• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

TT-romanのブログ一覧

2026年05月13日 イイね!

🏯山城攻略〜遠江国 井伊谷城、佐久城、三河国 宇利城〜 東海遠征2日目第1弾

🏯山城攻略〜遠江国 井伊谷城、佐久城、三河国 宇利城〜 東海遠征2日目第1弾東海遠征2日目(5月13日)です。
前日の名店での鰻で元気もりもりです。
ただ天気予報では曇りのち時々雨、雷雨もしくは雹と大荒れの可能性もありです。
天気はしかたないのでその時は変更です。
今回は自走での攻城かつ比較的近場なのでどうとでもなります。

初日早起きの甲斐あり、2日目の最初攻城予定の久野城を繰り上げて攻城できましたので2日目も少し予定変更して近場で追加攻城しました。

井伊谷城(いいのや)
築城年 万寿9年(1032)
築城者 井伊共保
主な城主 井伊氏
alt

私の中では井伊といえば徳川四天王井伊直政ですが
大河ドラマ『おんな城主 直虎』でも有名です。
alt

私はリアルタイムでは見ていませんが機会があれば見てみたいと思います。
ただしWikiでは下記のように異説もあると解説しています。

『井伊 直虎(いい なおとら)は、戦国時代後期の遠江井伊谷の領主。
「直虎」という署名のある文書は一通しか存在しないが、通説では、江戸時代中期に作成された『井伊家伝記』において、女性ながら井伊家当主になったとされる井伊直盛の娘・次郎法師(じろうほうし)と同一人物とされる。次郎法師は井伊直親と婚約したが生涯未婚で、直親の遺児で後の徳川四天王・井伊直政の養母になったといわれる。
なお、通説は上記の通りだが、直虎の出自や性別、直虎と次郎法師が同一人物か否かについては歴史家・研究者によって意見が分かれている。』

私としては夢のある通説を取りたいと思いつつ攻城です。

alt
alt

大河ドラマの効果で城山公園として整備されており、手すり付きで舗装もされた登城道
alt

途中お休み処もあり眺望も楽しめます。
alt
alt
alt

虎口(大手口)
alt

本丸
alt
alt
alt

御所の丸
本丸の中で一段高いところにあります。
1337年、井伊道政は、後醍醐天皇の皇子である宗良親王が井伊谷を訪れた際に、この場所に御所の丸を造り迎入れたと言われているそうです。
alt

井の宮石陵
これは何か説明がないので不明です。
ネットで調べてもわかりませんでした。
alt

標高114mですが樹木も伐採されておりなかなかの眺望です。
alt
alt

虎口(搦手口)
alt

駐車した地域遺産センターに城ジオラマなどの展示があるのですが展示物更新のため臨時休館でした。
今回はこのパターンが多いです(笑)
ただ臨時窓口のインターホンで頼んで資料だけはいただけました(感謝)
alt
alt
alt

