やっと気持ち的にブログを書く余裕が出てきたので書きたいと思います。
はじめに言っておきますが、今回のブログは楽しく明るいブログではありませんので、暗いのは苦手な方はスルーをお願いします。
そして、かなりの長文になりますのでご了承ください。
でも、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
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もう2週間前の日曜日の話になります。
6月12日に私の父が63歳で亡くなりました。
本当に急な事で思いもよらない出来事でした。
もともと10年近く前に体調を崩し、8年前より透析を行っていましたので決して健康体って訳ではなかったのですが、車の運転もできますし、まだまだ全然普通に生活できていました。
私にとっても12日は普通に日曜日が始まり、特に予定もなく梅雨だし雨予報も出てるし、ガラコでも塗っておこうとFD2にガラコを塗ってる最中に母の私を呼ぶ尋常じゃない叫び声が聞こえて慌ててその場に行ってみると、すでに息のない父がいつもの場所にいつもの様に寝てる表情で横たわっていました。
慌てて救急車を呼んで、その間心臓マッサージもやってみましたが、全く効果なく、救急車が来てから救急隊の方に任せて、自分の車で病院に向かいましたが、私たちが病院に着いた時にはすでに蘇生処置も終わっており「これ以上は・・・」と先生に言われ、結局意識が戻ることなくこの世を去ってしまいました。
私は昼前まで寝てたので朝の様子は知らなかったのですが、母の話では普通に朝ごはんを食べて、テレビを見ながら母と話をして、ちょっと眠いから寝ると言って寝てそのまま逝ってしまったようです。
本当に急な事でただ呆然と父を見て涙を流す事しかできませんでした・・・
私の父はそんなに口数が多いほうではなかったので、私も父と話をする事は週に数回くらいだったんですが、父が亡くなる2日前の夜中に私がシャワーを浴びて髪を乾かしてると私の所へきて「車の納車が7月8日に決まったんや」って嬉しそうに話かけてきて、「今の車は弟が乗るから名変とかで車検証のコピーが必要やから言うといてくれ」とか、「保険もネットの安いので調べて自分で探せって言っておいてくれ」って本当に楽しそうに私に話していました。
以前のブログにも書いてましたが、母の反対もあったりでジュークの話も頓挫して諦めて、軽に計画変更して、それも反対で諦めて、それでもやっぱり新車買うのが諦めきれなくて、やっと購入にこぎつけた嬉しさもあったんだろうな~って父の嬉しそうな顔を見ながら思っていました。
そして、来月末には弟の結婚が決まっており、挨拶の本とかも買って準備も着々と進めていました。
結納の時は上手く話が出来ずくやしかったのか、式の時こそは挨拶はちゃんとやらないと・・・って思っていたようです。
私の家族ですが、私を一番上に弟2人の3人兄弟なんですが、恥ずかしい話まだ誰も結婚もしておらず、父にしたら待望の息子の結婚式だったと思うんですよね。
父は口には出す事はなかったですが、やっぱり早く孫の顔が見たいと思ってたと思うんです(38にもなって独身の私が言うのもなんですが)
新車の事も弟の結婚の事も、父にとっての楽しみは来月から本当に始まるはずだったのに・・・
世の中腹八分目が丁度いいって言うけど、こんな事まで八分目にすることないやん!って思うと悲しくて仕方ありませんでした。
そして、何も考えられない精神状態とは裏腹に父の葬儀も進んで行き、やっと周りの状況を確認しながら仕事の事、色んな手続きの事を進めている最中です。
正直、今でも朝起きたら台所のテーブルの父の指定席に座ってるんじゃないかって思うときがあります。
寝て目が覚めたら6月12日の朝なんじゃないかと思うこともあります。
でも父の遺影を見て悲しい現実に引き戻されます・・・
あの時の母の叫び声、父を触った時に少しずつなくなっていってる父の体の温もりは今でも忘れることができません。
多分、一生忘れることはないんじゃないかと思います。
でも、父との最後の話が[辛い]とか[苦しい]ではなくて、本当に楽しそうに話している父だったって言うことが私にとっては救いではあります。
そして、眠るように・・・とはこの事を言うんじゃないかって言うくらいいつ起きても不思議はないくらいの顔であったことからもきっと苦しむことなく逝ったんじゃないかと私は思いますし、そう信じています。
まだ気持ち的に割り切れないところもありますし、暫くは色々とバタバタしますが、徐々に元の生活のリズムに戻して元気出していかないとな~って思います。
みんカラらしい話をしますと・・・
父の楽しみにしてた新車ですが、家族で色々と相談した結果、やっぱり父が楽しみにしてた車だからってことで、父の決めていたオプションの形で購入することになりました。
そして、それは来月結婚する弟が乗ることになります。(ただ、父の車と言う重荷にはして欲しくないと私は思っています)
また納車の時にはその事をブログに綴りたいと思います。(車種もその時まで内緒で・・・)
そして、私が受け継ぐのは、生前趣味にしていた写真を撮るのに使用していたデジイチEOS KissX4とコンデジです。
父ほどの写真は撮れないでしょうが、これから頑張って勉強します(^^
この写真は生前の父の一番のお気に入りで、障害者の方に配られる雑誌の表紙に掲載された父自慢の写真です。
さすがにこんな写真は撮れないかなぁ・・・
メインの写真が車になったら怒られるかな?(^^;
最後に・・・
車にばっかりハマって、あまり自慢できる息子じゃなかったかもしれないけど、あえて聞きたいです。
親父にとって私は誇れる息子だったでしょうか?
私にとって親父は越えることのできない大きな目標でした。
今はまだちょっとキツイところがあるけど、これから頑張っていきます。
だからきっと大丈夫です(^^
でも・・・本音を言うと細く長くでもいいからもっと長生きしてほしかったです。
ありがとうございました。
Posted at 2011/06/27 20:36:13 | |
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