2026年05月07日
ビートの(純正)メーターは「NS(日本精機)」製。
先投稿の中で「デフィが」と記載していますが、
正しくは「Pivot(ピボット)」製でした!💦
ココに訂正し、お詫び致しますペコリ
デフィは新潟は長岡市の企業。
それもあり、「またNSがビートのメーターを
造ってくれる! しかも地元新潟の企業!」
…っていう展望をもってしまったのだろうか?
道理で、先投稿のソース元になったネット記事
検索しても出てこないワケですよ💦
ですが! 実はピボットのシフトインジケータ付きの
タコメーター買ってあるので、同じピボット製なら
収まり(統一感)も良さそう!
もう!出たらすぐ買わなきゃ(使命感
Posted at 2026/05/07 19:36:16 | |
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2026年04月22日
久しぶりのブログ投稿!
その内容は、えりはちにしては(?)
珍しく「クルマ」の事!
さて。
表題の通り、今日はビートの事。
その中でも「メーター」について。
改めて、「ビート」と言うクルマ
とその存在はまさに「稀有」であると思う。
登場から30年以上が経過しても尚、
自分を含め多くのオーナーに愛されている。
その最早「文化」とも言ってイイのでは?
…なビート愛は、事「パーツ供給」の面にも
現れている。
今現在、メーカーによるサプライは
もうほぼ再停止しているのだろうか。
(自分の中で最早「ホンダ」と言うメーカーに対し、
何も期待していないと言う事もあり、
調べようとも思えない。 今迄は
「ビートを造ったメーカー」と言う事で、
それなりにリスペクトしていたが、
最近のホンダには、何も感じない。)
その一方で、サードパーティによる
新たなパーツ供給はその愛ゆえか、
結構積極的に行われているのではないだろうか。
所謂「平成ABC」の中に於いても、
最も恵まれていると言ってイイのでは?
(個人的感想)
そんな中、チョット前にネットで
「デフィが新たなメーターシリーズを
近日発売(発表?)!」…
…と言う記事を発見。
「ビート用」と限ったモノでは無い様だが、
画像は「ビートのメータークラスター」に
装着されたモノであった。
自身のビートはメーター指針は
健全だが、「トリップ/オド」共機能停止中。
多くのビート乗りが直面する
「ビートの不具合」の代表的な一つだろう。
BSKのメーターOHプランも、
結構イイ値段するし、DIY修理にしても
直るとも限らない。
この商品のトピックは勿論タコメーターも
有難いが、なんと言っても「スピードメーター」
である!
件の「トリップ/オド」が同時に
デジタル表記されているのだ!
その親和性は「ほぼ純正」!
機械式も某私鉄の廃止された「パタパタ時刻表」
の如く「味がある」とは思うが、
古い事もあり、やはり信頼性や
恒常性に欠けると言わざるを得ない。
ビートオーナーとしては、何処か
憂を抱えたままにしておくのは
気持ちいいものでは無い。
是非一刻も早く、製品化して貰って、
価格も知りたいし、発売即購入…
出来たらいいな!出来たらしたいな!
(希望的観測。 予定は未定)
これからも、サードパーティ各位には
ビートを含め、日本の旧車/名車に永く乗れる
様なパーツ供給に頑張ってもらい、
この国のモノづくりや自動車文化を
絶やさない様に願ってやまない。
Posted at 2026/04/22 08:08:24 | |
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2024年11月29日
皆さんお早うございます!
今日もそこそこな罵倒(?)からスタート。
さて。
日本には、「過ぎたるは及ばざるが如し」
の様な、「有っても用を成さない」
と取れる意味の言葉が沢山ある。
タイトルの豚に真珠・猫に小判・糠に釘・
豆腐に鎹・柳に風・暖簾に腕押し・割れ鍋に閉じ蓋…
馬の耳に念仏…は違うか?w
ほぼ同じ意味なのに、何故ここまで
数多くの言葉が有るのだろう?
