
「補助金129万円」という、どこか現実味のない数字が、僕のガレージに銀色の塊を連れてきた。
日産リーフ B5モデル。
スタートボタンを押しても、エンジンが目覚める振動はない。ただ、ダッシュボードのインジケーターが静かに光を灯すだけだ。
僕は小山市内、西城南にあるWILD-1小山店の駐車場に滑り込んだ。
広い駐車場には、キャリアを積んだSUVや泥のついた4WDが並んでいる。その中で、排気音ひとつ立てずに現れた僕のリーフは、どこか未来から来た偵察機のようにも見えた。
自動ドアをくぐると、そこには「野生」が整然と並んでいた。
店内に漂う、防水スプレーと新しいナイロンの混じった独特の香り。僕はそこで、129万円の補助金で浮いた「心の予算」を使い、イタリア製の登山靴と、チタン製のシングルバーナーを選んだ。
「いい車ですね、静かで」
レジで対応してくれたベテラン店員が、窓の外のリーフを見て目を細めた。
「ええ、少し静かすぎて、自分の足音が恋しくなりまして」
僕は少し照れくさそうに笑い、紙袋を受け取った。
店を出た僕は、思川の堤防沿いを北上した。
右手に流れる思川のせせらぎは、窓を閉め切った車内には届かない。代わりに、タイヤが路面を噛む微かな音だけが、B5モデルの機密性の高さを物語っている。
観晃橋を渡り、栃木市街を抜けて、目的地へと向かう。
太平山。
あじさい坂を横目に、リーフは急な勾配をグイグイと登っていく。
電気モーター特有の、踏んだ瞬間に立ち上がる強大なトルク。ガソリン車なら苦しげな咆哮を上げるはずのヘアピンカーブも、リーフは涼しい顔で、滑るようにクリアしていく。
エンジン音がないから、森の鳥たちの鳴き声が、開けた窓からダイレクトに飛び込んできた。
謙信平(けんしんだい)の駐車場に車を止める。
眼下に広がるのは「陸の松島」と称される関東平野の絶景だ。
僕はWILD-1で買ったばかりのバーナーを取り出し、湯を沸かした。
シュンシュンと音を立てる青い炎。その隣で、リーフは熱も持たず、ただ静かに佇んでいる。
「効率」という言葉で手に入れたこの車が、僕を「非効率」な、でも贅沢な時間へと連れてきてくれた。
「……次は、もう少し遠くの山まで行ってみるか」
一口飲んだコーヒーの苦みは、いつもよりずっと鮮明だった。
銀色のリーフのボディには、太平山の深い緑と、ゆっくりと暮れゆく栃木の空が、鏡のように美しく映り込んでいた。
(終)
Posted at 2026/03/05 00:42:27 | |
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