攻城時間:30分

戦利品
alt

続いては浜名湖のほとり、東急リゾートタウンの中の城へ
珍しい城跡パターンです。
alt
alt

このヴィラの左側の森が城跡です。
alt

佐久城
築城年 貞和4年/正平3年(1348)
築城者 浜名清政
主な城主 浜名氏、本多信俊
alt

登城口から入るとリゾート感から一変してなかなかの雰囲気です。
alt
alt

土塁、堀
alt

馬出
alt
alt

土橋
alt

堀切
見事な堀切、竹林、木漏れ日、そしてその向こうにはリゾートが・・・
いい絵です👍
alt

虎口
alt
alt

雑兵長屋跡
alt

本丸
ちょっと草ぼうぼうでしたが
alt
alt
alt

土塁
alt
alt

コラボ撮影📷
alt

攻城時間:15分

小ぶりではありましたが見事に土の遺構が残りいい城でした👍

ここからは三河国(愛知県)に入ります。

宇利城
築城年 文明年間(1469年~1487年)
築城者 熊谷重実
主な城主 熊谷重実、熊谷実長、近藤満用、近藤信用
alt

駐車場から田んぼの脇を進みます。
alt
alt

看板も無く道も草だらけなのでちょっと不安になりつつ進みます。
alt

で、山道に入ります。
alt
alt

松平右京亮戦死跡・墓
松平清康の叔父で宇利の戦いで戦死しました。
alt
alt

石垣もありました。
alt

姫御殿・石垣
御殿には虎ロープが張られており入れませんでした。
alt
alt

本丸
alt
alt
alt

納所平?と思われる曲輪ですがそこへ行く道が見当たりません。
alt

御馬屋平への道も途中までトライしましたが道筋もはっきりしないので断念しました。
alt
alt
alt

攻城時間:45分

戦利品
alt

昨日はランチ難民になりましたので今日は早めにランチです。
ランチの店のすぐ近くにはらぺこ星人さんが見つけた・・・

長篠城弾正門(移築)
現桃牛寺山門alt
alt

農家カフェ&酒処こごみにてランチ
alt

今後の攻城計画の打ち合わせです。
攻城予定先も山城が結構多くなり、お互いの体力、クマ出没状況、猛暑対策など課題は多いです。
とりあえず6月は滋賀県を日帰り攻城の予定です。

ここで今回お付き合いいただいたはらぺこ星人さんとお別れして単独攻城となります。
今回もお忙しいところありがとうございました。

文字数オーバーしたのでこの後は第2弾に続きます。


Posted at 2026/05/27 12:51:13 | コメント(1) | トラックバック(0) | | 旅行/地域
2026年05月12日 イイね!

🏯山城攻略〜遠江国 勝間田城、久野城〜 東海遠征1日目第2弾

 🏯山城攻略〜遠江国 勝間田城、久野城〜 東海遠征1日目第2弾東海地方遠征初日第2弾、西へと移動してはらぺこ星人さんお勧めの遠江国(牧之原市)の山城へ

勝間田城
築城年 応永年間(1394年〜1428年)
築城者 勝間田氏
主な城主 勝間田氏
alt

鎌倉時代には御家人、室町時代には奉公衆として活躍していた勝間田氏により築城されましたが文明8年(1476)今川氏により落城し廃城となりました。
なので戦国期以前の城がそのまま残っていると言われています。
alt

山城ではありますが周辺の木々が伐採され整備されており、無料駐車場、キレイなトイレとパンフレット(下記)も常備されています。
こういうのは非常にありがたいです。
alt
alt

二重堀切
いきなりピンボケですみません💦
alt

城域に入ります。
alt

馬洗場(水場)
alt

三の曲輪
alt

土塁
alt

二の曲輪
alt

復元礎石建物
alt
alt

堀切
alt

東尾根曲輪
alt
alt

東尾根堀切
写真ではわかりにくいですが5重の堀切になっています。
alt

眺望(東尾根曲輪より)
快晴なら右端の方に富士山(前述パンフレット写真)が見えるそうです。
alt

北尾根曲輪
alt

本曲輪
alt
alt
alt
alt

土塁
alt

堀切
alt

南曲輪と土塁
alt
alt

攻城時間:30分

戦利品
alt

初日最後は袋井市の城です。
こちらは平山城(丘城)なのでらくちんです。

久野城
築城年 明応年間(1492年〜15601年)
築城者 久野宗隆
主な城主 久野氏、松下氏、北条氏重
alt

城と関係ない話ですが築城者の名前、宗隆どこかで見たと思ったらメジャーでブレイクしている村上(神)様と同じ名前、漢字ですね👍
alt

整備された駐車場に停めて攻城です。
alt
alt

北の丸
alt

横堀と大土塁
alt
alt

三の丸
alt
alt

二の丸
alt

高見
alt

本丸
いつも思うのですがせめて本丸だけでも樹木を伐採して見晴らしを良くしてほしいと思います。
まあ費用のかかることなので仕方ない面はありますが・・・
alt


南の丸
alt

大手口の方へ移動して
alt
alt
alt

東の丸
alt

攻城時間:25分

コラボ撮影
alt

御城印もありますが購入場所の閉館時間を間違えてギリアウト💦
まあ100名城ではないので絶対欲しいわけではないのでOKです。

浜松まで移動して宿泊ですが今回ははらぺこ星人さんと相談してせっかくなので夕食は私としては豪勢に地元の名店で
alt
alt
alt
alt

関西人なので関西風の方が好みですが久しぶりにおいしい鰻を頂きました。
たまには贅沢して地域の名産品を食べるのもアリです。

2日目に続きます。

Posted at 2026/05/20 19:31:22 | コメント(2) | トラックバック(0) | | 旅行/地域
2026年05月12日 イイね!

