高効率・高性能クーラントって何なのでしょう。本当に熱交換性能が向上するのでしょうか。興味を惹かれたので調べてみる事にしました。
その商品のHPを見てみると一般的に使用されている
「エチレングリコール」に変えて
「プロピレングリコール」を不凍成分として使用しているもののようです。
このようなHPで展開されている論理には明らかな間違いがあります。そこで、本当に冷却性能は上がるのか、ある程度の正しかろうと思われる理論式を適用し自分で計算して検証してみました。
結論を言えば,
「高価なプロピレングリコールは普通に売っているエチレングリコールと熱交換性能はほとんどかわりません。」
なぜそうなるかという理由を簡潔に言いますと,エチレングリコールでも「空気から熱交換器への熱の移動」に対し,「冷却水から熱交換器への熱の移動」は十分速いのです。そのため「クーラントの種類」を変えても、トータルの冷却性能にはあまり変わらないのです。冷却性能を上げたければ,熱移動を律即させている「空気側の熱の移動」を上げる=ラジエータ面積を増やすのが効果的なのです。ただし「クーラント液」の替わりにただの「水」を用いるという極端な事をした場合、「水」は「クーラント液」に比べ圧倒的に熱の伝わりやすさが優秀なのでトータルの冷却性能は有意に向上します。ただし、冬季の凍結や錆びの問題が生じます。
以下,この計算課程詳細を掲載しました。御一読下さい。
【1】概要
所定のエンジン・冷却系等モデルにおいて,エチレングリコール50wt%冷却水とプロピレングリコール50wt%冷却水と水の熱交換の性能,つまり熱透過率そして,エンジン温度と冷却水温度を計算したところ,以下の結果になりました。
○エチレングリコールと比較してプロピレングリコールの熱交換の性能(熱透過率)はほぼ同一です。
以下,調査計算内容です。
【2】物性値
まず,物性値を正しく把握しなければなりません。
伝熱に関する流体の物性値は「比熱」「粘度」「密度」「熱伝達率」です。よく「比熱が高いから」だけですごくいいものだと宣伝しているHPがありますが,酷すぎです。
これらの80℃(353K)下の物性値を調べます。次にエンジン・熱交換器系統のひとつのモデルを用いてクーラントの種類,物性による冷却性能の優劣,またその違いの寄与率を計算していくことにしました。
モデルは検算してくれる人がいないので,日本機械学会の伝熱工学資料にある,自動車用コルゲーテッドストレートフィン付き偏平管形熱交換器の設計例を用いる事にします。
また,不凍液と水の混合比率は両方とも,最も一般的かと思われる50wt%で調べます。
2-1 物性値の参考資料
冷媒はエチレングリコールとしては東京ファインケミカルのビル空調等冷熱媒「オーロラブライン」から物性を調べました。広範囲の温度における粘度,密度,比熱のデータがあります。
また,これに熱伝達率を加えたデータがHeat Pump & Thermal Storage Technology Center of Japanにオーロラブラインのさらに詳細なデータがありましたので,それを用いる事にします。
プロピレングリコールでこれら全ての物性が明らかになっている冷媒としては
AGCのサンブラインSがありましたのでこのデータを用います。
2-2 物性値の調査結果
Fig1に 物性値を示します。伝熱工学で用いる動粘度も粘度と密度から算出しました。
プロピレングリコールの方が粘度と密度は低く,熱伝導率と比熱は大きいです。一方,水単体の方はさらにその傾向が強い物性であることがわかります。冷媒としては粘性と密度は低く,熱伝導率と比熱が高い方が有利ですが, 実はこれだけでは「高性能」だとは言えないのです。
何故ならば、正しく計算するには「冷却水からラジエータへの熱の伝わりやすさ=管内側熱伝達率」と「ラジエターから空気に放熱する空気側熱伝達率」を総合して計算しないとわからないのです。
例えて言えば、ナイアガラの滝のごとく大量の水が流れても、その先にダムがあれば下流に流れる水はちょろちょろとしか流れないのに似ています。
【3】計算の方法とその結果
まず,管内,つまり冷却水からラジエータへの熱の伝わりやすさ=管内側熱伝達率を計算してみる事にします。用いる式は1~5です。
3-1 レイノルズ数(=Re)の計算
式1で計算します。レイノルズ数は流れの状態を正規化する数です。それが同じならば
大きさが違うモデルでも流れの状態は同じとみなせるので,縮小風洞モデルでの解析の場合,Re数を等しくします。
一般的にはReが2300以下の場合は層流で,2300~5000の間で乱流に遷移します。この間を遷移域といいます。
管路の入り口形状,曲がり,表面の状態,継ぎ部の段差などの諸条件で遷移の仕方やどのレイノルズ数で遷移するかが変化します。管路が流れを乱しやすい形状なら小さいRe数から乱流になります。
3-2 管内熱伝達率の計算
流体と物体が接触して熱の伝わる時の熱の伝わりやすさを示す値が熱伝達率です。
