今日初めてアニメのDVDを買ってしまった。
「映画 クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
「映画秘宝」や「BSアニメ夜話」で以前から絶賛されていたこの作品。
ようやく見ました。
「ルパン」を借りた宮崎駿の「カリ城」。
「パトレイバー」を借りた押井守の「劇場版パトレイバー」。
アニメの傑作・問題作はこの「軒先借りて・・・」パターンが多いと思うが、
この作品も「クレヨンしんちゃん」の設定を借りて、
原恵一監督の情念が爆発したと言われている。
これ、劇場で子供連れて大画面で見た場合、
親はどんな思いで劇場を後にしただろう。
子供たちは、しんちゃんの普段以上のギャグやアクションを見ながらも、
おびえていなかったのだろうか。
作品からも、そして、一緒に「いるはず」の親の様子からも。
2001年の作品だが、今見ても傑作、というか、
時がたてばたつほどこの作品の価値は高まるはず。
なぜならば敵役のケンに「20世紀は終わった」と言われてしまった時、
21世紀が深まるほどその言葉が重たくなるはずだからだ。
ヒロシ父ちゃんが我に帰ってからの敵とのやりとりが、
まったく今までに見たこともない展開。
あんな静謐な敵がいただろうか。
いや、あの「敵」はすべての大人たちを代表しているわけだから、
本当に子供向けギリギリの脚本だったと思う。
つーか、まったく子供向けではないのだが・・・。
見ながら、これは楳図作品へのオマージュなのでは?と思った。
「子供」と「オトナ」の関係をえぐりだした先人・巨人といえば、
楳図かずお。
繰り返しこのテーマにこだわっていた結果が「恐怖漫画」と呼ばれた。
劇中、親が突然豹変して子供に牙をむくシーンは、
『ママがこわい』
子供たちだけがサバイバルさながら餓えていくシーンは、
『漂流教室』
しんちゃんが東京タワーを駆け上るシーンは、
『わたしは真悟』!
塔から飛び降りようとしたケンとチャコのふたりは、
未来の「さとる」と「まりん」なのか?
この作品のキモである「懐かしいにおい」は、
万博の1970年の「時代のニオイ」なので、
ちょうどこの年に生まれて赤子だった自分にとっては、
正直、懐かしさを感じずらいのは否めないのだが、
ひろし側としんちゃん側のはざまにいる自分は、
どうこの作品と向き合えばいいのだろう。
絶賛することも無関心もよそえない、
宙ぶらりんになっている自分がいる。
この後世に残る名作に、
コサキンがゲストで登場してくれたのも嬉しい。
映画を愛する二人を引き合わせてくれた縁があったのだろう。
ちなみに今ならようつべで全部見れます。
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Posted at 2009/02/26 02:00:04 | |
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