🏯山城攻略〜駿河国 蒲原城、丸子城〜 東海道五十三次の山城たち

🏯山城攻略〜駿河国 蒲原城、丸子城〜 東海道五十三次の山城たち昨年11月以来の駿河国(静岡県)遠征です。
静岡県は私の好きな戦国期に北条、今川、武田、徳川とオールスター武将が競い合った地であり数々の合戦があり、城が築かれましたので興味が尽きません。
ただ自走するには静岡県は東西に長く今回は片道400km弱と私にとっては限界エリアです(笑)
前回は単独でしたが、今回は頼もしいお供、はらぺこ星人さんとの攻城なので精神的に助かりました。

計画では無理せず6時出発としていましたが例によって早く目が覚めたので給油して5時前に出発です。
alt
alt

流石に空いていたので京都も通勤前に通過でき最初の休憩です。
alt

ここでクルマ🏎を乗り換えてかっ飛ばします(笑)
alt

道中静岡SAではらぺこ星人さんと合流しました。

今回最初の攻城ははらぺこ星人さんのお勧めで蒲原城へ

蒲原と言えば、蒲原宿(かんばらしゅく)、東海道五十三次の15番目の宿場であります。
そして東海道五十三次といえば歌川広重の浮世絵です。(しょうもないことですが昔「安藤広重」と習ったような記憶が・・・)
alt

さらに永谷園のお茶漬け海苔のおまけです(笑)
と思ってHPを見てみると今でもやってるんですね。
少年時代には一袋に必ず1枚カードが入っており集めてました。
alt

では本題に戻り・・・

蒲原城
築城年 室町時代前期
築城者 今川氏
主な城主 今川氏、北条新三郎、武田氏
alt
alt
alt

標高149 m、比高90 mとのことですが駐車場からはそんなに高さは無く10分ほどで本曲輪に到着です。

本郭南曲輪
alt
alt
alt

結構広い曲輪の端に建物がありましたがこれらは案内板などなく、なんなのか不明です。
大きな方は樹木伐採の作業の方の休憩所かもしれません。
alt
alt

本郭は以上ですが事前情報によるとここには逆茂木を復元したものがあるそうですが見当たりませんが下山途中にそれらしきものを発見。
どうやらこの草むらを抜けていくようです。
alt

善福寺曲輪(北曲輪)
ここは当時のイメージを再現すべく逆茂木、櫓、柵などいろいろ整備、復元してあります。
こういうのは大好きです。
alt
alt
alt

逆茂木(復元)
alt
alt

物見台(復元)
一応のぼれますが木が邪魔でほとんど見えません(笑)
alt
alt
alt

別のところからは絶景が見えるのに残念・・・
alt

よく見れば本郭とこの善福寺曲輪との間に堀切もありました。
alt

さらに下っていくと登りでは見過ごしていた好物が・・・

石垣
alt

腰曲輪
alt

大空堀
alt
alt

攻城時間:35分

麓の宿場町で戦利品を

旅籠「和泉屋」
alt
alt
alt
alt

戦利品
alt


続いて西へ向かい、ここも宿場町にある城です。
丸子宿(まりこじゅく)は、東海道五十三次の20番目の宿場で鞠子宿とも書きます。
alt

丸子城(まりこじょう)
築城年 応永年間(1394年〜1428年
築城者 斎藤安元
主な城主 山県昌景、屋代勝永
alt

こちらも今川、武田、徳川と支配が移り変わっています。
城主の中に武田四天王最強 赤備え山県昌景の名がありますので武田流築城術が見られます。
alt
alt

登城口からは一応ハイキングコースにもなっていますが途中急な坂もあるとのことです。
標高140m、比高100mとそんなには高くはありませんが・・・
alt
alt

静岡県も山間部は結構🐻クマも出没しているみたいですがここはイノシシ🐗注意のようです。
この階段みたいなのを超えるために腿上げしないといけないので、できるだけ両端を歩いたのですが結構腿がパンパンになりました💦
alt

