皆様ご無沙汰しております。
当時専門学生だった私は、現在ディーラー勤務の整備士として3年目になりました。
専門学生時代を共に過ごした初めての愛車は、社会人1年目のとき事故により廃車となりました。
ぐっちゃぐちゃで一目見て、素人目にも廃車だと思いました。
私自身は、胸骨を骨折しました。
私に原因がある事故で、本当に可哀想な最期だったと今でも後悔しています。
車がなくなったこと、仕事がとても大変になったことで、それからはあまり車に対して好きという気持ちがなくなってしまい、カスタムやみんカラからも離れました。
32の次に、33のスイスポを購入しました。
同じ色で、同じ車高調をつけて、イエローフォグにして、マフラーを変えて、ホイールも変えました。
カッコいい仕様にはなりましたが、やはり私の愛車はあの32だけのようで、あの時ほどの愛情をかけてあげられず、ただただ通勤をするためだけの車として使っています。
事故を起こしてから、運転も知っているところで近場のところにしか行けなくなりました。
あれだけ楽しいと思っていた運転が、怖いと思う日がくるとは思いませんでした。
ちょっとでも段差に乗り上げたり、轍にハマったりすると途端に人がいたんじゃないかと心配になり、道を戻ってみたり、ドラレコを再生しまくる毎日でした。
事故を起こすくらいなら出かけないほうがマシだと思い、休みの日は全て部屋の中で過ごしていました。
現在3年目になり、仕事にも慣れ少しずつ自分のスタイルができていき、できるようになったことも増えてきました。
大変なことや、残業などもちろん嫌なところもありますが、それでも自分の強みを活かせる整備を追求することに楽しさも感じています。
20代の貴重な時間をただ家のなかで消化するのは、もったいないと感じ趣味を作りました。
また、今後実家の整備工場を継ぐにあたり少しずつ準備をしておこうと思い立ち、約週一回のペースで実家の手伝いをするようにしています。
そうしてみると、もう売ってしまおうと思って置いてあるだけだった、2台目の愛車のクラウンを起こしてみたくなりました。
今月車検を取るつもりです。
今年のハチマルミーティングに、出れたらいいいなぁと考えています。
やっぱり私は車が好きなのかもしれません。
そして、実家の手伝いもする、クラウンも起こしたい、と伝えた時の父の嬉しそうな顔が忘れられないのです。
父は元々厳しい人ですが、事故を起こしたときは今まで感じたことのない怖さで叱ってくれました。
それからは、車から離れても、普通に運転や仕事ができなくなった私に何も言わず、ずっと優しくしてくれました。
ずっと心配をさせていたんだなぁと思いました。
クラウンは長く大事に乗ろうと思います。
整備士は本当に大変で、正直明日は絶対行きたくないとか、もう辞めたいとか思う日もあります。
でも私は32を殺したのに、32に命守ってもらったから、死ぬまで整備士として頑張ろうと思います。
もう2度とあのスイスポには会えないけれど、
一生懸命頑張って、堂々と車を好きでいられる自分になりたいです。
またいつか32買おうかな。
どんな車だって、あのスイスポには敵わないけど。
Posted at 2026/06/23 02:30:07 | |
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