恐らくだが、大抵の場合は「自戒」や、
自体験を教訓として後世に伝える為…
とは穿ち過ぎだろうか。
「無意味だから、無駄な事は避けなさい」と。
昨朝投稿した「事件」(敢えてそう呼ばる)の続報を
某国営放送が伝えた所によると…
【判決は「懲役8年」】だそうだ。
8年…長さや重さの取り様は、人それぞれだろう…。
自分の意見としては「短すぎる」とは思う。
ただ、「懲役」と云う事はそれ即ち「前科」が
付くと云う事だ。 それはコイツとその家族に
一生続く暗雲となって垂れ込め続ける事に成るだろう。
人一人の人生を「狂わせ」たのだから。
このガキンチョは今もこれからも生きては行ける。
だがこの被害者はもう生き続ける事はもう叶わない。
会社の同僚とこの件について話した中で、
「クルマは「害車」で、供述で
「どの位スピードが出るか試したかった」と宣った」と
教えてくれた。
よく居る「グランツキッズ」って奴かもしれない。
仮想と現実の分別も付けられない「コドモ」が、
ゲーム内でいかに上手くても、いかに映像や操作感が
精細だろうと、現実とはまるで違うと云う事を
身に染みて思い知らされたと思いたい。
余談だが、自分は「サバイバルゲーム」が趣味で、
たまに参加しているが、10年位前だろうか?
「初心者感丸出しの若者」がフィールドに現れた。
その彼は、嬉々としてサバゲーを始めたばかりとか、
その期待、某FPSゲームで高ランカーである事を周囲に
宣っていた。
そしていざ、ゲームが始まると…自分が普段遊んでいる
「ゲーム」との「乖離」に打ちひしがれられていた。
彼は思った事だろう。「何故こんなに上手くいかない?
こんな筈じゃなかった!」と。
サバゲもあくまで「ゲーム」であり、現実では無い。
だが、画面の向こうのNPCや対戦相手と違い、
生身の人間が相手で一応物質とした重量を持った
「弾」が飛んできて実際に「被弾」する…
と云うのを身をもって知った事だろう。
それ以来、その彼をフィールドで見る事は
ついぞ無かった。 ちょっと言動が鼻についたと
周りも言っていたので、「鼻っ柱をへし折って」やったと
言う事か。
閑話休題。
ゲームで出来るから、とか、先述の某とうふ屋のくだりで
述べた「ワンチャン」だって、それが出来れば、「なら
やって構わない」って、免罪符にはなり得ない。
この彼には、自分勝手な好奇心から「人を殺めた」という
十字架を一生背負って、深く反省していって欲しいと
切に願う。
Posted at 2024/11/29 08:13:24 | |
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2024年11月28日
皆さんお早うございます!
いつも当ブログをお読み頂き、
またイイね押し有難うございます♪
さて。
今日のテーマは…
「阿呆」。
なんだか「罵倒」シリーズ?
「先出の【馬鹿】は彼等に失礼
だから、「阿呆」にしてみた。」
ゴホン。
今日の朝ニュースにて、「19歳の
ドライバーが【194kmで】交差点に
進入。他車と衝突。そのドライバーが死亡」
…と、報じていた。
法廷にて、まもなく判決が下されるそう。
論点は「車両がコントロール出来る範疇に
あったかどうか。」だと。
先の自投稿「馬鹿」に於いて、タグに
「司法の崩壊」と載せたが、ホント
【阿呆】ノキワミとしか言いようが無い。
それに、「19歳」って、やっと🔰マーク
外れた位の「まだまだガキンチョ」が、
「どうやったら「190km超」のスピードを
制御出来るってんだよ?
「車両の制御ってより、ドライバーの
「自制」能力の問題」だろう!
どこぞのフィクションの「とうふ屋」の如く、
もっと前から無免でクルマ転がしてたとか、
カート等で腕を磨いてて…とかなら、
ワンチャン「制御」は出来るかもしれない。
さらに言えば、そんな歳の小僧が
「190km超のスピードを出せる」車を
所有している…ってのも、また別の
問題を内包していると感じる。
そう。
【親】だ。
先述の「自制」に繋がるが、正に
「親の顔が見てみたい」。
どういう教育をしていれば、
「公道でそんなスピードでクルマを走らせる」
気を起こさせる様な人間になるのだろうか?