10分ほど登ると城域に入ったようです。
alt

丸子稲荷神社
alt
alt

外曲輪(駐屯地)
alt

土橋
alt
alt

大手曲輪
alt
alt

竪堀
alt

北曲輪
alt

土塁
alt

横堀ラインと堡塁
alt
alt

二の曲輪
こちらからはすばらしい眺望👍
alt
alt
alt

堀切
alt

枡形虎口
alt

本曲輪
alt
alt

土塁
alt

馬出曲輪
alt
alt

堀切
alt

喰い違い虎口
alt

平虎口
alt

さすが武田築城術の城、石垣ははありませんが見事な土の城です👍。
ただ前述の縄張り図を見ると三日月堀などもあるようですが残念ながら確認できませんでした。

攻城時間:1時間

御城印もあるのですが残念ながら販売場所の駿府の工房匠宿は定休日でした。
SNS情報では月曜日だったのですがやはり公式HPなどでチェックしないとダメですね。
ということでここで食事も取るつもりだったのですが他をあたります。
地元の名品ということで桜えびのかき揚げ丼を探したのですがらランチ時間が終わっていたり定休日だったりで結局吉野家となりました💦
夕食はちょっと贅沢をするのでここは良しとしましょう。

朝早く出発できたのと日も長くなったのであと二か所を訪問しますが長文になったので別ブログとします。



Posted at 2026/05/20 13:35:23 | コメント(4) | トラックバック(0) | | 旅行/地域
2026年04月22日 イイね!

史跡巡り~飛鳥編~ もうすぐ世界遺産 其の弐

史跡巡り~飛鳥編~ もうすぐ世界遺産 其の弐特別史跡石舞台古墳
蘇我馬子の墓説が有力とのことですが、研究が進んで明確になる日が来るといいと思います。
alt
alt
alt
alt
alt

こちらは有名なのでやたら案内板が多いです。
alt
alt
alt

復元石棺
alt
alt

盛り土が失われていますが当時は方墳だったとのことで、周囲が堀のようになっており城跡に見えなくもないですね。
alt

戦利品
alt

酒船石遺跡
alt

亀形石造物
こちらは平成12年の発掘調査で発見された比較的新しい遺跡です。
alt

亀形石造物はもちろんこの敷石も当時のものだそうです。
ちなみに周辺の石積みのように見えるのは残念ながら土嚢です(笑)
alt
alt

ここで失敗💦 丘の上にある酒船石を見逃しましたので借物写真でm(__)m
alt

これは手塚治虫作「三つ目がとおる」にも登場していたのを思い出しました。
alt

すぐ隣の
万葉文化館・飛鳥池工房遺跡
alt

alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt

このすぐ裏手にある
飛鳥寺
588年蘇我馬子が建立した日本最初の寺とのことです。
alt
alt
alt

飛鳥大仏
日本最古(609年)の仏像(銅像
alt
alt
alt

飛鳥寺の裏門から出た住宅地の間にポツンと・・・

蘇我入鹿首塚
alt

乙巳の変で中大兄皇子と中臣鎌足らにより討たれた首が600mも飛んでここに落ちたと言われています。
私の時代の教科書ではこのクーデターも含め大化の改新とされていましたが・・・
alt

今回最後になりましたが本来ここで最初に全体像を予習してからの方がいいかもしれません。

飛鳥資料館
alt
alt

その敷地内に今日見たもの含め飛鳥にある数々の石造物の複製があります。
alt
alt
alt
alt
alt
alt

建物内でも
石人像
ちなみにこれは本物です。
alt
alt

今更ですがなぜ「飛鳥」=「アスカ」と読むのか初めて知りました。
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt

須弥山石
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt

猿石
alt
alt

このすぐ近くにあり数年前に攻城した日本三大山城、高取城の二ノ門外、城下町に下る大手筋と岡口門への分岐点にこれと似たものがあります。
転用石?結界石?諸説あるそうですが飛鳥時代なのは間違いないようです。
alt

富本銭
私の時代の教科書では「和同開珎」が日本最古の通貨でしたが・・・
alt

㊗飛鳥池遺跡出土品国宝認定🎉
7月から展示されるそうなのでまた楽しみです。
alt

好物のジオラマ
alt
alt

現地滞在時間:6時間
歩数:約11,000歩


日本のはじまりの地を満喫しました。
平日ということもありランチのレストラン以外は混み合うことはありませんでした。
世界遺産登録決定は7月だそうなので決定後にまだ訪問していない藤原宮など含め再訪問したいと思います。



Posted at 2026/04/26 19:36:22 | コメント(2) | トラックバック(0) | 史跡 | 旅行/地域
2026年04月22日 イイね!

