
いま私の手元にふたつのビデオがあります。
グッドウッド・リバイバル
グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード
①グッドウッド・リバイバル
世界中から、古くは1920~
1930年代~1970年代の、
我々の常識からすれば空調つきの展示室で余生を送っているはずのクルマが
広大な私有地(!)のサーキットで当時の細っこいタイアをズルズルスライドさせながら
マヂレースをやらかします。
時価数億円~10億円オーバーちゅう、
同じ重量の金塊のようなクルマばかりが
シケインでは振りっ返しなんぞ駆使して
グリップで限界走行でございます。
上空ではイギリスの英雄、
スピットファイア戦闘機やハリケーン戦闘機が飛び交います。
こちらのイベントのもう一つの特色は
ドライバーはもちろん、メカニック、ギャラリーまで、
それ相応のクラシカルな扮装を義務付けられており、
タイムスリップしてきたかのような不思議な気分に浸れることです。
②グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード
こちらは、ありとあらゆる年代のレーシングカーが、
これまた私有地の、カタルニアラリーのような狭い道で、
まぁ大概は全開走行のタイムアタックです。
F1から、WRC、やはりヒストリック年代から、
昨シーズンのほぼ最新マシン、果ては
今シーズンの次のグランプリに出走するマシンまで(ぉぃ)、
そして二輪も出走しまつ。
中のドライバーも現役バトン、グロンホルムから、
マソセル(髭がない&コースアウト)、ハッキネソ(太り気味)、
ワルデガルド、スチュワート、サーティース、モスまで
あらゆる年代の名ドライバーが集まります。
なぜか最新F1はギャラリー席の前で
ブラックマーク大会やバーンナウト大会を始めてみたりw
で、こっからは上手く語る筆を持たないのですが・・・
ひとつ言えるのは、これだけのイベントを
莫大な資金とマンパワーを投じて開いてしまう風土に、
【過去ナゾ役ニ立タナイ、ガラクタナゾ打チ捨テテシマエ】
【ソンナ事ヨリ未来ダ世界戦略ダ】
といったイマ風の合理主義とは一線を画す、
そんな何かがある事は疑いがないでしょう。
もし世界の全てがそんな合理主義で出来ていたならば、
吉野家のUの字テーブルどころではない殺伐さがこの世を覆い尽くし、
きっと初代ロードスターなんぞも書類の段階で消滅していたでしょう。
イギリスのすげぇなぁと思うのが、
クラシックカー、クラシックエアプレーン(!)
にとどまらず、歴史上の品物の豊富さ加減です。
そして、その態度は、無学な漏れが何とか解釈するに、
【現在は、必ず過去の上に成り立っているものであり、
その現在に生きる我々がないがしろにすべきモノではない】
そういった態度を読み取ることができます。
そして、正直、日本はまだ最低100年くらい
このへんではイギリスには勝てないなと。
『古きを温め、新しきを知る』という言葉も
わが国にはありますが、
彼らを見ていると、むしろ自然な態度として
それらを大事にしているように思えます。
何しろ、英国空軍には、
第二次大戦当時の航空機を数機保有し、
維持、飛行させるための部隊すらありますから!
”グローバリゼーション?格付け? 業界再編?
それもだいじだけどさ、”
”ほら、ベイビィ見ろよ、人生にはこんな楽しみもあるんだぜ。”

Posted at 2007/08/01 21:56:05 | |
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