内科医で作家の南杏子の2016年に刊行された医療長編小説です。
同作家の小説が原作になった映画「いのちの停車場」を観て興味が湧いたので、その後に小説「いのちの停車場」を読みました。
それで南杏子さんの小説にハマってしまい、今回は処女作に当たる小説「サイレント・ブレス 看取りのカルテ」も読んでみました。
小説はプロローグとエピローグを除くとブレス1からブレス6と称する6章で構成されています。
大学病院総合診療科から在宅医療部門「むさし訪問クリニック」へ異動した水戸倫子医師が主人公。
大雑把に言うと終末期医療をテーマにした物語です。
ブレス1「スピリチュアル・ペイン」は乳癌末期の知守綾子が患者
水戸倫子医師は、終末期患者の知守綾子の病状の悪化は食い止められず、モルヒネを使って苦痛を緩和するのが精一杯。
知守綾子は、人生の意味や価値を見失いがちになり、根源的な恐れを抱く様になります。
「魂の痛み」つまり「スピリチュアル・ペイン」を和らげる為に、臨床宗教家の日高住職が彼女の希望で寄り添い、死を迎える迄、心の支えになります。
ブレス2「イノバン」は進行性筋ジストロフィーの天野保
幼い頃に筋ジストロフィーが発症した天野保は現在22歳で人工呼吸器を使用していて、保の母親はネグレクト（介護放棄）の兆候があります。
深夜に保から電話を受けた倫子医師が彼の家へ急行すると、料金滞納の為に電気が止められ、保の人工呼吸器が作動していませんでした。
「むさし訪問クリニック」看護師のコースケの協力もあり、保の呼吸は維持されました。
血圧を上げる薬の名称が「イノバン」で、薬の名付け理由は昇圧剤が「命の番人」だからだそうです。
保が、自分にとって倫子医師は「イノバン」の様な存在だと言います。
ブレス3「エンバーミング」は老衰の古賀芙美江
84歳の古賀芙美江は日常生活の活動性が著しく低下し、老衰の症状。
本人はリハビリや胃瘻を拒否し、尊厳死を望んでいる事を娘の妙子と倫子医師に伝えます。
ところが、芙美江の息子の純一郎が出しゃばって来て、芙美江に胃瘻手術をさせてしまいます。
純一郎は、芙美江へ胃瘻を使って栄養剤を過多に注入し、死なせてしまいます。
その後、純一郎は芙美江に「エンバーミング」（遺体に殺菌剤や防腐剤、樹脂などを注入して行う遺体の保存方法）を行います。
その後、純一郎が芙美江からの遺産相続を自分に有利な様に画策していた事が明らかになります。
ブレス4「ケシャンビョウ」は言語障害の高尾花子
高尾山のもみじ広場で保護された身元不明の少女は一時的に小松夫妻に世話になります。
少女は言語障害があり、自分の名前も言えないので、小松夫妻は仮の名として高尾花子と呼んでいます。
花子は刺身や玉子等の生ものが苦手。
倫子医師の上司である大河内教授の推理では、花子の喉の甲状腺が腫れている症状や心筋症、偏食から彼女が中国人ではないか？と言います。
ヨウ素の欠乏は甲状腺の腫れを招き、セレン欠乏は心筋症につながり、セレンは必須元素で土地や水に含有量が少ない地域では心筋症の患者が多く、中国黒竜江省にある克山（ケシャン）県の地名から「克山病（ケシャンビョウ）」と呼ばれています。
その後、警察が現れ、少女は中国から不法入国し人身売買された被害者なのだと言います。
少女は母語がしゃべられますが、強制送還を恐れて押し黙っていたのだと言います。
小松夫妻は花子の養親になる為に手続きを始めました。
ブレス5「ロングターム・サバイバー」は膵臓癌の権藤勲
大学病院の名誉教授で消化器癌の権威者の権藤は、事もあろうに膵臓癌で余命3か月です。
権藤は一切の延命治療を拒否します。
倫子医師は大河内教授へ権藤の件を相談すると「人の死を負けと思わない医師が必要」と言われます。
権藤は倫子医師を大学病院総合診療科から在宅医療部門「むさし訪問クリニック」への異動を強く勧めた人でした。
権藤は倫子医師へ、死ぬ前にやりたい事が出来たので、点滴と痛み止めを依頼します。
権藤のやりたい事とは、自分で手術した癌患者が術後20年以上健康で生活している「スーパー・サバイバー」達に再会する事。
因みに「ロングターム・サバイバー」とは？癌を克服し、5年以上の長期生存者の意味。
その後、権藤は悔いを残す事なく、倫子医師に看取られました。
ブレス6「サイレント・ブレス」は脳梗塞の水戸慎一
倫子医師の父親の慎一は誤嚥性肺炎で入院しました。
その後も、幾度なく誤嚥性肺炎は繰り返され、病院の主治医も治療に手を尽くしたが、治る見込みは望めないと匙を投げます。
終末期は自宅でと、倫子と母親は慎一を退院させます。
慎一は病床でどうして欲しいのか？の意思表示も出来ない程に衰弱していました。
倫子は父親の性格からして公正証書がある筈だと、母親に訊きます。
母親が隠していた慎一の公正証書には、延命治療を拒否するとの文言が表記されていました。
倫子と母親は、納得した上で点滴を外しました。
苦しみに耐える延命よりも心地良さを優先する医療とは、穏やかで安らぎに満ちたサイレント・ブレスを守る医療だと…。
私は「ロングターム・サバイバー」の章に記されていた一節が気に留まりました。
医療には限界があるが、多くの医師は闘病を止める事を敗北と勘違いしている。
闘うだけでは立ち行かなくなる瞬間が来る。
そんな時に必要とされるのは、死迄の残された期間に、ゆったりと寄り添う様な治療だ。
小説「サイレント・ブレス 看取りのカルテ」の読後感は、医療小説の体をしたサスペンス物でもあり、江崎グリコのキャラメルの様に「一粒で二度おいしい」的な内容の小説でした。
皆さんも夏季休暇中に小説「サイレント・ブレス 看取りのカルテ」で読書を楽しむのは如何でしょうか？
内科医で作家の南杏子の2016年に刊行された医療長編小説です。
メーカー：ロッテ