史跡巡り~飛鳥編~ もうすぐ世界遺産 其の壱

史跡巡り~飛鳥編~ もうすぐ世界遺産 其の壱3月にTV放映された下記の番組を何気なくみてたら・・・
alt

日本のはじまりの地「飛鳥・藤原の宮都」
そういや今までいったことなかったな、近くなのでいつかは行こうと思っていたのでこれを機に行ってきました。
まずは近鉄飛鳥駅前の道の駅飛鳥内の「飛鳥びとの館」(下記マップ中央㊧)で情報入手です。
alt
alt

案内所の方にマップで行く順序と駐車場の有無をこんな感じで確認しました。
マップの一番下に距離の物差しがありますが各史跡間は2-4kmくらいなのでレンタサイクルも考えましたがほとんど無料駐車場もあるのでクルマ移動にしました。
十分一日でまわれそうです。
alt

案内所で見つけたパスポート(120円)
割引券がついており、訪問予定に有料施設、有料駐車場もあるので2つ利用すれば元がとれるので購入です。
alt
alt

まずは飛鳥の説明から
日本の歴史の時代一覧は以下の通りです。
旧石器時代 - 約3万8000年前〜約1万6500年前
縄文時代 - 約1万3000年前〜約2300年前
弥生時代 - 約2300年前〜250年
古墳時代 - 250年〜592年
飛鳥時代 - 592年〜710年
奈良時代 - 710年〜794年
平安時代 - 794年〜1185年
鎌倉時代 - 1185年〜1333年
室町時代 - 1336年〜1573年
安土桃山時代 - 1573年〜1603年
江戸時代 - 1603年〜1868年
明治時代 - 1868年〜1912年
大正時代 - 1912年〜1926年
昭和時代 - 1926年〜1989年
平成時代 - 1989年〜2019年
令和時代 - 2019年〜現在

このなかで飛鳥時代は、592年から710年までの日本の歴史時代で、天皇中心の国家体制が形成され、仏教文化が広まった時代です。
主な出来事としては

592年(崇峻天皇5年) - 崇峻天皇が暗殺される。推古天皇即位。
593年(推古天皇元年)- 厩戸皇子(聖徳太子)が皇太子に立てられ、摂政となる。
600年(推古天皇8年) - 『隋書』によれば、倭国より遣使。
603年(推古天皇11年) 冠位十二階を制定する
604年(推古天皇12年) - 十七条憲法制定。
607年(推古天皇15年) -『日本書紀』によれば、初の遣隋使(大唐国と記載)。『隋書』では2回目と記載。
608年(推古天皇16年) -裴世清が答礼使として来日。
628年(推古天皇36年) - 推古天皇没する。遺詔を巡って群臣争う。
629年(舒明天皇元年) - 田村皇子即位し、舒明天皇となる。
645年(皇極天皇4年) - 中大兄皇子・中臣鎌足ら、蘇我入鹿を宮中で殺害する。蘇我蝦夷自殺する(乙巳の変)。軽皇子が即位。孝徳天皇となる。
646年(大化2年) - 改新の詔を宣する。(大化の改新)
654年(白雉5年) - 10月、孝徳天皇難波宮で没する。
655年(斉明天皇元年) - 1月、皇極天皇重祚し、斉明天皇となる。
663年(天智天皇2年) - 白村江の戦いで大敗する。
670年(天智天皇9年) - 全国的に戸籍を作る(庚午年籍)。
672年(弘文天皇元年・天武天皇元年) - 天智天皇没する。壬申の乱。飛鳥浄御原宮(きよみはらのみや)に遷る。
681年(天武天皇10年) - 飛鳥浄御原令の編纂を開始する。
690年(持統天皇4年) - 戸令により、庚寅年籍を作る。
694年(持統天皇8年) - 藤原京に都を移す。
697年(文武天皇元年) - 持統天皇譲位し、文武天皇即位する。
701年(大宝元年) - 大宝律令の撰定完成する。
707年(慶雲4年) - 文武天皇(25)没し、元明天皇即位する。
708年(和銅元年) - 武蔵国から銅を献上する。改元する。和同開珎を発行する。
710年(和銅3年) - 平城京に遷都する。