熱はラジエターの中で①冷媒が管路表面冷やし,②さらに管路やフィンが空気と熱交換して放熱します。実際にはラジエター管路の金属中を熱移動する早さも一般的モデルでは計算にいれますが,コルゲートフィン&チューブ式の場合,管路肉厚が薄いので無視できます。まず,「冷媒が管路表面冷やす過程」=管内熱伝達率を計算します。
管内熱伝達率hiは式2が示すように,それに管内の全面積をかけ,管面温度と流体の混合平均温度の差温をかけると冷媒からラジエター管路に移動する放熱量が求められます。
計算結果をFig2に示します。
適用する式はRe数と式4により求めたPr数により選択します。比較的適応できるRe数とPr数の幅が広いので,最も誤差が少ないと思われるGnielinski の式を用います。(式3)
その結果,管内側熱伝達率はエチレングリコールに比べプロピレングリコールは1.1倍,水は2.32倍であることがわかります。
3-3 空気側熱伝達率を考慮した熱交換器トータルの熱透過率の計算
実際に冷媒が熱交換に与える寄与度を定量化する場合,ラジエターから空気に放熱する空気側熱伝達率を加味しないといけません。例えば,ラジエターに空気が流れない場合,どんなに冷媒からラジエター表面への熱伝達率がよくても,実際には熱は放熱されません。よって,
冷媒の寄与度を計算する場合も,空気側熱伝達率を考慮したトータルの熱伝達率=熱透過率に与える影響で比べなければ意味がない,というわけです。
計算結果をFig3に示します。
空気側の熱伝達率の計算は冷媒に関わらず同じ値なのでここでは計算詳細の説明は割愛します。
藤掛氏のコルゲーテッドフィンの式を用いて計算すると87.85W/m2Kと管内側熱伝達率と比べて非常に小さな値である事がわかります。トータルの熱透過率を求める式が6になります。
各々の熱伝達率に表面積を掛け合わせた値の逆数和をととります。これらの2つの項の比を取ると管内側の寄与度がわかります。管内側の寄与度は空気側に比べて0.07~0.16程度ですから,管内側の熱伝達を工夫するより空気側熱伝達を工夫した方がはるかに効果が大きい事がわかります。放熱を上げる最も効果的なのはラジエター面積を増加させる事だとわかります。
逆の言い方をすれば,冷媒の違いによる管内熱伝達率の向上の寄与度は小さいと言えます。
結論としてはエチレングリコールに対し,トータルの熱透過率の変化は,プロピレングリコールで1%に留まりますが,水は大きく物性面で他より秀でているため,8%の向上が推定されます。
3-4 エンジンの温度,冷却水の出口側温度に関する影響の計算
冷媒の性能を評価するに当たり,エンジンが所定の熱量Qを発熱し,それをラジエターが熱量Qを放熱する平衡状態において,エンジンの温度と冷却水出口温度を求める式が7です。
初期条件としては伝熱工学資料のコルゲーテッドフィン自動車用熱交換器の値を用いました。
エンジン温度はエチレングリコール使用時を120℃とし,比較しました。
また,ここでいうエンジン温度とはエンジン内の冷却水路の管路表面の平均温度を示します。
平衡状態では放熱量Q,エンジン管路の伝熱面積Aは一定ですから,エンジン管内熱伝達率と,エンジン温度と冷媒との差温は反比例の関係にある事がわかります。尚,相当直径,流速として用いるべき妥当な値が不明なので,エンジン管内熱伝達率はラジエターの管内側熱伝達率と相似(Re数はほぼ同じ程度と仮定)として算出します。
結果をFig4に示します。
冷却水の出口側温度はプロピレングリコールは0.7℃,水においては4.3℃。エチレングリコールに対し下がります。
エンジン温度はエチレングリコール使用時を120℃と仮定した場合,プロピレングリコールでは118.9℃,水の場合は113.1℃となりました。
【4】まとめ
○エチレングリコールと比較してプロピレングリコールの熱交換の性能はほぼ同一です。
○これらの不凍液に対して,水100%の冷媒は水温を4.3℃,エンジン温度を6.9℃下げる顕著な効果が認められます。
【5】隘路事項
プロピレングリコール成分の不凍液を販売するHPにおいては,不正確で結論も誤りがある論理が掲載されていました。熱交換性能向上における添加剤の製品においても?というHPもあります。一般的に販売されている処々の車に関する文献においても,踏み込んだ議論がされているものが少ないので,少しだけでも妥当と思われる知見を出せたらいいなと考えてまとめた次第です。
また,私の論理や数値において誤りがある場合は指摘していただくと助かります。
尚,プロピレングリコールはエチレングリコールと比べ,その急性毒性に関して安全性が高いのですが、一方、エチレングリコールも生分解性としては悪いものではありません。
追記ですが、本,エンジン・冷却系統モデルは熱交換量が17.4kW,エンジンの効率を30%とし,熱交換量は60%相当とすると40PS程度の出力,風速6.4m/s、時速換算23km/sという比較的低出力下での値ですが、
200PS,エンジン回転数6000rpm,平均時速120kmという過酷な放熱モデルでも計算しましたが,冷媒としての熱交換性能への寄与度はあまり変化しないか,やや小さくなる傾向が認められた事を付け加えておきます。
以上,長文失礼しました。<(_ _)>