高いからね)
元が攻めてるコヨーテだけに、追加工で追い込む形になるとバランスが崩れる。
なので結果としてヘッドも、中子からロードランナー特注という専用品になった。
小さめの中子で機械加工の取り代を確保して、気筒間バラつきを抑えるために燃焼室をフル機械加工。 流試を確保するために吸排気ポート表面も機械加工ですべて撫でる。
レースエンジンと全く同じ工程を、量産エンジンで入れ込んできているのね。
これはコヨーテと実質的に同時期に開発していたからこそできる荒業。
ヘッドの冷却回路のアウトラインやバルブの挟み角、ヘッドボルト位置といった、鋳造や組立設備で要求されるジオメトリーを共通化しつつ、中子レベルでは変更を加えたうえで、Boss302側が必要とする変更はベースのコヨーテ側に入れ込んでおく。
こうやって必要な投資を最小限に抑えたことで、専用ヘッドを入れられるようになった。
さらにコヨーテとの同時開発は、ロードランナーチームがコヨーテ開発で培った経験値を即反映できることにも繋がる。 例えばポート形状においては、コヨーテ時代に詰め切れなかった細部をシミュレーションで一つ一つ詰めて、1馬力づつ拾い上げていくことができた。
また同じフォードの中で、場合によっては同じメンバーが設計しているってことは
当然、設計限界も手の内にあるってことにつながる。その典型的な例がバルブリフト量。
コヨーテチームは基礎設計時、将来を見越して13mmリフトまで許容する設計にした上で、12mmリフトを採用してたケド、これがさっそく使い切られることになった。
吸気バルブはφ37 12mmリフトそのままに、軽量な中空ステムに変更。
排気バルブは傘系を拡大したφ31.8mm、13mmリフトに変更。
増えたリフトとバルブ重量、そして何より上がったレブリミットに対応して、バルブスプリングも開弁力で8%強化して、巻き数を減らした専用品になった。
実はこれらの変更も、ヘッドを専用にして機械加工する、という判断があったからできた。
大きくなったバルブ傘径に対応する加工や、排気バルブシートのカッター角度変更 (40°→45°)、バルブスプリングシート部の強化なども、専用中子と加工プロファイルがあるからこそ。
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また、コヨーテより上限回転数を上げて馬力を上げるということは、それに呼応して耐久性も厳しくなるということ。 いくらRace car for streetといえど、フォードがナンバーを付けて売る市販車である以上、そこは守らないといけない最低条件だからね。
実はヘッドについては、同じアルミながら材料が変更されてる (A319→A356)。
これは上がった熱負荷の対策。 同時に燃焼室側については上がった筒内圧、カム室側については高いバルブスプリング反力への対応で、形状そのものも見直されてる。
回転数が厳しいのは腰下だって一緒。
筒内圧と熱負荷が上がったことで、真っ先にピストンは鋳造の限界を超えてしまって、マーレ製の鍛造ピストンへの変更が必要になった。 合わせてリングパックも高回転下でのリング挙動に配慮した専用品に変更。
また鍛造ピストンは鋳造より重い。 これによって往復部重量が増えるから、芋づる式にピストンピンやコンロッドも限界を超えることになる。 なのでピストンピンは負荷が厳しいGT500向けに作られた、肉厚かつ窒化処理済のピンに変更、コンロッドは同じ焼結ながら密度を上げた専用品へ。
ただこの鍛造ピストンは悪い面だけでなくて、高耐熱である点を活かすことでオイルジェットの廃止が可能になった。 これのおかげで、高回転化で通常は懸案になるオイルポンプ容量もキープできることに。
とはいえ7500rpm+高筒内圧で厳しくなるコンロッドメタルの耐久信頼性確保のため
指定オイルも5W-30鉱物油から、全合成の5W-50へ変更。 これは高回転化でのエアレーション防止にも一役買うからね。
そこにダメ押しで、コヨーテでは開発途中で廃止された水冷オイルクーラーを追加。
そして潤滑系の最後の〆として、サーキット走行に対応したバッフル形状への変更。
これらすべてが7500rpmをいつまでも踏み切れるための改良点。
こうして生まれたロードランナーは、中回転域でベースよりトルクは痩せるものの
代わりに高回転で圧倒的に伸びるトルク特性を達成できた。

7500rpmまできっちり回り切り、パワーピーク7400rpmで発生する出力は444馬力。
ベースエンジンを32馬力上回る、まさにRace engine for streetと言える逸品。
でもね、ここまでは、ある種当然のことをやったとも言えるの。
だってRace car for streetは何もフォードだけの専売特許でもないし、やっていることはレースエンジンでは当たり前の内容。 口が悪い言い方をすれば、これらはどのメーカーでも当たり前のようにできること。
だからこそ、自分がこのエンジンに心底ほれ込んだ理由はその先にあるの。
この先でフォードが仕込んだ2点の「遊び」こそが、このエンジンの鍵だと思うのね。
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ここまでの文章、実はチューニングカーでは定番の排気系の話が出てきてないのね。
これはコヨーテの排気系が詰め切っていて、Boss302でやれることが無かったから。
コヨーテの排気系の律速は触媒。
量産車である以上、たとえロードランナーだろうが排ガス規制の対策は必要。
だからベースの触媒が、既に暖気特性上離せる限界の位置にいたら、エキマニでやれることって限られるし、触媒で排気流量が絞られてたら、そこから先の配管を弄ったトコロで得られるものはない。
だから性能上は、Boss302の排気系はコヨーテ流用でいいハズ。
なのにロードランナーチームはそこにあえて手を付けてきたのだ。
彼らが追加したのは2本のサイドパイプ。触媒後のバランスパイプからサイドシルに排気。
つまりトータル4本出しの排気系。

上にも書いた通り、ベースの排気系は触媒が律速要因。 だから触媒後にパイプを増やしても馬力には全く寄与しないのに、チームがそこに手を付けた理由、それは 「音」
サイレンサーに入る前の未調音のV8サウンドを、ドライバーに近いサイドシルに出す。
これによって数値的な速さだけなく、アクセルの1mmにすら反応するエンジン音で
ドライバーの感情まで取り込んだ一体感を作りこむ。
鼻先にぶら下がってるV8は、単なるトルクアクチュエーターではなく、ドライバーが操る生き物じゃなきゃいけない。 たとえレースエンジンだとしても、その一点において、アメリカ人は絶対に外さないというコトを無言で伝えてくるハードウェア。
そんな彼らが仕込んだ遊びはこれに留まらないのね。
Boss302は附属する鍵のうち1本が、Red Keyと呼ばれる赤いラベルの鍵になってる。
これはこの鍵で始動することで、ECUのマップをトラックモードに切り替えるため。
それだけなら最近時の車のスポーツモードと一緒なんだケド、重要なのは 「鍵が違う」 ということ。

実はこのRed Key、車両購入時は通常の鍵と同じマップが読み込まれるようになってる。
その上で、購入後にFord Performanceから専用のキットを使ってマップを書き換えることで、アクティベートされる仕組み。
ロードランナーチームはこの「アフターマーケット品」であるコトを最大限に活かして
キャリブレーションを正真正銘のレースカーであるBoss302Rと同じにしてきたのだ。
その攻め方はハンパでなく、アクセルオフ時のトルクフィルター (エンジンシャクり防止で、DBWをゆっくり閉める制御) がゼロなのは序の口。 加速時の点火時期や空燃比も純正より明らかに攻めていて、排気音もエンジン音も違えば、吸気温が高いとライトノックまで聞こえてくるというレベル。
建前上こそ法規対応となっているけれど、本当に排ガス法規入ってる?と疑いたくなるレベルの尖ったキャリブなのだ。
それでいてレースカー用なので、アクセルに対する変なDBWのバカ開きはないし、アクセルを抜けばDBWがすぐ閉じる。 だから「そういう場所」で「そういう運転」をすると、待ちが一切ないNAエンジンならではの一体感を感じるコトができる。
まさにFord Racing謹製、V8を踏みさらすことを知っている、戦う車を知っている人間が作った、まさに本物のキャリブ。
それでいて、このキャリブにはLopey Idleなんて機能まで付いてきたりする。
これは昔のハイカムのキャブ車のような、ラフアイドルを再現する機能。
そう、インジェクションで安定した低回転アイドルができるのに、わざとインジェクターの噴射量を振って、ラフアイドルを作ってるのね。
一方で本気のレーシングキャリブを作りこみながら、もう一方で昔のキャブ車を再現する遊び要素を入れてくる。 そしてその音を確実にドライバーに感じさせるために、レーシングカーとしては死荷重のサイドパイプまでつけてくる。
真に走るためには何が重要で、どこが遊ぶところなのか。
これらすべてが 「車遊びとは何か?」 を理解している人間じゃないとできないこと。
昔のキャブ車がこういう音・振動をしていて、それがキャラクターとして味になることを解っている人間がいる。 そしてそういう良さみを、ちゃんと世代を超えて引き継いでいて、チーム全体で全力で莫迦を楽しんでる。
そんな中でも、最も重要な「エンジンを操って走らせる」という点では絶対に外してない
そんなレベルの高い仕事がエンジン全体からびんびん伝わってくるからこそ
自分はこの車に心底惚れ込んだのだ。