改めて見てみると冒頭の「日本のはじまり」感満載です。

またあとでいろんな歴史紹介はありますがとりあえずスタートです。

特別史跡キトラ古墳
壁画は国宝です。
alt
alt
alt

四神の館
ガイダンス施設でお勉強です。
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt

では外観を拝見です。
上記施設での説明にもありましたが古墳時代の古墳とは規模が格段に小さいものですね。
altalt
alt
alt

続いては

特別史跡高松塚古墳
こちらも壁画は国宝です。
昭和47年発見なのでニュースや記念切手を見た記憶があります。
alt
alt

高松塚壁画館
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt
alt
「壁画模写は、前田青邨氏のご指導により、昭和49年に平山郁夫 東京芸術大学教授(当時)を監修に、守屋多々志 愛知芸術大学教授(当時)を中心に、20名の方々に制作をお引き受けいただき、約2年の歳月を経て完成しました。」高松塚壁画館運営HPより
テレビ番組でも復元状況の映像と説明がありました。

では外観です。
alt
alt
alt

戦利品
alt

文武天皇陵
高松塚古墳のすぐ隣にあります。
大宝律令制定(701年)した天皇ですが説明板も整備してほしいものです。
alt
alt

続いて少し移動して

亀石
現在は南西を向いているが、当麻の方角にあたる西を向いた時、大和国一円は泥の海と化すというこわ~い伝説があるとのことです。
カメ🐢というよりカエル🐸に見えるとの説もありますが・・・
alt
alt

どんなところにあるのかと思いましたがなんと住宅地の中、隣は民家です。
alt

橘寺
厩戸皇子(聖徳太子)生誕(572年)の地とされ、太子建立七ヶ寺の一つです。
alt
alt
alt
alt
alt
alt

本堂(太子殿)
alt
alt
alt

聖徳太子ゆかりのものもありますね。
梵字の「ア」を形どったとのことですが・・・
alt
alt
alt

飛鳥の地に多いユニークな人面石像
風貌からペルシャ・インドに求める説もあるそうです。

二面石
alt

善面
alt

悪面
alt

石舞台古墳を眺めながら食事できる明日香の夢市2階の夢市茶屋(農村レストラン)でランチです。
alt
(借り物写真)

古代米カレー
alt

長くなりそうなのでここらで一旦終了して後半へ続きます。





Posted at 2026/04/26 17:22:06 | コメント(5) | トラックバック(0) | 史跡 | 旅行/地域

プロフィール

「@はらペコ星人 さん、遅ればせながらお仕事お疲れさまでした。がっつり稼いでがっつり城巡りなどエンジョイしましょう👍 御褒美🍜は必要です👍 私も今月は散財が続きますので今から仕事頑張ってきます!」
何シテル?   05/26 06:04
TT-romanです。よろしくお願いします。 2003年、初代Audi TTクーペ(8N)の丸尻ラインに一目惚れし、新車購入して13年間10万キロのりまし...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2026/5 >>

     12
3456789
1011 12 13141516
17181920212223
24252627282930
31      

リンク・クリップ

[アウディ TT クーペ]マニアックス erm-a00401s ボンネットリテーニング S 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2026/03/09 16:39:18
[アウディ TT クーペ]アウディ純正 グローブボックス 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2026/03/09 16:36:52
路地のキャンバス、街の呼吸 — 此花区MURAL TOWN♪ 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2026/03/07 08:28:56

愛車一覧

アウディ TT クーペ Silver Arrows (アウディ TT クーペ)
8NTTを13年のって今は8JTTにのってます。 やはりTTのこの独特なデザインが大好 ...
アウディ TT クーペ アウディ TT クーペ
大きなクルマが必要なくなったのであこがれのクーペを選択 衝撃的なデザインに一目ぼれして、 ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation