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TT-romanのブログ一覧

2026年03月24日 イイね!

🏯城攻略〜三河国 沓掛城、七州城〜   

🏯城攻略〜三河国 沓掛城、七州城〜   まずは腹ごしらえです。
近くに飲食店もなさそうだしせっかくなので松平郷の中でいただきます。








天下茶屋
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やはり長寿のこの方にあやかって麦飯とろろをチョイス
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🌸🌸もチラホラ👍
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では次の目的地へ

沓掛城
築城年 応永年間(1394-1428)
築城者 近藤宗光
主な城主 近藤景春、簗田政綱
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この城が歴史上クローズアップされたのは桶狭間の戦いの際でしょう。
永禄3年(1560年)5月18日、今川義元は尾張侵攻のため、駿河より2万5千の大軍を率いて沓掛城に入城しました。
義元はこの城に宿泊し、義元は軍評定を開きました。
翌19日朝、義元は本隊を従え沓掛城を出発した。今川軍は本陣に向け出発しますが、その地がまさに織田信長との決戦の舞台となった運命の地「桶狭間」でした。
今川義元が最後の一夜を過ごした城となったわけです。

江戸中期の描かれたものなので今川義元が過ごした城とは違っていると思いますが・・・
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さらに現在はこんな感じになっています。
それなりに残っている感じではあります。
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現在駐車場となっているところと合わせて侍屋敷
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内堀・土塁
本丸の周りは堀と土塁でぐるりと囲まれています
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本丸
中央には井戸跡もあります。
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諏訪曲輪
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二の丸
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大手門
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慈光寺
内堀に隣接しており城域でした。
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コラボ撮影
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戦利品
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攻城時間:25分

つづいて今日最後の城へ
とその前にちょうど下道走行中に
ゾロ目番ゲット
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七州城
築城年 天明元年(1782)
築城者 内藤政苗
主な城主 内藤氏
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上州国安中城よりこの挙母の地に転封し藩主となった内藤政苗が、1756年より挙母城(桜城)の工事を行ったとされています。しかし、洪水の難を避けるため、築城半ばにして童子山に第2の挙母城(七州城)が築城されることとなりました。
現在は本丸跡が豊田市美術館の敷地と城跡公園として整備されており、櫓台の石垣が残っています。

隅櫓
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豊田市美術館
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コラボ撮影
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戦利品
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攻城時間:30分

初日歩数:13,936歩

それなりに歩きましたね。

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ひとっ風呂浴びたら出歩くのが面倒になったので隣のコンビニで弁当買って済ませました。

明日に備え早々に眠りにつきます。



Posted at 2026/03/30 19:32:06 | コメント(2) | トラックバック(0) | | 旅行/地域
2026年03月24日 イイね!

🏯山城攻略〜三河国 大給城、松平城〜 いざ、城愛の国・・・へ 

🏯山城攻略〜三河国 大給城、松平城〜 いざ、城愛の国・・・へ やっと暖かくなってきて攻城活動にもいいシーズンとなりました。
100名城攻城はあと沖縄を残すのみとなりましたので秋の首里城再建を待って攻城する予定でいます。
ということでしばらくは愛車で行ける範囲で攻城していこうと思っています。
まずは城と言えばやはり今、大河ドラマでアツいこの地でしょう。
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*黄色でマークしたところは今回含めて県内で攻城した城です。

愛知県(尾張・三河国)は戦国時代には2,000か所以上の城があったと言われているまさに🏯城大国であります。
この冊子に掲載されている60か所ほどだけでもまだ半分弱しか攻城できていませんのでまだまだ何回も訪問する予定です。
今回は西三河から尾張にかけての城を攻城します。

国指定史跡松平氏遺跡
高月院、松平氏館跡、松平城、大給城の4か所が遺跡として指定されています。


大給城
築城年 15世紀末
築城者 長坂新左衛門
主な城主 大給松平家
標高/比高 207/130m
国指定史跡
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国道301号からの曲がり口はわかりにくいから注意とみん友さんから指摘されていたのですが工事していたこともありしっかり見過ごしました。
駐車場は2カ所あり手前に停めてあとで気づきましたがあまり変わらないのでそのままに
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駐車場から200mほどで登城口
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登り始めて5分ほどで分岐点
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松平乗元墓所
この城で6代続く大給松平氏の始祖です。
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城域内に入ります。
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堀切
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虎口
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櫓台
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曲輪2
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分岐点、まずは主郭へ向かいます。
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主郭の石垣alt
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主郭
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この城は主郭部分がキレイに整備されており眺望が望めます。
西方面なので名古屋市内が見えているはずです。
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物見岩
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岩には四角い穴があいていますがいつ何のために開けられたのかは不明のようです。
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水の手曲輪
高さ5m、長さ25mの石垣が2段、まるでダムのように積まれています。
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水の手といわれるだけあって井戸もあります。
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攻城時間:50分(駐車場からの往復)

同じく国指定史跡松平氏遺跡に指定されている城へ

松平城
築城年 応永年間(1394-1427)
築城者 松平親氏
主な城主 松平郷松平家
標高/比高 300/64m
国指定史跡
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松平郷入口の駐車場に停めて
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3分ほどで登城口です。
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主郭まで180m
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曲輪2
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主郭
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曲輪3
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曲輪4
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櫓台
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攻城時間:25分(駐車場からの往復)

せっかくなのでお参りもすべく近くですが車を移動して
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駐車場にあった案内板
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松平東照宮
こちらは親氏の居館としての松平氏館の跡地に建立されました。
先ほどの松平城は詰めの城になります。
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ご住職より天井画はスマホを床に置いて撮るとキレイに撮れますよとのことで・・・
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ちなみに題材は松平郷の自然の草花とのことです。
こちらは2015年に徳川家康公四百年祭記念大会のメモリアル事業として描かれたものです。
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ご住職から自撮りも撮ってくださいとのことだったので・・・
LINEではらぺこ星人に送ると表情が硬いとのコメント(笑)
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松平郷館
徳川将軍家の祖先、松平家に関する資料館ですが撮影禁止です。
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家康公産湯の井戸
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松平親氏公像alt

室町塀
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冠木門
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をくぐってランチですが・・・
上限の30,000文字を超えてしまったので続きは次のブログで

戦利品
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Posted at 2026/03/28 19:09:01 | コメント(3) | トラックバック(0) | | 旅行/地域
2026年03月14日 イイね!

🏯城攻略〜安芸国 新高山城、広島城〜 2回目攻城 

🏯城攻略〜安芸国 新高山城、広島城〜 2回目攻城 「ニイタカヤマノボレ」
連合艦隊司令部が機動部隊に対して発した真珠湾への攻撃命令(暗号)として有名なこの暗号同じ新高山ですがこの暗号の「ニイタカヤマ」は日本統治時の台湾の玉山のことです。
ちなみに玉山は標高3,952mなのでとてもとても登れません💦

山城攻城はこれからの季節は暑く💦、虫🦟も多くなるので今のうちがベストです。

新高山
続日本100名城No.173
2回目
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こちらも詳細ご希望の方は前回(2023年07月27日)攻城時の下記ブログご覧ください。
🏯城攻略〜安芸国 新高山城、広島城〜 毛利氏の城たち

標高197mで比高もほぼ同じです。頂上まで1,000mですが岩山なので滑って結構登りにくいのを思い出しました💦
先ほどの資料館のジオラマのこれは誇張していますがかなり急峻な山です。
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中の丸(二の丸)
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本丸
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この先にある詰めの丸から眺望が楽しめます。
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この音声説明機も珍しいですね。
ちなみに向いの山が高山城です。
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駐車場から1,000m、標高196m、比高186m、約30分の山登りですが急斜面のため最近運動不足なので結構腿にききました。
それと昨日とは打って変わって15℃くらいあったのでシャツ一枚でも汗💦をかきました。

続いては今回広島遠征のきっかけとなった城へ

広島城
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日本100名城No.73
2回目

広島城は天正17年(1589)、中国地方の大半を領有していた毛利輝元によって水陸交通の便のよいこの地に築城が開始されました。
この時、石垣や堀、天守閣等の建物、城下町を含む大規模な工事が行われました。
毛利氏は関ヶ原合戦の後移封されますが、江戸時代には福島正則、浅野長晟以下浅野氏12代の居城となりました。
明治時代以降も天守閣やいくつかの建物は残されましたが、原爆によりすべての建物が全壊しました。
天守閣は昭和33年(1958)に再建され、資料や模型等で広島の歴史を紹介する博物館となっており、年間6本程度の企画展や、様々な普及事業を行っています。
平成6年(1994年)には平櫓、多聞櫓、太鼓櫓が完成、本来の二の丸の姿がこれにより蘇りました。(ひろしま公式観光サイトより)

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前回3年前の夏に攻城した際、攻城前に駐車場難民となりましたが今回も広島市中央駐車場は満車で長蛇の列、断念して少し離れた広島県庁外来駐車場に駐車💦

