考えてみると、学生時代に運転免許を取ってからというもの、ずっとクルマ弄りにハマっていると思う。プラモ作りから発展したのかもしれない。
最初は親のクルマだった。
VWのタイプIIIというクルマで、オプションはカークーラー(当時はエアコンではない)ぐらい。
(写真はサンプルです)
音響もカーラジオのみというシンプルなクルマだった。
最初の弄りは、カーステレオ。当時のメディアはカセットテープで、ようするにクルマ用のラジカセみたいなもの。
パーツショップで適当なセンターコンソールボックスを見つけ、それに組み込んだのを覚えている。どうやって配線したのかも覚えていないし、よくやったと思う。
その後、友人から頼まれては、何台も取り付け工事を無料で請け負った。思えばこれが始まりだった。
これまでの弄りで圧巻だったのは、ミッションのコンバート。BMW−E30のATをMTに載せ替えた。もちろん、プロに頼んだが、当時これがE30仲間に飛び火したほどだった。
もう一つは、このE30のエンジン載せ替えである。たまたま廃車寸前の325が手に入ったので、クルマ弄り仲間の友人(ほとんどプロ)に頼んで手伝ってもらった。このクルマはまさに羊の皮を被った何とやらで、エンブレムはワザと320のままにしていたため、その速さには、信号待ちで後ろに付いたクルマはさぞ驚いただろう。
電装系や見た目の弄りにハマったのはZioだった。そもそも、みんカラで盛り上がったのはこのクルマのおかげだった。仲間の中に整備工場のオーナーがいたため、そこが溜まり場となった。整備手帳をご覧いただければ、どれほど狂っていたのかを確認していただけると思う。
そんなことをしているうちに、ある日バブル崩壊を迎えることになる(爆)
Zioは維持できなくなって、仕方なくリースアップ。同時に持っていた女房用のBMW−E61を何とか維持するのが精一杯になった。
金を使わないように週末は自宅に引きこもり(笑)、売れるものはオクで処分した。ひたすら節約と小銭を貯め続けたが、ただ、当時手に入れた細かな道具やパーツなど、捨てるしかないものはそのままにしておいた。
そして数年が経ち、現在に至る。還暦ともなると子供達も大きくなり、様々な負債も完済し、出ていくものが少なくなって来た。
心機一転、クルマを買い替えてみたら、かつての弄り虫がムクムクと首をもたげて来た。
こんな弄りも過去の経験と、保管していた道具やパーツを存分に活かすことができた。
少々モノ足りないほどにサクサク終了してしまったほどで、これぞまさに「昔取った杵柄」である。
当時は、メーターのLEDの打ち替えまでやっていた。さすがにベンツともなると、失敗した時の代償が大きいのでそこまではやらないが、だんだんハンダゴテを握りたくなってきている。
視力も徐々に衰退してきているので、クルマの価値を下げない程度に楽しんでいきたい。
長々とお読みいただき、ありがとうございました。
Posted at 2016/08/30 16:18:36 | |
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メルセデス W212 | 日記