19歳にそんな性能のクルマを「買って」、
「維持」、(使い方を含め)「管理」出来るのか。
コドモのしでかした事は、単に
「本人の人となり」だけで、
断じて良いものでは無い。
金銭的問題…誰が金を出したのか。
本人がバイトや社会人で収入が有って
自費購入か、「親が出したのか」で、
また違った事象になると思う。
いつも云うが「権利は義務を果たした
先にのみ発生する」と思っている。
ほぼ初心者でそんなスピードを公道で出して、
他人・家族、そして何より自分に何か起こったら
どんな事柄が発生し、関わった色々な人間の
人生を狂わせる事になるか…
この事を考えられ、「これじゃいけないよな」…
と、「自制」が効かないなら、そも
ハンドルを握るべきでは無いし、
親も「身の丈に合わないクルマ」を買い与えたり、
買わせたりするべきではない。
(19歳位ならまだ「親権者」等の「保証人」が
必要な筈。 そこで止めたりする機会がある)
司法や「弁護士」も、自分の身内がそんな理不尽
かつ無謀な運転で「どうにか」なっても、
弁護中に宣っている様な事を言えるのだろうか?
「(クルマの)性能はカネで買えるが、
ウデは買えない」 「物質的なモノ(クルマ等)や免許より
先ずは「自制」を磨くべし」
今回はこれで締めたいと思う。
Posted at 2024/11/28 08:12:49 | |
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2024年11月25日
皆さんお早うございます!
またまた久々の投稿。
そのタイトルはズバリ…
「馬鹿」。
「久しぶりに投稿したと思ったら
いきなり何ぞ?」
と思われるかも…だが、
最近の世情は「まやかし」や、
「虚構」に塗れていると
いう思いを禁じ得ない。
昨今の「害国人」に対する
(異常とも取れる)忖度度合いや、
(瑕疵は兎も角)日本人が
日本国内で「声」を挙げる事が
ある一定のガイジンにとって
「ヘイトスピーチ」に当たる…
とか、イミフな事態になっている。
「「馬鹿」とか、馬や鹿に失礼だよな…。」
って、思わず浮かんだ程この国は
どうにかなってしまっているのだろうか。
さて。
この「馬鹿」って、何故「馬」・「鹿」
なのだろう?
彼等が「失礼な!」と思っているかどうかは
知る術もないが、もし自分が彼等なら
今の人間に謂われるのこそ、「失礼」にあたる
気がしてならない。
語源はサンスクリット語とかで「moha」とか、
まんま「baka」というらしい。(一説。無知とかいう
意味だそう)
それに漢字を充てて「莫迦」、先出の「馬鹿」と
充てたとか。 (所謂「当て字」。 隠語という説も。
やっぱり馬/鹿にとってはイイ迷惑かも)
また、シナの「秦」時代の故事に
まつわる「鹿を指して「馬」と成す」
という「長いモノに巻かれないから
痛い目を見る」…
といったエピソードから来ているとか。
この故事に関する詳細はここでは述べないが、
(気になる方は是非一読を!)
中々の「横車」っぷりというか。
先述の「ヘイトスピーチ」の如く、
「この国の人間が申し立てている事でも、
時代の趨勢によって「鹿でも馬になって」しまっている」
と思わざるを得ない。
げに今の時勢は明るい兆しは一向に見えず、
暗雲垂れ込め不安が渦を巻き、人は自分以外に
優しさを覚えず…
こんな事で良いのだろうか?
否! イイ訳がない。
日本人が日本国に住んでいて、
「どこが馬なんだよ!どう見たって
鹿だろう!」って声を挙げられないなんて
オカシイ。
「正直者が【馬鹿】を見る」なんて、まかり通らせては
ならないと思う。
(2024/11/27 加筆・修正)
Posted at 2024/11/25 08:11:20 | |
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