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太鼓櫓
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毛利輝元公像
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二の丸表御門・平櫓
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三の丸歴史館新築工事中
3/22で閉城となる天守内の展示物をこちらに移すための工事とのことです。
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二の丸
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中御門
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前回は気が付かなかったですが原爆の影響がここにも
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天守閣
3月22日で閉城となりますが建物そのものはそのまま残ります。
閉城前の土曜とあって入城待ちの長蛇の列ができ15分くらいかかりました。
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好物のジオラマ
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まずは最上階へ
広島城天守はエレベーターがありませんので5階まで階段です。
先ほどの新高山城の山登りが効いて二人とも腿が上がりません💦
やっとたどり着いての眺望
眼下に入城待ちの列は続いています。
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そしてこちらは記念メダル購入にも列が・・・
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天守ジオラマ
非常にレベルが高い作品です。
数々の城プラモデルを制作している造形師?のアクアファンの目をくぎ付けです。
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現在の天守は三代目で昭和33年の広島復興大博覧会の会場として再建されたものです。
最上階の5層だけが木造というものでした。
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東小天守跡
当時は大天守と小天守が連結されていました。
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二代目城主の福島正則減転封のきっかけとなった石垣
やはり将軍家にとっては正則は目の上のたん瘤だったのかもですね。
「豊臣兄弟!」ではまだ未登場ですが誰が演じるか楽しみです。
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裏御門
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戦利品
閉城記念のものでこれはゲットです。
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外回りがまだでしたが翌日仕事もあるのでアクアファンさんを残し、私はここで失礼して帰路につきました。
帰りに福山SAで尾道ラーメン
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約600kmの広島攻城の旅でした。
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ガソリン高騰の折ですが次回は大河「豊臣兄弟!」でホットな県へGo!






















Posted at 2026/03/21 16:14:45 | コメント(4) | トラックバック(0) | | 旅行/地域
2026年03月14日 イイね!

🏯城攻略〜備後国 福山城・三原城 〜 2回目の攻城へ

🏯城攻略〜備後国 福山城・三原城 〜 2回目の攻城へ今回はみん友のアクアファンさん(下記写真)が中国地方広島へ攻城されるということなのでお供しました。
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私の100名城、続100名城の旅ははらぺこ星人さんとはほぼ同行し、あと沖縄を残すのみとなりました。
アクアファンさんは途中からの参加だったのでまだ少し残っており、中国地方もそのひとつです。
私は2023年に攻城したのですが今回再攻城を後押ししたのはこれです。

広島城天守閣閉城
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広島市HPでは下記のようにコメントしています。
「広島城天守は、現在のところ、解体の予定はありません。天守の外観は、引き続き鑑賞できます。
広島市では、現在、広島城天守の復元等に関する検討・調査を行っています。現在は基礎的な検討・調査を行っている段階で、今後、さらに専門的な検討・調査を行っていきます。その結果を踏まえて、方針を決定していく予定です。」

正直それまでは天守内部の展示もそれほど特別感はなく、再攻城の予定はなかったのですが閉城となると話は別です。
仮に復元となったとしてもおそらく私の(健康)寿命内では難しいと思われますので見ておかないとです。

ただ広島城攻城は今回の旅では一番最後だったので順にブログ作成します。
今回は連休を取っていなかったので仕事終了後に現地まで移動、前泊しての攻城というパターンです。
比較的近場ならこのパターンもありと思い、疲労度などを試してみます。

福山城
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日本100名城No.71
2回目攻城

詳細ご興味ある方は下記2023年07月26日攻城時のものをご参照ください。
🏯城攻略〜備後国 福山城〜 西国鎮衛、鉄板張りの名城

福山城博物館駐車場で集合です。
天守は9時開門なのでそれまでに周辺を散策します。
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なんといっても見どころは天守北側の鉄板張りです。
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東坂三階櫓から東上り楯御門・鏡櫓・月見櫓を望む
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御湯殿
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右から筋鉄御門・鐘櫓・伏見櫓
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伏見櫓
名前の通り伏見城から移築されてたもの
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筋鉄御門
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焼けた石垣
福山空襲の際の焼夷弾により高温にさらされ角が丸くなったとのこと
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人質櫓・天守
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では9時開門の天守に向かいます。
実はこの少し前に今回当初は広島城で落ち合う予定でしたがいろんな予定変更で今回合流を見送りしていたみん友、はらぺこ星人さんとばったり出会いました。
お互い「似たような城好きのおっさんがおるな~」と思っていたとのこと(笑)
世間は狭いです👍
ということで天守内は合流して3人での攻城です。

天守閣
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天守閣内はほとんど📷撮影禁止🚫です。
なので最上階からの眺望
下記の地図のようにJR福山駅はちょうど内堀の上に建っています。
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火灯窓
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北側壁面の鉄板(再現)
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本丸・伏見御殿
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ここで鞆の浦へ向かうはらぺこ星人さんとはお別れして我々は西へ向かいます。

戦利品
前回購入したものと違うデザインだったので購入
城カードは前回は無かったと・・・
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次も城跡に駅ができた城です。

三原城
日本100名城No.71
2回目攻城
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現在は駅に面していますが当時は海に面していました。

ここも前回2023年に攻城済みですが前回には休館中だったところへ・・・

三原市歴史民俗資料館
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*写真は借り物

入場無料で小早川隆景や三原城、新高山城などの展示があり楽しめました。
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これ結構好きです👍
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本丸大広間杉戸
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どこかでみたことがある絵面ですが・・・
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これも面白い、200年前の葵の御門お菓子
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ではここに無料駐車できるので徒歩(7分)で三原城に向かいます。

現在は天守台と堀が残っているだけです。
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天守台に登るには本丸跡にあるJR三原駅構内からしかいけません。
これはこれで凄い👍
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駅の改札内にも展示があります。
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では次はさらに西へ安芸国の山城へ

















Posted at 2026/03/18 17:16:09 | コメント(5) | トラックバック(0) | | 旅行/地域
2026年02月04日 イイね!

🏯城攻略〜淡路国 志知城・叶堂城・湊城 〜

🏯城攻略〜淡路国 志知城・叶堂城・湊城 〜ランチは攻城時間が読めない中でいくつか候補を用意していました。
その中から先日テレビ番組で淡路島に別荘を持つメッセンジャー黒田が紹介したお店へ





淡路島ラーメン東大
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徳島ラーメンの店ですが大阪、兵庫などにも進出しているようです。
その中で淡路島ラーメンはこの店だけです。
おろし玉ねぎとこがし鯛油が特徴です。
また生卵、フライドオニオンは無料となっているのもうれしいです。

南あわじ市にはかなり城があり、それぞれ御城印も作成しています。
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志知城
築城年 鎌倉時代初期
築城者 菅道忠
主な城主 菅氏、野口氏、加藤嘉明
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淡路西浦の近いことから南北朝期の頃から水軍の基地であったようです。
秀吉の時代の九州攻め、小田原攻め、朝鮮出兵時にもここから水軍が出陣しています。

スーパーマルナカの向いにある無料駐車場はなんか事務所みたいなところで間違いないか何度も看板を確認しました。
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一段高くなったところが本丸です。
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二の丸
二の丸の周囲は内堀であったようです。
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裏門
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本丸
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太閤石
結構全国各地にありますが淡路島攻略は秀吉の命を受けた秀長を総大将に黒田官兵衛、仙石秀久など武将が攻略し、
秀吉本人が淡路に来たことあったっけと思いましたがあったんでしょうね。
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二の丸
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戦利品
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続いては10分ほどの距離にある志知城に関連した城です。

叶堂城
築城年 慶長5年(1600)
築城者 石川光之
主な城主 石川氏
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叶堂城は石川紀伊守光之によって築かれた城です。志知城主・加藤嘉明が伊予正木城へ移封になり、豊臣家の直轄領になった際に代官として派遣された石川氏が志知城に代わる水軍基地として築かれました。
現在城跡には感応寺となっています。
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叶堂城の石垣を使用して穴太衆伝承者が復元したもの
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城跡碑は感応寺から少し離れた御原橋近くの川沿いに設置されています。
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戦利品
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最後はすぐ近くの城です。

湊城
築城年 戦国時代中頃
築城者 安宅氏
主な城主 安宅氏
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築城年代は定かではないが安宅氏によって築かれたと言われています。 淡路安宅衆の一人湊安宅氏の居城とのことです。
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堀と思われます。
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この先は立ち入り禁止なので中には入れずよくわかりませんが周辺には土塁と思われる盛り土があります。
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戦利品
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その他戦利品
ちょうど湊城の手前で11万キロのキリ番ゲットしました。
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前回10万キロキリ番から2年2か月かかって1万キロ走行です。
最近はあまり自走での遠出が出来ていませんでした。
100、続100名城は残すところ沖縄だけなのでそれ以外のいい城をクルマもドライバーも元気なうちに頑張って巡りたいと思います。













Posted at 2026/02/08 17:00:38 | コメント(3) | トラックバック(0) | | 旅行/地域

プロフィール

「@はらペコ星人 さん、国指定天然記念物オオムラザクラはどうでしたか? 去年はまだほとんどつぼみでしたが・・・」
何シテル?   03/31 16:16
TT-romanです。よろしくお願いします。 2003年、初代Audi TTクーペ(8N)の丸尻ラインに一目惚れし、新車購入して13年間10万キロのりまし...
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